↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜青年と亡者少年  作者: 月凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/20

拾壱話

朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。


「おはようございます、清さん」


 綾人が台所から声をかけながら、トースターに食パンを入れた。昨夜からそのままの制服で、手際よく朝食を並べている。


 彩夢はすでにソファに座り、両手を合わせて朝食に取り掛かる構えをしていた。着替えは持っていなかったはずなのに、子綺麗にどこか堂々としている。


「……どこからそのパン出てきたの」


「コンビニ。早起きしたので」


「ありがたいけど、お金払うよ」


「いいですよ、姉ちゃんが食べたいって言うんで」


 彩夢は特に悪びれない。昨日あれだけのことがあったのに、朝の食欲には一切影響がないらしかった。


 清和の体がソファから起き上がる。


「おはよう、彩夢」


「おはよ、坊や。もう少し清和さんのフリを研究しなさいよ」


「難しいんだよ」


〜〜〜〜


 清和の自宅であるこのアパートは、フワとの『契り』によって、フワの領域の一つになっている。本来ならここにいる間は実体を保てるはずだった。


 でも昨日、伊東に霊力を大きく吸われたことで、今は清和の体を借りていなければ安定できないらしかった。体を貸している間、フワの声は内側から響く感じで伝わってくる。


 朝食の途中だった。


「思い出した」


 清和がふと呟いた。

部屋では綾人が目玉焼きを皿に乗せ、彩夢がそれに手を伸ばしながら「醤油は?」と聞いていた。


(どうしたの?清和)


 体の中で霊力の回復をしているフワが聞いてきた。


「昨日の呪術師なんだけど、久田さんだ」


「「誰ですか/なのよ」」


綾人と彩夢が同時に言った。


「酒井社長がああなる前の話なんだけど」


 清和は箸を置いた。


「社長と一緒に久田工房って取引先に行ってたんだ。家具メーカーで、老舗の工房で——そこの社長さんが、あの呪術師だった。伊東って名乗ってたけど、久田さんだ」


 オフィスで伊東と話していたときの違和感はコレだった。声が、どこかで聞いたことがあると思っていた。でも直接には結びついていなかった。


 あの工房で一度しか会っていない、それも緊張した商談の場で——だから気づくまでに時間がかかった。


「その時、フワに会ったんだよな。あの山で」


(清和)


 フワの声が、少し変わった。


(その工房って、山の中にあった?それとも外?)


「山頂だが」


(……)


 間があった。


「巫部さん」


 綾夢が静かに言った。


「フワ殿のいた山のことですよね」


「ああ、確か、延縁山だったかな」


「っ!」


 綾人の手が止まった。


「そこって……」


(清和)


(僕のいた山には建物なんてなかったよ)


「へ」


「延縁山は禁足地ですよ」


 綾人が、今までと少し違う声で言った。低く、確かめるような声だった。


「その山は禁足地、入ることすら難しい。普通の人間には、まず近づけない場所です」


 テーブルの上に、沈黙が落ちた。


 彩夢の手が醤油を取る途中で止まっていた。


「……清さんたちはどうやって行ったんですか」


「取引先から地図を送ってもらって、ふつうに車で行って」


「……」


「山の麓で車を止めて、十五分くらい歩いて、看板があって」


 清和は、その光景を思い出しながら言った。あの夜は嫌な記憶しかないが、道は普通だった。山道ではあったが、歩けた。霧もなく、引き返せなくなったわけでもなく——ただ、社長が煩くて、自分が憂鬱で、そういう普通の夜だった。


「普通に、行けたけど」


「それが普通じゃないんですよ」


 綾人の顔が、少し青い。


「延縁山は、三百年以上前から禁足地に指定されてる山です。うちの記録にもある。かつて大きな霊的な事件が起きて、立ち入りを禁じた。それからずっと——何かがいる、って記録が残ってる」


ーーー三百年前の大きな霊的事件?


(……何かじゃなくて、僕だよ)


 フワが静かに言った。清和の体の中から、穏やかな声で。


(僕が縛り付けられてた山だ。三百年以上前ってことは、たぶん合ってる)


 彩夢が湯呑みを置いた。


「フワ殿、あなたそこにいた時、工房のことは知ってた?」


(知らなかった。建物なんてなかった。あの人は山に何かを作れたんだね)


「禁足地に踏み込んで、建物まで作った」


 彩夢が、静かに言った。


「それだけの呪術を使えるということ。禁足地の結界を抜けるだけでなく、その中に拠点を作れる——普通の呪術師の話じゃないわ」


「それに」


 綾人が続けた。


「清さんたちが普通に近づけたのも、道を呪術で誤魔化していたからでしょう。道があるように見せて、禁足地であることを気づかせないよう。実際に清さんたちが感じた違和感は、帰り道だけだったのよね?」


 そう言われると、確かにそうだった。工房に向かう時は何もなかった。おかしくなったのは、帰りに道に迷ってからだ。


「あと」


 清和が、もう一つのことを言いかけて、止まった。


 伊東が言っていた台詞が、もう一度頭に戻ってくる。


 ーーあの山に酒井を連れて行って、神落としをしてくれた。


「……神落としって、具体的にどういうことなんだ」


綾人が箸を持ったまま、フワの方を——正確には清和の顔を——向いた。


(山に縛り付けられた霊や神を、解き放つこと、かな)


フワが答えた。


(要するに、清和が僕を山から連れ出せるようにしてくれた。それが、あの人の目的だったってことだよね)


