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原作で負けて壊れるはずのヒロインが、モブの俺に依存してきた  作者: 東海林


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3/9

3話

三日目の朝。

俺は目を覚ますと、天井を見つめた。


「……まだ熱あるのか」


体温計を見る。

三十七度六分。


昨日よりは下がっているけれど、身体が重い。

喉も痛い。

そして何より。


「……学校、行きたくないな」


風邪を引いて三日目。

そろそろ行かないと、さすがにまずい。

俺はベッドから起き上がろうとした。


その瞬間。


「……っ」


胸の奥が、鋭く痛んだ。

思わず胸を押さえる。

数秒、痛みが引くまで、じっと待つ。


「……風邪のせいだろ」


そう呟いて、無理やり立ち上がった。

洗面所へ向かう。


顔を洗い、鏡を見る。

顔色が悪い。

まあ、三日も寝込んでいれば当然か。

俺は薬を飲み、制服に着替えた。


今日は行くそう決めた。


「九條くん、今日も来てない……」


冬月澪は、空いた席を見ていた。

三日目。

昨日も一昨日も九條蓮司は学校に来ていない。


「風邪、長引いてるのかな」


朝霞ひよりが心配そうに言う。


「そうかもね」


澪は答えた。

でも、心の中では別のことを考えていた。


――私のせいでしょうか。

傘を貸してもらった。

九條くんは、自分は大丈夫だと言っていた。


でもあの日、彼は濡れて帰った。


「……」


澪は鞄を見る。

折り畳み傘まだ返せていない。

返さなければそう思っているのに九條くんがいない。


その事実が、どうしてか気になった。

授業中も休み時間も気づけば、空いた席を見ている。


「冬月さん」


隣の席の水篠結菜が声をかけてきた。


「何ですか?」


「九條くんのこと、気になってる?」


「……え?」


「だって、ずっと席見てるから」


「そ、そんなことは……」


「ふーん?」


結菜はにやにや笑った。


「傘もまだ持ってるし」


澪は鞄の中を見た。


「これは、返すために……」


「じゃあ連絡先聞けばいいじゃん」


「……」


その言葉に、澪は黙り込んだ。

連絡先、知らない。


たった一度、傘を貸してもらっただけ。

そんな相手に、わざわざ連絡先を聞くのは。


「……迷惑ではないでしょうか」


「え?」


「いえ……」


澪は小さく首を振った。

どうしてこんなことを気にしているのだろう。



その日の放課後。

俺は結局、学校へ行けなかった。

朝、制服に着替えたところまでは良かった。


しかし、玄関に立った瞬間。

身体から力が抜けた。


「……無理だな、これ」


熱は三十七度八分。

胸も痛い。

俺はそのままベッドへ戻った。

薬を飲む、水を飲む、寝る。

それだけスマホを見る。


誰からも連絡はない。

当然だ、俺はモブだ。

原作では名前すら出ない。


誰かが心配してくれるような人間ではない。

そう思ったところでスマホが震えた。


「……?」


知らない番号。

俺は少し迷ってから、電話に出た。


『もしもし』


「はい」


『あの……九條くん、ですか?』


女の子の声だった。

聞き覚えがある。


「……冬月?」


『はい』


どうして俺の電話番号を知っている。


『突然すみません』


「いや、別に……」


『あの、体調は大丈夫ですか?』


「……まあ」


『本当に?』


声が少し強くなった。

俺は黙った。


「風邪」


『そうですか』


「三日くらい休んでるけど、明日には行けると思う」


『……よかった』


澪の声が、少しだけ柔らかくなる。

それから、少し沈黙が続いた。


「……それだけ?」


『え?』


「いや、電話してきた理由」


『あ……』


澪は少し慌てた。


『傘を……』


「ああ」


『返したくて』


「別に、いつでもいいよ」


『でも』


「俺、明日行けたら行くし」


『……はい』


また沈黙。

電話越しでも、澪が何か言いたそうにしているのが分かった。


「冬月?」


『……九條くん』


「ん?」


『ありがとうございました』


「傘?」


『はい』


「気にしなくていいって」


『でも……』


少しだけ、声が震えた。


『九條くんが風邪を引いたのは、私が傘を借りたからです』


「違うだろ」


『でも』


「俺が勝手に貸したんだよ」


『……』


「だから、冬月のせいじゃない」


電話の向こうで、澪が黙った。

俺は少しだけ困った。

こんなことで、そこまで気にするものなのか。


「じゃあ、明日」


『……はい』


「おやすみ」


『おやすみなさい』


電話が切れた。

俺はスマホをベッドの横に置く。


「……疲れた」


そして、そのまま眠った。



翌朝。


冬月澪は、いつもより早く学校に来ていた。

鞄の中には、折り畳み傘。

今日こそ返す、そう決めていた。

やがて、教室の扉が開く。


「おはよう」


篠宮朔の声。

その後ろから。


「……おはよう」


九條蓮司が入ってきた。

澪は、思わず立ち上がった。


「九條くん……!」


「ん?」


蓮司は少し驚いた顔をする。


「どうした?」


「いえ……」


澪は、そこで気づいた。

顔色が悪い、目の下に隈がある。

それに歩き方が少しおかしい。


「……本当に、大丈夫ですか?」


「大丈夫だって」


蓮司は笑った。

その笑顔は、どこか昨日の自分に似ていた。

無理をしている笑顔。

澪は、なぜかそう思った。


「……」


蓮司が自分の席に向かう。

澪は鞄の中の傘を握りしめた。


そしてその日の昼休み。

蓮司は、誰もいない廊下で口元を押さえた。


「……っ」


咳が出る。

次の瞬間、手のひらに、赤いものが落ちた。


「……血?」


蓮司はしばらく、それを見つめていた。

そして。


「……最悪だ」


誰にも見られていないことを確認して何事もなかったように、手を洗った。


その一部始終を廊下の角から、冬月澪が見ていた。


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