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原作で負けて壊れるはずのヒロインが、モブの俺に依存してきた  作者: 東海林


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18/23

18話

夏休みが終わり。

学校が始まってから、三日目のことだった。


「……」


朝から身体が重かった。

目を覚ました時から、嫌な予感はしていた。


胸が苦しい。

呼吸が浅い。

身体を起こすだけで、息が切れる。

俺はベッドの上に座ったまま、しばらく動けなかった。


「……学校」


スマホを見る。

時刻は、いつも家を出る時間を過ぎていた。

俺は澪にメッセージを送った。


『今日は学校休む』


すぐに既読がついた。


『体調が悪いんですか?』


『少し』


『病院に行ってください』


「……」


俺は画面を見つめた。

いつもなら大丈夫。

少し休めば治る。

そう返していた。


でも今日は少し違った。


『病院に行く』


そう送った。

数秒後。


『……分かりました』


『ちゃんと行ってくださいね』


『終わったら連絡してください』


俺は。


『うん』


とだけ返した。



病院へ向かう。

家を出て駅まで歩く。

それだけで何度も足を止めた。


「……」


電車に乗る。

座席に座る。

呼吸を整える。


隣に誰かがいるわけでもないのに、少しだけ心細かった。


病院に着く。

受付を済ませる。


検査を受ける。

診察室に呼ばれるまで長い時間を待った。

やがて。


「九條さん」


「はい」


診察室に入る。

医者はいつもよりも険しい顔をしていた。


「今日はかなり苦しかったそうですね」


「はい」


「今朝から?」


「起きた時からです」


「咳は?」


「増えています」


「血は?」


「……かなり」


医者は黙っていた。

俺は何となく分かっていた。

今日、ここに来た時点でもう以前とは違う。


検査結果を確認する。

医者はしばらく画面を見ていた。


「九條さん」


「はい」


「……状態が急激に悪化しています」


「そうですか」


「今の状態では、自宅での生活はかなり厳しいです」


「入院ですか?」


「はい」


俺は少しだけ目を閉じた。


「嫌です」


「九條さん」


「入院はしません」


「このままでは、急変する可能性があります」


「それでも」


「……」


俺は窓の外を見た。

まだ学校に行きたい。


澪と話したい。

澪が俺の家に来て、俺のベッドで眠るところを見たい。

そんなくだらない日々を、もう少しだけ続けたい。


「……俺は」


俺は口を開いた。


「あと、どれくらいですか?」


医者は答えなかった。


「先生」


「……」


「もう、数ヶ月じゃないんですよね」


長い沈黙のあと。

医者はゆっくりと口を開いた。


「……おそらく」


「はい」


「長くて」


医者は一度、言葉を止めた。


「一週間ほどだと思います」


「……」


俺は何も言わなかった。

不思議だった。

驚きはしなかった。

怖くもなかった。


ただ頭の中が急に静かになった。


「一週間」


「状態によっては、もっと短い可能性もあります」


「……そうですか」


「九條さん。入院してください」


「嫌です」


「……」


「最後まで、家にいたいです」


「一人で?」


その言葉に俺は黙った。


「九條さんには、ご家族が……」


「いません」


「……」


「家族はいません」


俺は淡々と答えた。


「だから」


「……」


「最後くらい、自分の家にいたいです」


医者はしばらく俺を見ていた。


「……分かりました」


「ありがとうございます」


「ただし、何かあればすぐに救急車を呼んでください」


「はい」


俺は立ち上がった。

その時、視界が揺れた。


「……っ」


机に手をつく。


「九條さん!」


「大丈夫です」


「……」


「少し、立ちくらみです」


医者は何も言わなかった。

俺は診察室を出た。


病院を出る。

空は晴れていた。

夏が終わったばかりの空。

まだ暑い。


俺はスマホを取り出した。

冬月澪から。


『終わりましたか?』


『今、病院を出た』


送信。

すぐに返信が来る。


『体調はどうですか?』


俺はしばらく画面を見つめた。

そして。


『大丈夫』


と打った。

送信する。

でもすぐに。


『嘘ですよね』


と返ってきた。


「……」


俺は思わず苦笑した。


『何で?』


『九條くんだからです』


その返事を見て、俺は少しだけ空を見上げた。

――あと一週間。

その言葉が頭の中に浮かぶ。

あと一週間。

澪と会える時間もあと一週間。

俺の家で澪が眠るのを見られる時間も、あと一週間。


俺がこの世界で生きていられる時間も。

俺はスマホを握りしめた。

そして。


『今日は家に帰る』


と送った。


『私も行っていいですか?』


少しも迷わず。


『うん』


と返した。


家に帰る。

玄関の鍵を開ける。

部屋に入る。


そして俺はベッドに倒れ込んだ。


「……」


身体が重い、息が苦しい。

薬を飲む、水を飲む。

目を閉じる。


少しだけ眠ろうと思った。

その時インターホンが鳴った。


俺はゆっくりと起き上がる。

玄関まで歩く。

ドアを開ける。


「九條くん」


澪が立っていた。


「……おかえりなさい」


「ただいま」


俺はいつものように答えた。

澪は俺の顔を見た。


「……」


「どうした?」


「……病院で、何と言われましたか?」


俺は何も言わなかった。

澪は俺の顔を見つめる。


「九條くん」


「……」


「私に、嘘をついていますよね」


その声はいつもより小さかった。

でも確信しているようだった。


「……」


俺は澪から目を逸らした。

そして玄関の壁に手をついた。


「……少し、疲れた」


「九條くん」


「中、入って」


「……」


「今日は、家にいていいから」


澪は何も言わなかった。

ただ俺の腕を掴んだ。


その手が震えていた。


「……はい」


澪は俺の家に入った。

俺はその背中を見つめた。


あと一週間。

俺はあと一週間しかない。

でも澪は知らない。


そして俺はまだ言えなかった。

この子に残された時間を、伝える勇気がどうしても持てなかった。


もし「面白かった」「続き読みたい」と思ってもらえたら、ブックマークや評価(☆☆☆☆☆→★★★★★)してもらえるとめちゃくちゃ嬉しいです!次の更新のやる気になります。

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