テーブルの上の朝食が、冷めていった。


「つまり」


彩夢が言った。


「あの男はずっと前から、フワ殿を山から解放することを計画していた。そのために久田工房なるものを作って、呪術で禁足地を誤魔化しながら、あなたたちを呼び込んで、酒井さんをあの山で死なせることで——フワを動けるようにした」


「チビが清さんと契りを結んだのも、もしかしたら」


綾人が言いかけて、止まった。


「計算の内だったのかもしれない」


誰も何も言わなかった。


(違う)


フワが言った。


(あれは、僕が決めたことだから)


静かな声だった。でも、きっぱりしていた。


(清和が誰かに利用されて困ってたから、助けたかった。それだけ)


「……フワ」


(うん)



彩夢が立ち上がった。


「食べながら話しましょう。冷めるわよ、目玉焼き」


彩夢が「ん」と綾人に早く醤油を渡すよう催促した。


綾人がゆっくりと醤油を彩夢に渡した。


清和はもう一度、自分の手を見た。フワが借りている手。


延縁山。久田工房。伊東。神落とし。


全部が、最初からつながっていた。


窓の外で、朝の鳥が鳴いていた。


〜〜〜


「なぁ、フワ。気になったんだが」


「なぁに、清和」


 顕現できるくらいには回復したフワが、清和の膝の上に座っていた。赤いTシャツに短パン、いつもの格好に戻っている。


 台所では、綾人と彩夢が皿洗いをしていた。水の音と、たまに彩夢が綾人に文句をつける声がする。


「お前って神なんだよ、な」


 フワが少し考えた。


「……役割的には、そうだね」


「役割的?」


「山に生まれた時、声が聞こえたんだ。『其方に山神の役割を与える』って。それから感覚的に霊力の使い方や、山神としてのルールが分かった」


「なんかよくわかんないな」


「なんかよくわかんないんだよ」


 二人が同時に頷いた。


 説明できないことを、説明しようとすると大抵こうなる。清和はフワの頭をぽんと触った。フワは特に抵抗しなかった。


「でも、声が聞こえてルールを知って、それで神様になったってこと?」


「そういう感じ、かな。自分でなろうとしたわけじゃないから、実感はあんまりないけど」


「あ、だけど神様ならもう、信仰してる人とかいるんじゃないか?その人たちなら何か……」


「やめた方がいいわよ」


 台所から彩夢の声が飛んできた。皿洗いをしながら、ちゃんと聞いていたらしい。


「へ」


 彩夢が振り返った。手が濡れている。


「下手に信仰を探って、フワ殿の性質が変わったら厄介よ」


「性質が変わるって」


「神は信仰によって在り方が変わる。人間に崇められて『山神』として強く認識されれば、今より山に縛られた形になるかもしれない。それは今の状態とは別のものになるってことよ」


 フワが、少し静かになった。


「それに」


 フワが言った。


「俺の神格は、前の山神のものを移された感じだと思う」


「前の、山神?」


「延縁山には、俺より前にも何かがいたと思う。山には神がいる場合が多い。俺が死んでその山に縛り付けられた時、その役割がそのまま俺に移ったんじゃないかな」


「つまり」


 清和は少し考えた。


「お前が神様なのは、お前が選んだんじゃなくて、山がお前に役割を押しつけたみたいな?」


「うん。まぁ、そんな感じ」


 フワは特に悲しそうでも、怒っているでもない顔でそう言った。


 それが清和には、少し引っかかった。


 百年以上前に、気づかないうちに役割を与えられて、気づかないうちに縛り付けられた。名前も自分では持てなくて、他の誰かの役割を担わされて——でもフワは今ここで、ぴんとした顔をして清和の膝に座っている。


「フワ」


「うん」


「フワって、今の名前気に入ってる?」


「うん、好きだよ。清和がつけてくれたから」


「そうか」


「なに、急に」


「別に」


 清和はそれ以上言わなかった。


 台所の水音が続いている。綾人が「姉ちゃん洗い方雑」と聞いて、彩夢が「うるさい、汚れが落ちたらいいのよ」と返す声がした。


「清和」


「ん」


「昨日はよく寝れた?」


清和は少し黙った。


「……おかげさまで」


「そっか」


 フワも、それ以上は聞かなかった。


 二人の間に、静かな時間があった。


 水音と、食器が触れ合う音と、彩夢が文句をつける声と。その中で、清和はフワの頭に置いた手をそのままにしていた。


「なんで、俺に会った時に手伝う気になったんだ」


「言ったでしょ、困ってたから」


「でも、俺が困ってるの見て、なんで助けようって思った」


 フワは少し考えてから、「さぁ」と言った。


「よくわかんないけど、なんか放っておけなかった。長い間一人でいたせいか、それとも別の理由か」


「別の理由?」


「うーん。なんかね、初めて会った気がしなかったんだよね、清和のこと」


 清和は黙っていた。


 フワは特に気にした様子もなく、膝の上でスクイーズをぷにぷに押している。以前もらった桃型のやつだ。


初めて会った気がしなかった。


「ていうかね、シンプルにうるさかった」


「あぁ」


 清和は夢の中で見た光景を思い出した。縁側で石を並べていた子供のこと。そして、古い名前を呼んだ姉のこと。


 言わなかった。


 今はまだ、言わなくていいような気がした。


「まあ、理由はどうであれ」


 清和が言った。


「助かったのは本当だから、ありがとうな」


 フワがこちらを見上げた。


「……うん」


 目が、少し細くなった。


「こっちこそ」


 (前の山神がフワに役割を移したならその山神は……)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。