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2話 : 『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』

刀を抜かない忠臣蔵です。

合法的な嫌がらせだけで、吉良邸を精神崩壊に追い込みます。

大目付は「ほほう」しか言いません。

御庭番は重要情報を漏らしますが誰も聞いていません。

謀略探偵は何でも「綱一坊一派の陰謀」と言います。

笑えます。たまに泣けます。最後は春が来ます。

全話予約投稿済み、毎日更新中。

第十章 第二話 内蔵助の静かな迎撃準備

一、鉄砲洲、静かな朝

鉄砲洲にある浅野家の旧邸、いまや幕府の監視下に置かれながらもひっそりと残るその一角は、本所のあの賑やかさとは対照的に、しんと静まり返っていた。内蔵助はここしばらく、声を荒げることも、慌てることもない。ただ静かに、地図を広げ、茶を一杯、また一杯と重ねている。

「父上は、いつもこうなのですか」

主税が問うと、内蔵助は筆を止めずに答えた。

「見えるものは見抜かれてよい。見えないものだけを守る——それだけのことよ」

主税には、まだその真意が半分しか掴めない。だが半分掴めただけでも、十六の若者にしては上出来であろう。

二、迎撃準備、地味に進む

内蔵助が広げているのは、攻めの算段ではない。守りと、流れを読むための表である。誰が動き、誰が黙り、誰が今どちらを向いているか。派手な一手は、もう必要ない。吉良は放っておいても、自分で自分の首を絞めていく。あとは、その時が来るまで、静かに支度を整えるだけだ。

「ああ、来た」

気配もなくハットリ君が現れた。座っているのかいないのか、よくわからない位置に。

「ニンニン」

「ない」

短いやり取りの後、ハットリ君はまた消えた。何を報告しに来たのかは、内蔵助にしかわからない。

三、隣の脇坂邸、茶菓子の刻

一方、本所のほど近く。公儀お掃除御庭番のソソソの班長は、今日も隣の脇坂淡路守の屋敷で、お茶とお菓子をいただいていた。これは仕事の一環、ということになっているが、実際のところはただの息抜きである。

「いやはや、近頃の吉良様の邸は、何かと騒がしいことで」

「ほう。して、何が騒がしいのです」

脇坂は、茶を口に運びながら、何気ない調子で尋ねた。

四、つい、漏れる

「いやなに、深夜の届け物だの、蔵の数が合わぬだの。誰に聞かせるでもなく、ソソソのソ、と独り言ちておるだけのことですよ」

いつもの調子であった。誰も聞いていない前提で、つい口が緩む。これまでなら、それで終わりであった。風に流れて消えるだけの言葉のはずであった。

五、今回だけは、聞いている

しかし脇坂淡路守は、菓子を頬張りながらも、しっかりとその一言を拾っていた。表情には出さず、ただ「ほう、ほう」とだけ相槌を打つ。

ソソソの班長は、いつものように満足げに茶を飲み干し、何も気づかぬまま屋敷を後にした。情報を漏らすが誰も聞いていない、というのが彼のお決まりであったはずだが——今日に限って、聞いている者がいた。それだけのことが、後にどう転ぶかは、まだ誰も知らない。

六、内蔵助、小さな手応え

その晩、内蔵助のもとに、思いがけぬ筋から一通の文が届いた。差出人は明かされていない。だが文面には、蔵の数が合わぬという、ごく小さな、しかし確かな綻びが記されていた。

内蔵助は、それを読んでも表情を変えなかった。ただ、かつて吉良邸から密かに回収していた、本物の赤穂の塩細工をそっと懐から取り出し、月にかざした。

「見えないところから、また一つ」

静かな声であった。

今宵の一句

茶菓子より 漏れて流れる 冬 of 風

あっちゅ寝太郎エッセイ

(ソソソの班長、いつも誰にも聞かれてないと思って気楽にやってるけど、今回ばかりは脇坂様、ちゃんと聞いてるからね。本人だけ気づいてないの、なんだか可哀想なような、自業自得なような。内蔵助さんのほうは相変わらず動じないし、本物の塩細工を月にかざしちゃって、全部見えてる感じが怖いよね。なははは、で済ませられるの、吉良殿だけかもしれないなぁ。)

史実をよくご存じの方であれば、吉良殿の屋敷の隣は本来、土屋主水正殿の屋敷ではないかと思われるかもしれません。

ですが、本作では作者の好みにより、あえて脇坂安治の末裔である「脇坂淡路守」殿の屋敷を隣に据えさせていただきました。ちなみにこの脇坂家、途中で養子が入って家名を繋いでいるお家柄でもあります。

なぜ脇坂殿なのかといえば、あの松の廊下の事件直後、取り乱した吉良殿にぶつかられて衣類に血を付けられた脇坂殿が、「無礼者ッ!」と吉良殿をピシャリとやったという、講談でお馴染みのあの小気味よい逸話がどうしても好きだからです。このお方なら、内匠頭の仕返しを隣でニヤニヤしながら面白がってくれるに違いないと、物語の妙としてお引越し願いました。

ちなみに、そんな風にいがみ合っていた両家も、現代ではすっかり仲直りをして和解しております。歴史の枠をちょっとだけ飛び越えた、脇坂殿の粋な立ち回りを、どうぞ温かい目でお楽しみいただければ幸いです。

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