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社畜青年と亡者少年  作者: 月凪


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6/10

伍話

「こっちだ」


 綾人が先を歩く。清和は言われるままについていくしかなかった。


 フワがひらひらと隣を浮かんでいる。

時たま野良猫を見つけてはちょっかいをかけていた。猫には当然フワの声も手も届かない。


 それでもフワは構わず、通り過ぎる猫のそばにひざまずいては何か話しかけていた。


(とっとと着いてこい。僕から二、三メートルしか離れられないんだろうが)


「何処まで行くのさ」


「つべこべ言わず来い」


「これは『マヨイガ』の要領だね」


 フワが楽しそうに言った。ちょうど猫に飽きたらしく、ふわりと清和の隣に戻ってくる。


「マヨイガ?」


「うん、ほら伝承とかであるでしょ?訪れた者に富や幸運をもたらす、山中の幻の家っての」


「……僕、オカルトとか信じないタイプなんだが」


「清和がそれいう?」


「これは幸運なんてもたらさないがな。マヨイガを元にした『目隠し』の霊術だ。人も霊も寄せ付けないようにな」


 綾人は前を向いたまま答えた。説明しながらも、足は止まらない。清和はあわてて追いかけた。


「この街に来て感じてたけど、街中に薄らだけど結界を貼ってるんだね。この為かな」


「ああ。あとはお前みたいな異物を感知するための探知器でもある」


「ふーん」


「何がなんだか分からん」


 路地を折れ、また折れ、気づけば人の気配がすっかり薄れていた。国道から離れて少し歩いただけのはずなのに、車の音が遠い。さっきまであれほど賑やかだった夜の街が、まるで遠くの話のようにくぐもっていた。


 音が、ゆっくりと薄れていく。足音だけが、細い路地に小さく響いた。


 これは『マヨイガ』とやらの効果なのか、ただの路地の静けさなのか、清和には判断がつかなかった。


「着いたぞ」


「! デカ! こんな神社なんで……ああ、だから『目隠しの霊術』ってのか。マジかよ」


 さっきまで何もなかった場所に、大きな神社が建っていた。鳥居から奥まで続く石畳。鳥居の近くには狛犬ならぬ狛狐があった。尻尾を立て、しっかりと参道を守るように向き合っている。


 両側に並ぶ石灯籠が、白い光を静かに落としている。本殿の屋根が夜空に黒く浮かんでいる。人気はないが、その静けさは不気味ではなく、むしろ凜としていた。


 街の音が全部ここで止まっているような、そんな澄んだ場所だった。


「お参りした方がいいかな」


「別にいい」


「清和ってみーはーだよね。どうしてもお願いがあるなら僕が叶えるのに……」


「お前に頼むのはこりごりだ」


「とっとと入れ」


〜〜〜〜


 石畳を歩く足音だけが、境内に響いた。


 本殿の横手に、小さな建物があった。綾人が躊躇なく引き戸を開ける。中は古い和室だった。畳が敷かれ、低いテーブルが置いてある。古い木と線香のかすかな香りが漂っている。壁には護符が並び、棚には数珠や塩、聞き覚えのない道具が整然と並んでいた。 


 使い込まれた道具の多さが、この場が長く使われてきたことを示している。生活感と非日常が奇妙に同居している。


「わぁー、ひろ〜い」


「大人しく座っとけ」


 綾人が奥に消え、すぐに戻ってきた。湯呑みを二つ、盆に乗せて持ってくる。


「粗茶だが」


「あ、どうも」


(礼儀正しい!)


 あの入り方のときの威圧感と、今の所作がまるで合わない。清和はそっと湯呑みを受け取りながら内心驚いた。程よく温かかった。


「おい」


「ん?」


「これやる」


 綾人がぽいっと投げた。フワが空中でそれを受け取る。みかんの形をしたスクイーズで、握るとじんわりと元の形に戻っていく。ぷにぷにとした感触が掌に伝わるらしく、フワは何度も繰り返し押しながら表情をほころばせた。


「わぁ、みかんの匂い! ぷにぷにしてる〜」


「お前なら、実体を持てるだろ」


「ありがとう〜」


(面倒見が良い!)


 霊に実体のあるおもちゃを渡す発想があるとは思わなかった。清和がじっと見ていると、綾人は少しだけ視線を逸らした。


「っで、さっきの質問の続きだ、おっさん」


(前言撤回!無礼!)


「俺まだ23なんだけど」


「? 俺より7つ上じゃん。十分おっさんじゃん」


(クソガキィィ)


「その発言、20超えたら後悔するよ」


「清和大丈夫だよ、俺からしたら2人ともまだまだ可愛い子供だよ?」


「ありがとうフワ、嬉しくない」


「はぁ。で、僕とフワのことだっけ」


「ああ。ソレとアンタがどうしてそんな強い『縁』を持ってるのか吐け」


 清和は湯呑みを置いた。


「フワは」


「山で拾った」


「は??」


「ん〜、微妙にあってるけど不服」


「これ以上のことは子供には聞かせられない」


「な! なん、でだよ」


 フワがくすくすと笑いながら口を挟んだ。


「どうしてもフワのことを話さないといけないなら、お父さんやお母さんに来てもらえばいいじゃん!」


「え! それはそれでちょっと面倒……」


「清和? めんどくさがり良くないと思うよ?」


「いや、だってよぉ」


「ん、だよ」


「「え」」


 声が、詰まっていた。


「んでっ、だよ。グス。ガキ扱いすんな!クソがぁ!ズズッ」


「な、泣いてる……」


「泣いて、ねぇ、グス」


 綾人は視線を畳に落とし、傍らのスクイーズを強く握った。フワに渡したみかんではなく、自分用のメロン型の方だ。


 小さくつぶれて、またゆっくりと戻っていく。その繰り返しだけが、静かな部屋に小さな音を立てた。


「あ〜、泣かしたー。清和が年下の子泣かしたー」


「いーけないんだ、いけないんだ〜」


「ちょっと黙ってろ!」


(まじでやめろ)


