↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜青年と亡者少年  作者: 月凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/20

漆話

「こんな真っ暗、すぐに騒ぎになるぞ」


「現世には影響ないよ」


 フワが静かに言った。さっきまで彩夢に抱えられていた体を、するりと抜け出して宙に浮く。


「ここは狭間だよ。現世と常世の、ちょうど間にある層。普通はこういう空間、自然には生まれない」


「つまり誰かが作った、人工物」


 彩夢が光の檻の外——真っ黒な空間を見ながら言った。フワと視線を合わせ、無言で何かを確認する。短い間だったが、二人の間で何かが決まったらしかった。


「綾人、問題よ。ここは人が呪術的に作り出した空間。呪術というのは人間の魂に宿る霊力とは異なり、汚染された物や精神に宿り、それを力として行使する。つまり『物』を媒介にしているの、それなら?」


「この空間を作り出している物、つまり核を壊せばいい?」


「そう。核がある限り、この空間は維持される。壊せば現世に還る」


「核って、何なんだ」


 清和が聞くと、フワが少し考えてから答えた。


「呪術師が力の中心にするもの。ものに宿らせることが多いよ。この場合は校内のどこかに隠してあるはずだよ」


「探すのか」


「探すの」


〜〜〜〜


 小檻を解いて外に出ると、校内は別の場所になっていた。


 廊下の形は同じだ。扉も、ロッカーも、手書きの看板も、あるべき場所にある。でも何かが違う。色が、ほんの少しだけ薄い。音が、遠い。さっきまで聞こえていた文化祭の声が、水の底から届くようにくぐもっている。


 清和は自分の足音を聞いた。


 普通の足音だ。でも、なぜかその音だけが妙にはっきり聞こえた。自分の体の音だけが、この空間では生々しく残っている気がした。


「さいっあく。文化祭の最中にこれって、清掃が大変ね」


「あの、文化祭は巻き込まれてないんですよね……?」


「現世には影響ない、って言っただろ。現世の人間には今この廊下が普通に見えてる。俺たちだけが狭間に引き込まれてる」


「見えてるのに見えてない、みたいな?」


「まぁ、そう」


 フワが言い、清和の横に浮かんだ。


(……?)


 フワがいる。すぐ隣にいる。なのに、遠い。


 はっきりした距離ではない。

フワを見れば確かにそこにいる。でも、何か——糸の張り方みたいなものが、ゆるんでいる気がした。繋がっていることは分かるのに、その繋がりがどこか滲んでいるような。


(……なんだ、これ)


「清和」


 フワが低い声で言った。


「この空間では俺たちの繋がりが薄れる。遠ざかったら余計にあやふやになるから、気をつけて」


「……わかった、お前は大丈夫なのか」


「俺は平気、あの子らも問題無さそうだけど、清和は感覚が普通の人間に近いから、変な感じがすると思う。怖くなったら声かけて」


(俺は生粋の普通の人間なんだが)


「了解」


〜〜〜〜


 四人で廊下を進もうとした、その時だった。


 揺れた。


 地震ではない。床が上下に動いているわけではなかった。空間そのものが、歪んだ。


 真っ直ぐだった廊下が、曲がった。壁が遠ざかり、天井が低くなり、あったはずの扉が消え、なかったはずの壁が現れた。


 廊下の形が、見ている間に別の形に書き換えられていく。まるで紙を折り直すように、空間が、あるべきでない姿に折り畳まれていった。


「っ!」


バン、と音がした。


 清和が振り返ると、そこに壁があった。さっきまで何もなかった場所に。


 フワと彩夢と綾人の気配が、壁の向こうに消えていた。


「フワ?」


返事はなかった。


薄く、引き伸ばされたような気配だけが、どこか遠くからわずかに届く。切れてはいない。でも、さっきより一段階遠くなっていた。


「清さん」


 隣に声がした。


 綾人が壁に手を当てて立っていた。押しても動かない。術式で固定されているらしかった。


「分断されましたね」


「……そうだな」


「俺と清さんが一緒なのは、不幸中の幸いかもしれません」


それは強がりなのか本音なのか、どちらとも取れる言い方だった。


〜〜〜〜


 その頃、壁の向こうでは。


 影が来た。


 彩夢が右手を前に出し、フワが左側へ回り込む。言葉はなかった。二人は一度も打ち合わせをしていないのに、動きが噛み合っていた。別々の場所で長い年月を過ごしてきたはずなのに、呼吸が合っている。


