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原作で負けて壊れるはずのヒロインが、モブの俺に依存してきた  作者: 東海林


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20/23

20話

翌日、

目を覚ました時、俺は自分の身体がさらに、悪くなっていることを理解した。


「……」


息が苦しい。

胸の奥が、ずっと重い。

身体を起こそうとすると、視界が揺れた。

俺はベッドの端に手をつき、しばらく動かなかった。


隣では冬月澪が眠っている。

昨日、帰らなかった。

俺が死ぬかもしれないと知ってそれでも俺の家に残った。


「……」


俺は澪を見る。

穏やかな寝顔だった。

この顔を見ると少しだけ安心する。

同時に胸が痛くなる。


俺がいなくなったらこの子は、どうなるのだろう。

俺はベッドからゆっくり立ち上がった。

澪を起こさないように静かに部屋を出る。


洗面所へ向かう。


「……っ」


突然喉の奥が焼けるように痛んだ。

咳が出る。


「げほっ……!」


俺は洗面台に手をついた。

何度も咳き込む。

口元を押さえた手に何かが落ちた。


「……」


俺はゆっくり手を開いた。

黒かった、赤ではない。

いつもの血の色ではない。

黒く濁っていた。


「……」


俺はしばらくそれを見つめていた。

そして洗面台へ吐き出す。


黒い血が水に流れていく。


「……」


俺は何も言わなかった。

ただ水を流した。


何度も何度も跡が残らなくなるまで。


「……九條くん?」


背後から声がした。

俺は振り返る。

澪が立っていた。


「起きたのか」


「はい」


澪は俺を見る。

そして洗面台を見る。


「……」


俺は蛇口を閉めた。


「どうした?」


「……今」


「ん?」


「何をしていましたか?」


「歯を磨いてた」


「……」


澪は俺の目を見た。


「嘘です」


「……」


「また、嘘をつきました」


俺は少しだけ目を逸らした。

澪はゆっくり近づいてくる。


「血を吐きましたか?」


「……」


「九條くん」


「少し」


「少し?」


「うん」


「色は?」


俺は黙った。

澪の顔が少しずつ青ざめていく。


「……黒かったですか?」


「……」


俺は答えなかった。

それが答えだった。


澪は洗面台に視線を向ける。

もう何も残っていない。

でも彼女には分かった。


「……」


「冬月」


「……はい」


「大丈夫だから」


「……」


「そんな顔するなよ」


「無理です」


澪は俺の服を掴んだ。


「無理に決まってるじゃないですか」


「……」


「あと一週間って言われたばかりなのに」


「……」


「もう、こんな……」


澪は言葉を失った。

俺はその頭に手を置く。


「医者も、一週間より前になる可能性はあるって言ってた」


「……」


「だから」


俺はなるべく普通に言った。


「まあ、そういうこともある」


「そんな軽く言わないでください」


澪の声が震えた。


「……」


「九條くんが死ぬことを」


俺は何も言えなかった。


「そんなふうに……」


澪は俺の服を握りしめる。


「普通のことみたいに言わないでください……」


俺はゆっくり息を吐いた。


「ごめん」


「謝らないでください」


「……」


「謝られると……」


澪は俺の胸に顔を埋めた。


「本当にいなくなるみたいじゃないですか……」


俺は澪の背中に腕を回した。


「……」


何も言えなかった。

俺は本当にいなくなる。

でもそれを口にすることはできなかった。



その日、澪は俺の家から離れなかった。

俺がベッドに横になると隣に座る。

俺が水を飲むと。


「大丈夫ですか?」


と聞く。

俺が咳をすると。


「病院へ行きますか?」


と聞く。

俺が少し目を閉じると。


「寝ましたか?」


と確認する。


「……冬月」


「はい」


「少し寝てもいい?」


「はい」


「俺が寝てる間、ずっと見てるつもり?」


「……」


「冬月?」


「はい」


「否定しないんだ」


「……」


澪は少しだけ俯いた。


「怖いんです」


「……」