 清和は慌てた。


(人様の家で高校生男子をマジ泣かせてるなんて、あまりにも問題、もしもしポリスメン案件だ)


「どいつもコイツもガキ扱いしやがってぇ、姉ちゃんが凄いからって、グズッ」


「学校の奴だって、俺がせっかく危ないって教えてやってるのに、変な奴扱いしてさぁ、ズズ」


清和は口を開きかけて、閉じた。


 姉と比べられる。本気で動いているのに周りに分かってもらえない。


 ——なんとなく、身に覚えがあるような気がした。ポジションは全然違うが、その「伝わらなさ」の感触だけは。


「ああ、えっと違うんだよ。フワとの出会いには人がその、死んじゃってたりして。あまり子供には聞かせたくないんだ」


「んなもん、大丈夫だし。俺、霊を払う『払い屋』だぞ。人間の生き死になんてどうってことない」


「そっ、そうだよなぁ! いやぁ、それにしてもかっこいいよな、払い屋。その数珠とかイカしてると思う!」


「……ぐす、ズズッ」


「ふーん、わかってんじゃん」


綾人の声から、少しだけ棘が抜けた。鼻を一度すすって、目元を手の甲でさっとぬぐう。清和はそれを見てみぬふりをした。


(フワ、綾人君の頭撫でるのやめなさい。煽ってるようにしか見えないから)


 フワは特に気にした様子もなく、綾人の頭にそっと手を置いたままにっこりと笑っていた。綾人は振り払いもしなかった。


「えっと、フワのこと話した方がいい?」


「……別にいいや。アンタ無害そうだし、チビはチビで悪霊ってわけじゃなさそうだ。異質すぎるだけで」


(異質過ぎる?)


「帰っていいよ。チビがいれば問題なく帰れるだろ」


「うん、この程度の術式なんてことないよ〜」


「この程度いうな!」


〜〜〜〜


 玄関。


 石畳に足を踏み出すと、さっきの静けさが戻ってきた。綾人が引き戸を閉める音が、境内に短く響く。


「清和〜早く」


 フワが鳥居の前で手を振っている。みかんのスクイーズを大事そうに片手に握ったまま。


「えっと、お邪魔しました」


「なぁ、これ」


「え」


 綾人が手を差し出した。数珠だった。


「俺の霊力を込めてるから御守りにはなると思う。あと、一応連絡先も交換してくれ」


「あ、はい」


 二人でスマホを取り出す。番号を打ち込む音が、夕暮れの境内に小さく響いた。


「じゃあ」


「ん」


 清和は鳥居をくぐった。石畳から地面に変わる感触。それと同時に、街の音がじわりと戻ってきた。車の音、遠くの声、コンビニの看板の点滅。


 フワが隣に来て、受け取った数珠をしげしげと眺めていた。


「ねぇ清和、あの子、いい子だね」


「……そうだな」


「それ、そこそこ効果あるから。俺のいない時はつけときなよ」


「ふーん、あの子霊力あるってのも本当なの?」


「そこから信じてなかったの??……霊術を扱えてる時点でこの時代じゃあ、かなりの子だと思うよ」


「そう」


 清和は手の中の数珠を少し握ってから、ポケットにしまった。


「てか、聞き流してたけどその『霊力』ってなんなんだよ」


「霊力ってのは簡単にいうと人間に宿る防御のためのエネルギーだね」


「防御?」


「そ、人間の魂は常に『穢れ』に狙われている。穢れに障られると人は陰鬱になり、自身や周囲を傷つけてしまう。その穢れを防いでくれるのが霊力さ」


「ふーん。ってことは人間には全員あるってことか?でもさっき霊力を持ってる綾人は珍しい的なこと言ってたろ」


「霊力を宿していることとそれを扱えることは全くの別物だよ。そこは生まれ持った才能の部分が大きい。あの子はきっと先祖代々の霊術師の家系だから扱えるんだね」


「お前があの夜、社長を『隠した』のも霊術ってヤツか?」


「……俺の場合、少し違うんだけど大まかにいえばそうだね」


「霊術ってのは霊力を防御としてではなくエネルギーとして引っ張って、神々や自然から加護を受けるんだ」


「へぇ、便利そうだな」


「清和も特訓してみる?」


「面倒そうだから、いい」


「もう」


 夜の道を、二人で歩いた。


〜〜〜〜


 ピコン。


 その日の夜。


「き、清和、まただよ?」


「え、もう。会話一区切りついたろ」


「学校の話じゃなくて、今度はお姉さんの話みたい」


フワがスマホの画面を覗きながら言った。清和は思わず手を伸ばす。


「フワ、返しといて」


「身体貸してよ」


「スクイーズ触れるならスマホも触れんだろ」


「微妙に疲れるんだからね!これ!」


 霊術師とメル友になった。

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