『除靄』(じょあい)


「ていっ」


 彩夢の術が影の輪郭を削ぐ。そこへフワが霊力を込めた一撃を差し込む。影が散った。


「なかなかやるわね、坊や」


「お嬢ちゃんこそ」


「当然よ」


 次の影が現れるまでの、ほんの数秒の凪。


 彩夢の視線がフワの手元に止まった。霊力が収束する一点。その形、その質——どこかで見た気がした。いや、感じた気がする。


 これは——


 那岐家の資料庫の、鍵のかかった棚の一番奥。子供の頃に勝手に開けて読んだ、ひどく古い書物の一節。


 普通の霊術師には出せない、特定の血と性質を持つものだけが持つとされた力の形が——


 脳裏に、浮かんだ。


 一言


『愛子よ』


「……坊や」


「うん?」


「その力、あなた——」


 フワは彩夢を見た。


 彩夢は止まった。


 フワの表情は笑顔のままだった。変わっていない。でも、その目の奥が、少しだけ違う何かを言っていた。


 触れてくれるな、と。


 そう読めた気がした。


 彩夢は口を閉じた。

 

「……なんでもないわ」


「そっか」


 次の影が来た。二人は同時に動いた。


〜〜〜〜


 下の階の廊下を、清和と綾人が歩く。


 思っていたより静かだった。現世の文化祭が向こうにあるはずなのに、ここまでくるとその音がほとんど届かない。自分たちの、水にくぐもったような足音と、遠くの気配だけがある。


「清さん」


「ん」


「怖いですか」


「……普通に怖い」


綾人がそれを聞いて、少し表情を和らげた。


「俺も怖いです」


「そう、だよな」


「でも、大丈夫です。俺が守ります」


「うん」


 二人で廊下を進む。扉を確認し、教室を覗く。何もない。また進む。


(フワ)


