第十一章 1話: 『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』
刀を抜かない忠臣蔵です。
合法的な嫌がらせだけで、吉良邸を精神崩壊に追い込みます。
大目付は「ほほう」しか言いません。
御庭番は重要情報を漏らしますが誰も聞いていません。
謀略探偵は何でも「綱一坊一派の陰謀」と言います。
笑えます。たまに泣けます。最後は春が来ます。
全話予約投稿済み、毎日更新中。
十一章 霜月
第一話 内蔵助、最後の一手
一、文の中身、確認
霜月に入り、鉄砲洲の浅野邸に届いた一通の文を、内蔵助は幾度も読み返していた。脇坂家を経由したその文には、来月、城中にて勅使饗応の儀が執り行われる旨が、何気ない調子で記されている。高家筆頭たる吉良が、再びあの松の廊下に立つ。
「巡り合わせ、というものかな」
誰に言うともなく、内蔵助はそう呟いた。一年前、あの廊下で全てが始まった。今度は、別の形で何かが終わる番であった。
二、内蔵助、評定の真意を語る
その晩、吉田忠左衛門、大高源五、片岡源五右衛門の三人が、内蔵助の居間に集められた。
「勅使饗応の儀は、毎年の決まりごと。高家筆頭の差配のもと、作法も道筋も、すべて型に則って進む」
内蔵助は静かに切り出した。
「逆に言えば、その型さえ知っていれば、どこに誰が立ち、いつ、どの廊下を通るか、おおよその見当はつくということよ」
忠左衛門が、こめかみを押さえながら問う。
「して、何をなさるおつもりで」
「何もせぬ。ただ、型の中に、ほんの少し色を添えるだけのこと」
その物言いに、片岡源五右衛門が目を輝かせた。
「面白そうにございますな!」
「お主は毎度、面白がりすぎる」
忠左衛門の苦言も、いつものことであった。
三、廊下の絵図、もう一段詳しく
内蔵助は絵図を広げた。松の廊下、襖の配置、控えの間との距離、灯りの位置——一年前の記憶と、その後集めた情報を重ね合わせ、線を一本ずつ確かめていく。
「儀式の刻限、吉良殿はこの位置に立たれる。装束は当然、正式な長袴」
「長袴、にございますか」
大高源五が、句帳から顔を上げた。彼にとっては、ただの建築談義よりも、その一語の響きの方が気にかかるらしい。
「うむ。格式を重んじる御方ゆえ、誰よりも長い裾を引いて歩かれよう」
内蔵助の声に、含みがあった。
四、ハットリ君、測ってきた
気配もなく、ハットリ君が現れた。
「廊下、測ってきました。畳の継ぎ目、十二。灯りの位置、東に三つ」
「ご苦労」
「あと、襖の松」
それだけ言って、また消えた。忠左衛門が首をかしげる。
「襖の松、とは」
「いずれわかる」
内蔵助は、それ以上語らなかった。
五、贈り物という名の仕込み
「儀式に向け、心ばかりの品を吉良殿へ献上いたそう」
内蔵助の提案に、忠左衛門が眉をひそめた。
「献上、と申しますと」
「上等な袴を一着。仕立ては、格式高く——やや長めに」
座に、しばし沈黙が落ちた。やがて片岡源五右衛門が、ぽんと膝を打った。
「なるほど、長ければ長いほど、格式高く見えるという建前で……」
「左様。誰に咎められる謂れもない、ただの礼儀よ」
六、主税、任を受ける
「主税、お主にこの段取りを任せたい」
唐突に名を呼ばれ、主税は背筋を伸ばした。
「それがしに、にございますか」
「仕立て屋への依頼、品の手配、すべてだ。商人相手の駆け引き、いずれ覚えねばならぬこと」
父の真意は、相変わらず半分も掴めない。だが、初めて任された仕事の重みに、主税の胸は静かに高鳴っていた。
「謹んで、お受けいたします」
七、源五右衛門、付き添いを買って出る
「ならば、それがしが付き添いましょうぞ」
片岡源五右衛門が、即座に名乗りを上げた。忠左衛門が、すかさず釘を刺す。
「お主、商人相手に余計な熱を入れるでないぞ」
「ご安心を、それがしも心得ております」
その心得の怪しさに、主税はすでに、少し冷や汗をかき始めていた。
八、安井彦右衛門、震える算盤
「贈答の品にございますか……して、お代の方は」
財布担当の安井彦右衛門が、算盤を抱えてやってきた。長袴一着、上等な仕立てとなれば、安くはない。
「これも作戦のうち。出し惜しみは無用」
内蔵助の一言に、安井はがたがたと震えながらも、算盤を弾き始めた。
九、十一章、幕開け
霜月の風が、鉄砲洲の庭を吹き抜けていく。来月の儀式まで、あとひと月足らず。
懐の塩細工を、内蔵助はそっと取り出した。月はまだ細く、光は弱かったが、それでも構わなかった。型の中に仕込まれた色は、まだ誰の目にも見えていない。
今宵の一句
霜月や 型の中にも 刃ひとつ
あっちゅ寝太郎エッセイ
(内蔵助さん、ついに「贈り物という名の罠」を仕込み始めたね。長い袴を献上するっていう発想、礼儀のふりして実は伏線そのものっていうのが、この作品らしいやり口だよなぁ。主税くんも初めて大きな任を任されて、ちょっと誇らしげなのが微笑ましい。片岡さんの付き添い、忠左衛門さんが釘を刺してるけど、絶対なんかやらかすよね、あの人。十一章、本番に向けてじわじわ動き出してきた。)
史実をよくご存じの方であれば、吉良殿の屋敷の隣は本来、土屋主水正殿の屋敷ではないかと思われるかもしれません。
ですが、本作では作者の好みにより、あえて脇坂安治の末裔である「脇坂淡路守」殿の屋敷を隣に据えさせていただきました。ちなみにこの脇坂家、途中で養子が入って家名を繋いでいるお家柄でもあります。
なぜ脇坂殿なのかといえば、あの松の廊下の事件直後、取り乱した吉良殿にぶつかられて衣類に血を付けられた脇坂殿が、「無礼者ッ!」と吉良殿をピシャリとやったという、講談でお馴染みのあの小気味よい逸話がどうしても好きだからです。このお方なら、内匠頭の仕返しを隣でニヤニヤしながら面白がってくれるに違いないと、物語の妙としてお引越し願いました。
ちなみに、そんな風にいがみ合っていた両家も、現代ではすっかり仲直りをして和解しております。歴史の枠をちょっとだけ飛び越えた、脇坂殿の粋な立ち回りを、どうぞ温かい目でお楽しみいただければ幸いです。




