3話: 『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』
刀を抜かない忠臣蔵です。
合法的な嫌がらせだけで、吉良邸を精神崩壊に追い込みます。
大目付は「ほほう」しか言いません。
御庭番は重要情報を漏らしますが誰も聞いていません。
謀略探偵は何でも「綱一坊一派の陰謀」と言います。
笑えます。たまに泣けます。最後は春が来ます。
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十二章 師走
第三話 評定にて、ネタバラシと昇格
一、評定の間、人事の沙汰
師走も半ばを過ぎ、城内の評定の間には、いつもとは違う、どこか浮き立つような空気が漂っていた。柳沢失脚の余波がまだ冷めやらぬ中、本日は人事の沙汰がまとめて読み上げられることになっている。
「これより、忠勤の者への沙汰を申し渡す」
老中の声に、座が静まった。
二、俵星家、公儀夜食御用番へ
「俵星玄蕃。日頃の夜食供給、並びに脇坂家との連携によるその働き、まことに見事である。よって、公儀夜食御用番を申し付ける」
「は、ははーっ! 承知!」
俵星は、いつもの威勢のままに頭を下げた。槍を片手に駆け回っていた日々が、まさかこんな形で報われるとは、本人もどこか実感が湧かぬ様子であった。
「夜食でござーい、が、これからは公儀御用、ということになるのか……?」
首をかしげながらも、その顔はどこか誇らしげであった。
三、ソソソの班長、御庭番筆頭へ
「お掃除御庭番、ソソソの班長」
名を呼ばれ、本人は箒を抱えたまま、のそりと進み出た。
「長年のお勤め、まことにご苦労であった。よって、御庭番筆頭を申し付ける」
座のあちこちから、小さなどよめきが起こった。当の本人だけが、きょとんとした顔をしている。
「ソソソの……筆頭、にございますか。それがしは、ただ庭を掃いて、お茶をいただいておっただけにございますが」
「その忠勤ぶりが評価されたのだ。これよりも励め」
「は……ソソソのソ」
いつもの口癖だけは、変わらなかった。
四、本人、状況を飲み込めず
評定が終わった後も、ソソソの班長はしばらく廊下に立ち尽くしていた。
「儂は一体、何をしたというのだろうか」
その問いに、答えてくれる者は誰もいなかった。隣の屋敷でお茶菓子をいただきながら、つい口を滑らせたことが、巡り巡って大きな流れを動かしたなど、本人には知る由もなかった。
五、盲之助、ふと懐に手をやる
その様子を遠目に眺めながら、豪文字盲之助は、懐の重みを今一度確かめていた。これまで溜め込んできた、無数の丸まった書状。今日という日に、ふと、それらをすべて開いてみる気になった。
「これだけ集めたのだ。並べてみれば、何か見えてくるやもしれぬ」
虫眼鏡片手に、彼は一枚一枚、丁寧に広げていった。
六、書状、すべて並べてみれば
畳の上に並べられた書状は、何十枚にも及んだ。一枚一枚はかすれた一文字、あるいは一語に過ぎない。意味をなさぬ断片の山——そのはずであった。
だが、日付の順に並べ直してみると、文字はゆっくりと、一つの形を結び始めた。
七、お勤めご苦労。俺だよ。吉保。
「お……勤め……ご苦労……俺……だよ……吉保……」
声に出して読み上げた瞬間、盲之助の動きがぴたりと止まった。
「……吉保様。俺だよ、と言われても……儂は盲之助にございます……」
誰に言うでもなく、大真面目にそう呟いた。そして、その手から、虫眼鏡がぽろりと床へ落ちた。
「綱一坊一派の陰謀ではなく……柳沢様、ご自身であった、と……?」
これまで幾度となく叫んできた「綱一坊一派の陰謀」が、すべてこの一文に収斂していく。陰謀は、確かに実在した。ただし、その正体も、目的も、彼の妄想とはまるで違う、あまりにも寂しげな悪戯であった。
八、脱力、そして
「儂は、何年も……いったい、何を……」
畳に座り込んだまま、盲之助はしばらく動けなかった。怒りでも、悲しみでもない。ただ、果てしない深い脱力だけが、体の中をみっちりと満たしていた。
廊下を通りかかった金目鯛が、その魂の抜けたような姿を見て、いつものように一言だけ呟いた。
「ほほう」
それ以上は、何も言わなかった。
九、結び
師走の夕暮れ、評定の間も、廊下も、いつもと変わらぬ静けさを取り戻していた。俵星は意気揚々と新たな御用へ向かい、ソソソの班長は相変わらず箒を手に首をかしげながら歩き、盲之助だけが、畳の上に散らばった紙の山を、ぼんやりと見つめ続けていた。
今宵の一句
陰謀の 正体知れば ただの文
史実をよくご存じの方であれば、吉良殿の屋敷の隣は本来、土屋主水正殿の屋敷ではないかと思われるかもしれません。
ですが、本作では作者の好みにより、あえて脇坂安治の末裔である「脇坂淡路守」殿の屋敷を隣に据えさせていただきました。ちなみにこの脇坂家、途中で養子が入って家名を繋いでいるお家柄でもあります。
なぜ脇坂殿なのかといえば、あの松の廊下の事件直後、取り乱した吉良殿にぶつかられて衣類に血を付けられた脇坂殿が、「無礼者ッ!」と吉良殿をピシャリとやったという、講談でお馴染みのあの小気味よい逸話がどうしても好きだからです。このお方なら、内匠頭の仕返しを隣でニヤニヤしながら面白がってくれるに違いないと、物語の妙としてお引越し願いました。
ちなみに、そんな風にいがみ合っていた両家も、現代ではすっかり仲直りをして和解しております。歴史の枠をちょっとだけ飛び越えた、脇坂殿の粋な立ち回りを、どうぞ温かい目でお楽しみいただければ幸いです。




