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5話: 『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』

刀を抜かない忠臣蔵です。

合法的な嫌がらせだけで、吉良邸を精神崩壊に追い込みます。

大目付は「ほほう」しか言いません。

御庭番は重要情報を漏らしますが誰も聞いていません。

謀略探偵は何でも「綱一坊一派の陰謀」と言います。

笑えます。たまに泣けます。最後は春が来ます。

全話予約投稿済み、毎日更新中。

十一章 霜月

第五話 ランマル君、完全に浅野側へ

一、邸内、すれ違う影

吉良邸の空気は、日に日に重くなっていた。殿の様子がおかしい、後ろ盾も当てにならぬらしい——誰もが口には出さぬまま、それぞれの胸に不安を抱えている。ランマル君もまた、その一人であった。

「ニンニン……」

いつもの口癖にも、近頃は力がない。

二、ランマル君、夜更けに佇む

夜更け、庭先に一人立ち尽くすランマル君の前に、ふと影が差した。柱の陰でも、襖の松でもない。今度ははっきりと、人の形をしたそれが、すぐ目の前にあった。

「ニン……」

声が、続かなかった。

三、ハットリ君、ついに姿を見せる

「ニンニン」

向き合った相手は、ハットリ君であった。これまで気配だけを残して消えていった男が、今夜は珍しく、姿を隠さなかった。

「お主、ずっと見ておったのか」

「ニンニン」

肯定とも否定ともつかぬ返事であった。だが、その目には、これまでにない静かな問いかけがあった。

四、ニンニン対ニンニン

二人の忍びは、しばし黙ったまま向き合っていた。言葉はいらなかった。互いの立場、互いの迷い、すべてが気配だけで伝わってしまうのが、忍びという生き物であった。

「この邸、もう長くはない」

ランマル君が、ようやく絞り出した一言であった。

「ニン」

短い相槌が、すべてを受け止めていた。

五、ランマル君、心を定める

「儂は……これより先、上杉の御家にも、吉良の御家にも、十分には尽くせぬ身かもしれぬ」

それは、これまで誰にも言えなかった本音であった。二重の忠義を抱え続けてきた者の、静かな決壊であった。

「ならば、知っていることを、知っているだけ話そう」

ハットリ君は、何も言わず、ただ頷いた。その夜のうちに、ランマル君の知る限りの邸内の様子——人員の配置、警備の手薄な刻限、殿の近頃の容体——すべてが、静かに浅野側へと流れていった。

六、色部、気配を察する

翌朝、色部又四郎は、ランマル君の顔つきがどこか晴れやかになっていることに気づいた。問い詰めることはしなかった。ただ、それが何を意味するのか、長年の付き合いで、おおよその見当はついた。

(潮目は、完全に変わったか)

色部は、静かに荷物の整理を再開した。

七、俵星の蕎麦屋、評判広がる

一方、町中ではまったく違う噂が広がっていた。俵星玄蕃が始めた夜食の蕎麦屋が、近頃すこぶる評判だという。

「あの出前の威勢の良さがいいんだよ」

「すりこぎ筆の旦那も、こっそり通ってるらしいぜ」

物騒な世情とは裏腹に、こちらは至って呑気な賑わいであった。

八、脇坂家ケータリング、噂となる

さらに、隣の脇坂家が、俵星の蕎麦と組んで、城中への仕出しを始めたという噂も流れていた。

「脇坂様のところ、近頃なにかと評判がいいそうな」

ソソソの班長も、その噂を聞きながら、いつものように茶菓子を頬張っていた。

九、結び

霜月の夜は、静かに更けていく。吉良邸の片隅では、ランマル君が一人、空を見上げていた。重荷を下ろしたような、それでいて何かを失ったような、複雑な表情であった。

今宵の一句

二重の忠義 月夜にひとつ 影となる

あっちゅ寝太郎エッセイ

(ランマル君、ずっと揺れ続けてたけど、ついに腹を決めた回だったね。ハットリ君と初めてちゃんと向き合う場面、ニンニンしか言ってないのに妙に重みがあった。色部さんも、もう何も聞かずに荷物をまとめ始めてるし。一方で俵星さんの蕎麦屋は呑気に繁盛してるのが、なんだかいい息抜きになるなぁ。十一章、いよいよ終盤に向かっていく。)

史実をよくご存じの方であれば、吉良殿の屋敷の隣は本来、土屋主水正殿の屋敷ではないかと思われるかもしれません。

ですが、本作では作者の好みにより、あえて脇坂安治の末裔である「脇坂淡路守」殿の屋敷を隣に据えさせていただきました。ちなみにこの脇坂家、途中で養子が入って家名を繋いでいるお家柄でもあります。

なぜ脇坂殿なのかといえば、あの松の廊下の事件直後、取り乱した吉良殿にぶつかられて衣類に血を付けられた脇坂殿が、「無礼者ッ!」と吉良殿をピシャリとやったという、講談でお馴染みのあの小気味よい逸話がどうしても好きだからです。このお方なら、内匠頭の仕返しを隣でニヤニヤしながら面白がってくれるに違いないと、物語の妙としてお引越し願いました。

ちなみに、そんな風にいがみ合っていた両家も、現代ではすっかり仲直りをして和解しております。歴史の枠をちょっとだけ飛び越えた、脇坂殿の粋な立ち回りを、どうぞ温かい目でお楽しみいただければ幸いです。

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