2話
朝。
目を覚ました時から、身体が重かった。
喉が痛い、頭がぼんやりする。
身体の節々が痛くて、布団から出るのも億劫だった。
「……最悪だ」
昨日、雨に濡れたせいだろうか。
体温計を脇に挟む。
数十秒後。
「三十八度二分……」
数字を見た瞬間、もう一度布団に倒れ込んだ。
学校に行くのは無理だというか、行きたくない。
俺はスマホを手に取り、学校へ連絡を入れた。
それから、薬を飲む。
水を飲むだけでも喉が痛かった。
「……寝るか」
今日は休もう、そう決めて、俺は再び目を閉じた。
「……九條くん、来てないんだ」
朝霞ひよりが、空いた席を見ながら言った。
「珍しいね。昨日は普通だったのに」
「風邪でも引いたんじゃない?」
篠宮朔が適当に答える。
「昨日、雨すごかったしな」
その言葉に、冬月澪は顔を上げた。
「……雨」
「ん?」
「いえ……」
澪は自分の鞄を見る。
中には、昨日借りた折り畳み傘が入っていた。
昨日、九條蓮司は、自分に傘を貸した。
傘の方が嘘であれば自分は濡れて帰ったはずだ。
「……」
胸の奥が、少しだけざわつく。
「冬月?」
「……なんでもありません」
澪は笑った。
いつものように。
でも、授業中、何度も、空いた席を見ていた。
九條くんどうして来ていないのでしょう。
昨日、雨に濡れていました。
自分のせいでそんな考えが、頭から離れなかった。
昼休み。
澪はスマホを取り出した。
九條蓮司の連絡先は知らない。
昨日、傘を貸してもらったのに連絡先すら知らない。
その事実に、少しだけ驚いた。
――どうして、こんなに気になるのでしょう。
自分でも分からなかった。
ただ昨日の帰り道、雨の中、一人で歩いていった九條の背中が頭から離れなかった。
その頃。
俺は寝ていた。
薬を飲んで水を飲んで寝る。
それを繰り返していた。
「……暑い」
昼過ぎに一度目を覚ます。
汗をかいていた。
熱を測る。
三十七度八分。
少し下がっている。
「よし……」
俺は安心して、また布団に戻った。
スマホを見る、通知は特にない。
当たり前だ。
俺はモブだ。
誰も心配なんてしない。
そう思って、目を閉じた。
放課後。
冬月澪は、鞄の中から折り畳み傘を取り出した。
昨日借りたもの返さなければならない。
でも、九條くんは今日来なかった。
明日、返せばいい。
そう思った。
それなのに。
「……」
帰り道。
澪は何度もスマホを見る。
当然、連絡は来ていない。
九條蓮司の連絡先を知らないのだから。
それでも何か来ていないか確認してしまう。
「……馬鹿みたい」
澪は小さく呟いた。
昨日まで、ほとんど話したこともなかった。
なのにたった一度、傘を貸してくれただけ。
それだけなのにどうして、こんなに気になるのだろう。
翌朝。
俺はまだ寝ていた。
熱は下がっていた。
でも、身体が重い、学校へ行く気になれなかった。
「……今日も休むか」
別に、問題ない。
風邪なら二日くらい休んでもおかしくない。
俺は薬を飲み、また布団に入った。
その日の昼。
学校では。
「今日も来てないね」
朝霞ひよりが、空いた席を見ていた。
「風邪、結構ひどいのかな」
「昨日雨に濡れてたしな」
篠宮朔が言う。
冬月澪は黙っていた。
そして、昼休み。
とうとう口を開いた。
「……九條くんの家って、誰か知っていますか?」
教室が、一瞬静かになった。
「え?」
水篠結菜が目を丸くする。
「冬月さん、九條くんのこと気になるの?」
「い、いえ……」
澪の顔が少し赤くなる。
「昨日、傘を貸していただいたので……返さないと」
「あー、なるほど」
篠宮が頷く。
「でも、俺も住所までは知らないな」
「そうですか……」
澪は俯いた。
その日の放課後。
彼女は、また折り畳み傘を鞄から取り出した。
そしてなぜか、九條と別れた場所まで来ていた。
雨は降っていない。
当然、九條蓮司がいるはずもない。
それでも、澪はそこに立っていた。
「……九條くん」
名前を呟く。
それだけで、胸の奥が少しだけ苦しくなった。
その頃。
俺は自宅のベッドで、また眠っていた。
熱はもう下がっている、ただ、身体が重い。
胸の奥が、少しだけ痛い。
俺は目を閉じる。
明日には学校へ行けるだろう。
そう思ったけれど。
翌朝。
熱は再び、三十八度を超えていた。
そして俺はまだ知らなかった。
冬月澪が自分のことを気にし始めていることを。
そして自分が一度助けただけの少女が、少しずつ自分の存在を求め始めていることを。
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