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原作で負けて壊れるはずのヒロインが、モブの俺に依存してきた  作者: 東海林


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14/23

14話

翌朝。

目が覚めた瞬間、身体が重かった。


「……」


昨日、水族館に行った。

歩き回った、笑った、楽しかった。

だから今日は疲れているだけだと思った。


俺はベッドから起き上がろうとした。


「……っ」


胸の奥が痛んだ。

息が吸えない。

いや吸える。

でも吸っても吸っても空気が足りない。


「……」


俺はしばらく、ベッドに座ったまま動けなかった。

やがて少し落ち着く。

俺は立ち上がった。


洗面所へ向かう。

そして。


「……っ」


咳が出た。

口元を押さえる。

手のひらが赤く染まった。


「……」


昨日より明らかに多い。

俺は洗面台に手をついた。


鏡を見る、顔色が悪い。

唇も少し白い。


「……」


数ヶ月、医者の言葉が頭に浮かぶ。

もしかしたらもう、数ヶ月もないのかもしれない。


そんな考えが初めて現実味を持った。


その日、冬月澪からメッセージが来た。


『おはようございます』


『おはよう』


『今日はどうしますか?』


俺は画面を見た。

昨日の約束また行こう。

でも今日は、外に出られそうになかった。


『今日は家で休む』


送る、すぐに返信が来た。


『体調が悪いんですか?』


『少し疲れただけ』


『……』


しばらくして。


『今から行ってもいいですか?』


俺は少し迷った。

そして。


『うん』


と送った。



インターホンが鳴る。

俺は玄関へ向かった。


昨日よりも歩くのが辛い。


「……」


ドアを開ける。


「おはようございます」


澪が立っていた。

俺の顔を見る。


「……」


「どうした?」


「……昨日より、顔色が悪いです」


「寝起きだから」


「……」


澪は何も言わなかった。

ただ俺の顔を見つめていた。


「入らないの?」


「……はい」


澪は部屋に入った。

そして。


「今日は、寝ていてください」


「え?」


「私が何か作ります」


「料理できるの?」


「……簡単なものなら」


「不安だな」


「失礼です」


澪は少しだけ頬を膨らませた。

俺は笑った。

でもその直後。


「……っ」


胸が痛んだ。

俺は口元を押さえる。


澪の顔から、笑顔が消えた。


「……九條くん」


「大丈夫」


「……」


澪は何も言わなかった。

でも俺の手を掴んだ。


「ベッドに行ってください」


「冬月」


「お願いします」


その声が少し震えていた。

俺は抵抗しなかった。


ベッドに横になる。

澪は、その隣に座った。


「……」


「そんなに見なくても大丈夫だよ」


「見ます」


「……」


「九條くんが寝るまで」


俺は、少しだけ驚いた。


「寝ないの?」


「はい」


「何で?」


「心配だからです」


澪は真剣な顔をしていた。

俺は何も言えなかった。



午後。

俺は少し眠った。

目を覚ますと澪が隣にいた。


「起きましたか?」


「……うん」


「水、飲みますか?」


「もらう」


澪はすぐに水を渡してくれた。

俺は飲む。


「……」


その時、俺はふと考えた。

もし俺が一週間くらい家を空けたら。

澪はどうするだろう。


病院へ行く。

親戚のところへ行く。

今までお世話になった人たちに会う。


そしてこの世界で少しだけ世話になった親戚はいる。

普段はほとんど会わない。

でも俺が死ぬ前に一度くらい。

顔を見せておきたかった。


「……冬月」


「はい」


「俺、ちょっと出かける」


「……どこにですか?」


「少し遠く」


澪の顔が固まった。


「……いつですか?」


「明日から」


「明日?」


「うん」


「……」


澪は黙り込んだ。


「どれくらいですか?」


「一週間くらい」


「一週間……」


「そう」


澪は俯いた。


「……」


「どうした?」


「……嫌です」


小さな声だった。


「え?」


「嫌です」


澪は俺を見た。


「一週間も?」


「うん」


「どうしてですか?」


「少し用事がある」


「どんな?」


「……親戚のところに行く」


澪は黙った。


「親戚……」


「うん」


「九條くんに、家族がいたんですか?」


「家族ではない」


「……」


「少し世話になった人たち」


澪は、俺の顔を見つめた。


「一週間も、会えないんですか?」


「そうなるな」


「……」


澪の指が膝の上で強く握られる。


「……嫌です」


「冬月」


「嫌です」


澪は、もう一度言った。


「九條くんがいないのは、嫌です」


俺は何も言えなかった。

俺は死ぬ前に少しだけ会っておきたかった。

世話になった人たちに、ありがとうを言いたかった。


それだけだった。

でも澪の顔を見ていると。

それすらも少し難しいことのように思えてくる。


「……すぐ帰ってくる」


「本当に?」


「うん」


「一週間後に?」


「うん」


「絶対ですか?」


俺はほんの少しだけ、目を逸らした。


「……絶対」


そう言った。

澪は俺の手を握った。


「……約束してください」


「約束?」


「一週間後に、帰ってくるって」


俺は少しだけ笑った。


「分かった」


澪は俺の手を離さなかった。



その夜。

澪はいつもより長く俺の家にいた。

帰る時間になっても玄関から動かなかった。


「……」


「冬月」


「……」


「帰らないと」


「……はい」


澪はゆっくりと靴を履いた。

そして玄関で振り返る。


「……九條くん」


「ん?」


「本当に、帰ってきてくださいね」


「……ああ」


「絶対ですよ」


「うん」


澪はしばらく俺を見つめていた。

そして。


「……おやすみなさい」


「おやすみ」


ドアが閉まる。

俺は一人になった。


「……」


そして急に、身体から力が抜けた。

俺は壁に手をついた。


咳が出る。

口元を押さえる。

赤い。


また血が出た。


「……」


俺は血を見つめた。

そして澪との約束を思い出した。


一週間後に帰ってくる。

――帰ってこなければならない。


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