5話: 『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』
【第一章 5話】(小タイトル:真田の如き知略と、赤穂土木集団の合流)
「……アチラの動向を、ソソソ(探索)してまいります」
吉良邸のお掃除奉公人にして公儀御庭番の班長・ソソソの尾三次が、お隣の脇坂淡路守の屋敷へ「上意」の鑑札をチラつかせながら、相変わらず出稼ぎ掃除に行こうとした、まさにその時であった。
「おい尾三次! お前、また出かけるのか!?」
吉良邸の物見櫓から、清水一学の喉がちぎれんばかりのツッコミが飛んだ。
「我が吉良邸の庭がトビネズミ百匹のパラダイスになってんの、見えてねえのか! お前、班長のくせにここを完璧にただの無料高級ネズミ旅館だと思ってねえか!? 探索じゃなくて完璧にただのお小遣い稼ぎの掃除だろソレ!」
一学の痛烈な叫びを、尾三次は「これぞ隠密の極意……ソソソ」と目にも留まらぬステップでスルーし、本日もお隣の脇坂邸へと消えていくのだった。
だが、その守りの要がホイホイと出かけている隙こそ、浅野内匠頭長矩が待ち望んだ瞬間であった。
内匠頭は格調高き声音と持ち前の雅な交渉術を以て、お隣の脇坂淡路守殿の広大な「納屋」を言葉巧みに借り受けることに成功したのである。
「フッ、お掃除番が消え、大目付の目も封じた。ここからは組織の力にございます」
脇坂邸の納屋の奥。薄暗い灯りの中で、内匠頭は懐から一本の絵図面を取り出した。それは、吉良邸の庭のど真ん中へと向けて掘り進める、極秘の「地下トンネル」の設計図であった。
しかし、いかに合法の策とはいえ、江戸詰めの片岡源五右衛門ら数人だけでは、人手も土木の技術も圧倒的に足りない。
「源五右衛門、国元(赤穂)へ早打ちを飛ばせ。――『至急、穴掘りの手練れを送れ』とな」
「ははっ、ただちに!」
お家が健在だからこそ、赤穂藩の連絡網は迅速であった。
国元で早打ちを受け取った国家老・大石内蔵助(重石)は、額に青筋を立て、深い、深いため息を播州の空へと抜いた。
「……殿がまた暴走しなければよいが……」
内蔵助は即座に、選りすぐりの赤穂土木集団を江戸へと急派した。だが、それだけではない。主君のさらなる暴走を恐れた内蔵助は、応援人員と共に、一通の極秘文書を同封させた。
それこそが、内蔵助直筆の**『大石式・家臣ネットワーク及び合法土木資材・正しい取扱説明書』**であった。
そこには、
『一、本人員はあくまで「脇坂邸の模様替え業者」としてのみ稼働させること』
『二、過度な爆破、および公儀に即座にバレるような派手なチート行為は厳禁とする』
『三、万が一、お上の取り調べを受けた際は、速やかに「全部、大石が勝手にやりました」と嘘をつき、お家を守ること』
など、苦労人・大石の血涙が滲むようなトリセツが事細かに認められていたのである。
「ふむ、内蔵助め、相変わらず心配性な男よ。良きトリセツだ、美味しく読んだぞ」
内匠頭は至極涼しげな顔でトリセツを懐に仕舞うと、合流した赤穂土木集団にすぐさまシャベルを握らせた。
藩士たちは「脇坂邸の御用を承った出入り業者」として堂々と行動できるため、公儀の目も完全にスルーである。これぞ内匠頭の「真田の如き知略」であった。
「トントン……」「サクサク……」
夜な夜な、納屋の床下から土を削る密やかな音が響く。
その頃、吉良邸の物見櫓の上では、一学がダンボの耳をピクピクと動かしていた。
「……む? どこからか、地響きのような、奇妙な音が聞こえるな」
一学の並外れた聴覚は、確かに地下の振動を捉えていた。しかし、その音の発生源はお隣の脇坂邸である。
「いや、脇坂殿のところの業者が、模様替えか庭の改修でもしているのであろう。他家のお仕事に口を挟むわけにはいかぬからな……」
一学は再び、深いため息を天に抜いた。
「……はぁ~~~~~。それより、あの庭のネズミどもをどうにかせねば……」
完璧なる五里霧中。
一学がネズミの対応に追われ、他家への遠慮から音をスルーしてくれている隙に、地下トンネルは着実に、吉良邸の庭の真下へと伸びていた。大石のトリセツの範囲(?)で、赤穂藩の組織的な大がかりな極秘工事は、吉良側の誰一人として気づかぬまま、最終段階を迎えようとしていたのである。
(第六話へ続く)




