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原作で負けて壊れるはずのヒロインが、モブの俺に依存してきた  作者: 東海林


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10/14

10話

診察の日は、朝から雨だった。

俺はいつもより早く家を出た。

冬月澪には、何も言っていない。


今日は病院に行く。

ただ、それだけだ。

学校を休む理由も。


「ちょっと用事がある」


とだけ伝えた。

澪は少し心配そうな顔をしていた。


「……本当に、大丈夫ですか?」


「うん」


俺は笑った、また、嘘をついた。

病院は、何度来ても好きになれなかった。


白い壁、消毒液の匂い、静かな廊下。

俺は診察室の前の椅子に座っていた。


名前を呼ばれる。


「九條さん、どうぞ」


「はい」


診察室に入る。

担当医は、いつものように資料を見ていた。


「最近の体調はどうですか?」


「まあまあです」


「具体的に」


「……疲れやすくなりました」


「他には?」


「胸の痛みと、咳」


「血は?」


俺は少し黙った。


「……増えました」


医者は黙って画面を見る。

いくつか質問をされる。


検査を受ける。

結果が出るまで、しばらく待った。

そして。


「九條さん」


「はい」


医者は、いつもよりゆっくり話し始めた。


「正直にお話しします」


「……はい」


「状態がかなり悪化しています」


俺は黙って聞いた。


「今のままでは、長く持たない可能性があります」


「どれくらいですか?」


医者は少しだけ目を伏せた。


「……数ヶ月」


その言葉を聞いて不思議と、驚かなかった。

むしろ。


「ああ」


と思った。

やっぱりか、と。


「数ヶ月っていうのは」


「状態によって変わります」


「半年は?」


「……断言できません」


「一年は?」


医者は答えなかった。

それで十分だった。


俺は、少しだけ笑った。


「そうですか」


「九條さん」


「はい」


「入院をおすすめします」


医者は続けた。


「自宅での生活より、病院で管理した方が安全です」


「嫌です」


「……」


「入院はしません」


即答だった。


「理由を聞いても?」


「学校に行きたいので」


「今の状態で?」


「行ける間は」


医者は黙った。


「九條さん。無理をしている自覚はありますか?」


「あります」


「それでも?」


「それでもです」


俺は椅子に座ったまま、窓の外を見た。

雨が降っている。


「……まだ、やりたいことがあるので」


「やりたいこと?」


「大したことじゃないです」


俺は少しだけ笑った。


「学校に行って」


澪と話して一緒に帰って家に来た澪が、ソファで眠るのを見て。


そんな大したことのない日々を、もう少しだけ続けたい。


「……分かりました」


医者は深く息を吐いた。


「ただし、急変した場合はすぐに連絡してください」


「はい」


「無理はしないこと」


「努力します」


「九條さん」


「はい」


「あなたは、以前から無理をしています」


「……そうですね」


俺は苦笑した。


「でも、もう少しだけ」


医者は何も言わなかった。



病院を出る。

雨はまだ降っていた。

俺は傘を開いた。


歩きながら、スマホを見る。

冬月澪からメッセージが来ていた。


『今日は何をしていますか?』


俺は少し迷った。

そして。


『病院』


と送った。

すぐに既読がついた。


『……え?』


『診察』


『どこか悪いんですか?』


俺は画面を見つめた。

指が止まる。

数ヶ月、その言葉が頭の中に浮かぶ。


『ちょっと体調が悪いだけ』


送信、すぐに返信が来た。


『本当に?』


『本当』


『九條くん』


『ん?』


『嘘をついていませんか?』


俺は、少しだけ笑った。


『嘘じゃないよ』


送信。

それから、しばらく返信はなかった。


家に帰る。

誰もいない。


当然だ。

俺には家族がいない。

前世でもそして、この世界でも俺は一人だった。


転生した時、最初に病院へ行ったのも。

病気のことを伝えたのも基本的には全部、自分一人でやった


帰る場所も待っている人もいない。

だから死ぬこと自体は、怖くなかった。

少なくとも今までは。


「……」


俺は部屋の中を見回した。

ソファ、机、テレビ。

そして最近、そこにいることが多くなった少女。


「……」


冬月澪。

俺はスマホを見た。

またメッセージが来ている。


『今日、家に行ってもいいですか?』


俺はすぐに返した。


『いいよ』


 少しして。


『本当に?』


『うん』


『……よかったです』


その文字を見て胸が苦しくなった。

病気のせいではない。

俺がいなくなったらこの子はどうなる。

そんなことを考えてしまう。


 

夕方。

インターホンが鳴った。


「はい」


『冬月です』


「どうぞ」


ドアを開ける。

澪が立っていた。


「……」


「どうした?」


「……本当に、病院に行っていたんですか?」


「うん」


「何の病院ですか?」


「普通の病院」


「九條くん」


澪は俺を見た。


「……」


その目があまりにも真剣だった。


「何か、隠していますよね」


「……」


「最近、ずっとです」


俺は答えなかった。

澪はゆっくりと部屋に入る。


靴を脱ぐ。

そして。


「私には、言ってください」


また同じことを言った。


「……」


「私は、九條くんに何かあった時」


澪の声が震えた。


「何も知らないままなのは嫌です」


俺は目を逸らした。


「……大したことじゃない」


「嘘です」


「冬月」


「嘘です」


澪は、俺の服を掴んだ。


「九條くんは、いつもそう言います」


「……」


「大丈夫って」


澪の手が震えている。


「でも、大丈夫じゃない顔をしています」


俺は何も言えなかった。

言えない。


数ヶ月しかないなんてそんなことを、澪に言えるわけがない。


「……今日は疲れてるだけ」


俺はそう言った。

澪は、しばらく俺を見ていた。


そして。


「……分かりました」


小さく呟いた。

でも納得していないことは分かった。


その日、澪はいつもより俺の近くにいた。

ソファに座る。


俺が立ち上がると、視線を追う。

俺が咳をすると、すぐに顔を上げる。

そしていつものように、俺の隣で眠った。


俺は、眠っている澪を見た。

この子は知らない。

俺に残された時間がもう、数ヶ月しかないことを。


「……」


俺はそっと、澪の髪に触れた。

そして心の中で呟く。


――ごめんな。

俺はたぶん、君が思っているより早くいなくなる。


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