「目を閉じて」


「……」


「次に開けた時に、九條くんがいなかったら」


俺は返事ができなかった。

澪は俺の手を握った。

強くまるで、離したら消えてしまうものを掴むように。


「……ここにいます」


俺は言った。


「今は」


「……」


「ここにいる」


「……今は、ですよね」


「……」


澪はその言葉を聞いて、少しだけ顔を歪めた。


「……嫌です」


「何が?」


「今は、って言うの」


「……」


「ずっと、って言ってください」


俺は目を逸らした。

ずっとそんな約束は、もうできない。


だから。


「……」


「九條くん」


「……ごめん」


「謝らないでください」


澪は俺の手を握ったまま目を閉じた。



翌日。

さらに悪くなった。

朝、ベッドから起き上がれなかった。


「……」


スマホを見る。

学校からの連絡。

担任からのメッセージ。


今日は休むことにした。

澪にはもう連絡する必要もなかった。

どうせ数分後には来る。


実際。

昼頃にはインターホンが鳴った。


「おはようございます」


「おはよう」


俺はベッドの上から答えた。

澪が部屋に入ってくる。

俺の姿を見る。


「……」


「そんな顔するな」


「どんな顔ですか?」


「すごく心配そうな顔」


「心配していますから」


澪は俺のベッドの横に座った。


「今日は、起きられなかったんですか?」


「うん」


「……」


「でも、昼には起きた」


「それは起きたとは言いません」


「厳しいな」


俺は笑った。

澪は笑わなかった。


「九條くん」


「ん?」


「今日、病院へ行きませんか?」


「……」


「嫌ですか?」


「今はいい」


「今は?」


「もう少しだけ、家にいたい」


澪は何も言わなかった。

そして俺のベッドに上がった。


「……」


「冬月?」


「今日はここにいます」


「いつもいるだろ」


「今日は、もっと近くにいます」


澪は俺の隣に横になった。

そして俺の腕に抱きつく。


「……」


「何してるの?」


「安心しています」


「そう」


「はい」


俺はそのままにした。

澪の体温を感じる。

俺の腕を掴む力を感じる。


そのすべてが俺がまだ生きていることを教えてくれる。


夜、俺はまた咳き込んだ。


「……っ、げほっ!」


澪が飛び起きる。


「九條くん!」


「大丈夫」


「……!」


俺は口元を押さえた。

手のひらがまた黒く染まる。

今度はさっきよりも多かった。


「……」


澪の顔が完全に凍りついた。


「……」


「冬月」


「……」


「大丈夫」


「……」


「だから」


澪は。ゆっくりと首を横に振った。


「大丈夫じゃないです」


「……」


「もう……」


澪は俺の手を両手で包んだ。


「もう、嫌です……」


「……」


「どうしてですか……」


澪の目から涙が落ちる。


「どうして、九條くんなんですか……」


俺は何も言えなかった。


「私を助けてくれたのに」


「……」


「私のことを見つけてくれたのに」


「……」


「どうして……」


俺は澪の頭を撫でた。


「冬月」


「……」


「俺は、まだここにいる」


「……」


「まだ死んでない」


「……」


「だから」


俺は笑おうとした。


「今は、俺のことだけ見てろよ」


澪は涙を流しながら俺を見た。


「……はい」


そして俺の胸に顔を埋める。

俺はその頭を撫で続けた。



その夜。

俺は考えた。

あと一週間、医者はそう言った。

でもそれより前になる可能性もある。

明日かもしれない。

明後日かもしれない。


あるいは今日の夜かもしれない。


「……」


俺は眠っている澪を見る。

澪は俺の服を掴んだまま眠っていた。

絶対に離さないように。


俺はその手に自分の手を重ねる。

そして小さく息を吐いた。


「……まだ、死ねないな」


そんなことを思った。

もし「面白かった」「続き読みたい」と思ってもらえたら、ブックマークや評価(☆☆☆☆☆→★★★★★)してもらえるとめちゃくちゃ嬉しいです!次の更新のやる気になります。

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