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4話: 『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』

【第一章 4話】(:大目付への謁見・「生類駆除申請」の虚実)

「……アチラの動向を、ソソソ(探索)してまいります」


吉良邸のお掃除奉公人にして公儀御庭番の班長・ソソソの尾三次が、お隣の脇坂淡路守の屋敷へ「上意」の鑑札をチラつかせながら、またしても出稼ぎ掃除に行ってしまった、まさにその翌朝のこと。


甲賀のからくり箱が大爆発したことにより、吉良邸の庭は完全にトビネズミ百匹のパラダイスと化していた。

『生類憐れみの令』の縛りがある以上、力ずくでの駆除は一発改易、全員切腹。

万策尽きた吉良の家臣・清水一学は、武家を統括する最高機関への届け出を決意し、大目付の門を叩いていた。


その元禄の世の司法を司る大目付の姓名こそ――金目鯛 煮付のかねめだい につけのすけ


そのあまりにも美味しそうな姓名とは裏腹に、煮付の佑は至極冷淡で、お役所仕事の権化のような男であった。


「……ふむ、吉良家の清水殿か。屋敷にネズミが出ただと? くだらん」

お白洲の奥から、煮付の佑は一切の感情を排したギョロリとした眼光で冷たく言い放った。

「あれは浅野の放った間者にございます!」と一学は必死に訴えたが、大目付の態度は冷酷そのものである。

「証拠なき限り、ネズミはネズミ。上様が憐れむべき生命じゃ。それを傷つけようなど言語道断。どうしても追い払いたくば、まずはネズミ一匹ずつの毛並みと健康状態、および命名を記した『百頭分の台帳』を提出せよ。さらに、移転先となる新たな巣穴の確保、そこへ傷つけずに一匹ずつカゴで安全に護送する『安全輸送計画書』も必要じゃ。書類の審査には三ヶ月ほどかかる」


「さん、三ヶ月!? その間に我が吉良邸の畳は全部ネズミに食い尽くされまする! 煮付の佑様、そこをなんとか!」

一学は床に頭をこすりつけて懇願したが、大目付は「ならぬ。浅野の件で上様は法度の遵守にピリピリされておられるのだ。書類に不備があれば、吉良家とて容赦はせぬぞ」と不敵に笑うのみ。


「クソッ、金目鯛のくせに、なんて塩対応な煮付けなんだ……!」

一学は心の中で血の涙を流しながら、怒り狂って本所松坂町へと引き返すしかなかった。

実は、これこそが浅野内匠頭の知略。大目付が動けぬタイミングを完璧に計算してネズミを放ち、吉良邸の「手出しできない合法の檻」を完成させていたのである。


お上がアテにならぬと悟った吉良邸は、甲賀流のランマルくんの発案により、力ずくではなく「ネズミを美味しいご飯で懐柔し、自発的にお隣へ引っ越してもらおう作戦」を敢行することとなった。


吉良のじいさんが「大目付の煮付の佑への当てつけじゃ!」と涙を流しながら私費で買い漁ってきたのは、江戸前では超高級魚の、本物の「金目鯛」であった。


一学たちが「さあ、美味しい金目鯛の煮付けだよ〜、これを食べたらあっちのお屋敷へ行くんだよ〜」と庭に並べる。

だが、浅野上屋敷でグルメな英才教育を受けたトビネズミ百匹は、一筋縄ではいかった。ネズミたちは並べられた高級金目鯛だけを贅沢にペロリと平らげると、「美味かったから、ここを終の住処にするわ」とばかりに、満足そうに吉良邸の縁側でゴロゴロと昼寝を始めてしまったのである。完璧な食い逃げであった。


「おのれ、金目鯛まで無駄にさせるとは……! ならば最終兵器じゃ!」

一学とランマルは、最後の手段として、町内随一の美形三毛猫「みけたん」を庭へと放った。猫の本能でネズミどもを恐怖させ、傷つけずに追い払おうという「みけたん作戦」である。


ところが、ここで『生類憐れみの令』の呪縛がランマルくんを襲う。


「ああっ、みけたん! 爪を立ててはならぬ! ネズミを傷つけたら我が家が切腹でござる! 優しく、あくまで優しく『シャーッ』と言うだけで、肉球の範囲で威嚇するのだ!」

「おい見ろランマル! ネズミどもが、みけたんの『絶対に攻撃してこない優しさ』を見抜いて、逆にみけたんの背中に乗って遊び始めたぞ!」


そうなのだ。爪を立てられない猫と、それを完全にナメ腐った百匹のネズミ。

最終的にみけたんは、ネズミたちに「いつもお疲れ様です」とばかりに毛づくろいされ、すっかり仲良くなって吉良邸の居間で一緒に丸くなって寝てしまうという、完璧な懐柔の逆転現象が起きてしまった。


「ネズミを金目鯛で接待した上に、癒やし系の猫まであてがってどうするんだァァァ! 我が吉良邸はネズミの高級旅館か!?」


本所松坂町の夜空に、清水一学の並外れた耳を塞ぎたくなるような、悲痛な嘆きがこだまするのであった。


【今宵の一句】

煮付け去り 猫もネズミの 宿となる

【あっちゅ寝太郎エッセイ】

(上野介殿、大目付の煮付の佑様に門前払いされ、高級な金目鯛の煮付けを食い逃げされ、最終兵器のみけたんまでネズミの極上ベッドにされるとは哀れにございます。お前たちの屋敷はもう、ただの無料の高級旅館だよ。せいぜいネズミ相手に手厚いおもてなしを続けるがいいよ)

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