 呼んでみると、薄くだが応答があった。遠いのに近い、あの変な感覚。なのにちゃんとそこにいるのが分かる。


 少し、楽になった。


〜〜〜〜


 見つけたのは一階の奥、普段は使われていないらしい準備室の中だった。


 扉を開けると、黒いものが部屋の中央に浮かんでいた。


 大きさはこぶし程度。形は不定形で、ゆっくりとひとりでに動いている。光を飲み込むように、周囲の色が薄くなっていた。あれが、核だ。


「あれですね」


「どう見てもあれだな」


 二人が部屋に踏み込もうとした、その瞬間だった。


 影が動いた。


 床に這っていた影が形を持ち、綾人の足首に向かって伸びてくる。


「綾人!」


 反射だった。


 清和は数珠を握ったまま、腕を前に出していた。


 何かが、手の中で熱を持った。


 ほんの一瞬、パチン、と小さな音がした。


 影が、弾けた。


 完全には消えない。でも、綾人の足首に届く手前で確かに弾き返された。


「……え」


 綾人が清和の手を見た。清和も、自分の手を見た。


 数珠が、ほんのわずかに光っている気がした。すぐに消えたが、確かにそこにあった。


「清さん……今」


「わからん。自分でも」


 二人は一瞬だけ顔を見合わせ、それからまた核に向き直った。今は考えている場合ではない。


「俺がやります。でも、霊力が持つか……あ!」


「な、なに」


「清さん!あのチビとどんな『契り』を結んでますか?」


「……ちぎり?」


「さっき言ってたじゃないですか、チビの気配が感じられるって!あれ、つながりが続いてる証拠です」


「なら、清さんとチビの間には約束事があるはずです。チビは何か対価を求めてましたか?」


「一緒に住む、だったはず」


「それだけ……?それだけでそんなに強い縁が……いや。なら清さん、俺の力になってください」


 清和はため息をついた。


「わかった。やる。で、何をすればいい」


「手を出してください」


 綾人が清和の手を両手で包んだ。ちゃんとした、払い屋の顔だった。さっきまでの、泣きそうだったり照れたりしている綾人ではない。


「清さんとチビを繋いでいる縁が、今も清さんの中にある。それを俺に一時的に貸してほしい。俺が霊力を乗せる受け皿になってもらう、ということです」


「受け皿が俺でいいのか」


「チビとの縁がある人間じゃないと無理です。今ここで、それができるのは清さんだけ」


「……わかった」


「その代わり」


 綾人は目を閉じた。


「俺は必ず、清さんを守ります。これは縛りです。もし俺が守れなかったら、俺は霊力が使えなくなる。だから——」


綾人が清和の手を握り直した。


「だから、信じてください」


清和は少し黙ってから、うなずいた。


「わかった、綾人君」


 ふわりと、何かが手の中に沈んでいく感覚がした。温かくも冷たくもない、ただそこに在る、という感触だった。


〜〜〜〜


 綾人が核に向かい合う。数珠を持ち直し、目を閉じた。さっきとは違う、静かな集中の顔だった。


 その間に影がまた動く。清和は数珠を握り、腕を向けた。今度は意識的に。できるかどうか分からないまま、ただ「守る」と思って。


 パチン。パチン。


 二度、弾けた。


 完全には防げていない。かすってくるものもある。でも、綾人に届く前に、何かが割り込んでいた。


(これが、霊力)


 考えている暇はなかった。また影が来る。また弾く。


『灰滅』(はいめつ)


 綾人が唱えた瞬間、核がひび割れた。


 音はなかった。ただ静かに、内側から光が漏れて、次の瞬間に消えた。


〜〜〜〜


「やった、ですかね」


「やったな」


 綾人が清和を見上げた。その顔に、今日初めてちゃんとした笑顔が出ていた。


 清和は手の中の数珠を見た。もう光ってはいない。普通の数珠だ。でも、さっきの熱の感触は、まだ掌に残っていた。


「いま気づいたんですけど」


「清さん本来の霊力ですよ、あれ」


「へ……俺が?」


「はい。俺の数珠を媒介に霊力を引き出してましたね……チビの影響かなと」


「えぇ」


 その瞬間、また揺れた。


 核を失った狭間が、保つことができなくなったらしかった。廊下の壁に細かいヒビが走る。ヒビの向こうから、白い光が滲み出てくる。最初は糸のように細く、次の瞬間には線になり、面になり——


 音が戻ってきた。


 水の底から引き上げられるように、一気に。


 文化祭の声が、急に大きくなった。廊下の色が、普通の廊下の色に戻っていた。壁のヒビは消え、あの黒い廊下はどこにもない。


〜〜〜〜


 屋上で彩夢とフワと合流した。


「無事だったわね。アンタ、怪我は?」


「ないけど…。綾人君もたぶん」


「ないよ、姉ちゃん、そっちは?」


「片付けたわよ、一応。でも犯人の痕跡は残ってなかった。完全に逃げてる」


 清和は彩夢とフワを見た。

二人が無言で何かを確認するように目を合わせた一瞬があった。ほんの一瞬で、次にはフワがいつものにこにこした顔に戻っていたので、清和には読めなかった。


「わかんなかったってことだよね、誰がやったか」


「そう、だね」


 なぜか、少し間があった。


「フワ」


「うん?」


「何か知ってるか」


「知らないよ?」


「……そうか」


 清和はそれ以上聞かなかった。聞いても今は答えが出ないと、なんとなく分かった。


「ただ」


 しばらくして、彩夢が静かに言った。


「これだけの狭間を作って、特定の場所に張るには、相応の準備と目的がいる。迷い込ませたんじゃない」


「狙った、ってこと?」


「ええ」


 誰が、とは言わなかった。


 屋上に、しばらく沈黙があった。下から文化祭の声が聞こえてくる。焼きそばの匂いがする。現世は何事もなく続いている。


「あ、そうそう綾人」


 フワが綾人を見た。


「あ?」


「今回は俺だからよかったけど、今度からは人の契りに干渉したらダメだよ?人によったら命とってくるからね?」


「え、そうなの?」


 少し間があった。


 綾人が清和を見た。清和が綾人を見た。


「……まじ?」


「うん」



「ねぇ」


 彩夢が清和の袖を引いた。


「ん?」


「ありがとう」


「え」


「綾人のこと」


 清和は返事をしなかった。


 隣で綾人が「え」という顔をして、それからまた目を逸らした。その顔が、少し赤かった。


 彩夢だけが、清和をまじまじと見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。