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3話:『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』

刀を抜かない忠臣蔵です。

合法的な嫌がらせだけで、吉良邸を精神崩壊に追い込みます。

大目付は「ほほう」しか言いません。

御庭番は重要情報を漏らしますが誰も聞いていません。

謀略探偵は何でも「綱一坊一派の陰謀」と言います。

笑えます。たまに泣けます。最後は春が来ます。

全話予約投稿済み、毎日更新中。

八章三話 赤穂にて、大石内蔵助の招聘

【葉月・播磨国赤穂、同じ頃】

江戸から西へ、東海道を下ること十日余り。

播磨国赤穂は、葉月の陽光の中に静かに沈んでいた。

瀬戸内の海は青く凪ぎ、塩田の白い結晶が午後の光を受けてきらきらと輝いている。潮の香りが風に乗って城下まで届き、赤穂の町は今日も、塩と魚と、どこか哀愁の混じった空気に包まれていた。

松の木立の向こうに、赤穂城の石垣が見える。

城はある。しかし、城主はいない。

大石内蔵助良雄は、城下の自邸の縁側に腰を下ろし、瀬戸内の方角をぼんやりと眺めていた。

〈一〉招聘団、赤穂へ到着す

招聘団が赤穂の城下に姿を現したのは、昼四つ(午前十時)のことであった。

先頭を歩くのは大高源五。俳諧と剣の両道を行く文化人だけあって、旅姿も粋である。道中で一句詠みながら歩いてきた。句は七つ完成した。出来は三つが佳作、三つが凡作、一つは本人も首を傾げるできであった。

その後ろを、片岡源五右衛門が歩いていた。熱血漢である。東海道を歩きながら、三度道を間違えた。二度は大高源五が気づいて引き戻し、一度はハットリ君がニンニンと現れて無言で正しい方角を指した。

しんがりを務めるハットリ君は、道中ほぼ姿が見えなかった。どこにいるのか誰も知らなかったが、なぜか迷子になった片岡の前には必ず現れた。

「着いたぞ」

大高源五が、大石内蔵助の自邸の門前で足を止めた。

片岡源五右衛門が、深く息を吸った。

「いよいよだな」

その背後の木陰から、ハットリ君の気配がした。

〈二〉大石内蔵助、出迎える

門が開き、大石内蔵助が現れた。

四十代半ば。落ち着いた目をした人物だった。太りも痩せもせず、構えも気負いもなく、ただそこに立っているだけで、周囲の空気が静かに整う。

「遠路、ご苦労でした」

低く、穏やかな声だった。

大高源五は軽く頭を下げた。

「内蔵助殿、江戸の皆が、待っております」

大石は頷いた。それだけだった。多くを言わない人だ、と大高源五は思った。

片岡源五右衛門は、大石の顔を見た瞬間、何か言おうとして、口を開いたまま止まった。言葉が出てこなかった。大石がにこりと笑ったからである。

静かな笑顔だった。しかしその笑顔の奥に、何か深いものが見えた気がした。片岡は結局、深く頭を下げるだけにした。

木陰から、ハットリ君の声がした。

「ニンニン」

大石は木陰の方を見て、また静かに笑った。

「ハットリ殿も、ご苦労でした」

〈三〉縁側の相談

座敷に通され、茶が出た。

大高源五が、江戸の状況を話した。色部又四郎の到着、ランマル君の帰還、風雲吉良城のトラップ群、そして色部が飛び石の異変に気づきかけていること。

大石は黙って聞いた。

茶を一口飲んだ。

「色部又四郎か」

「はい。只者ではありませぬ」

「そうでしょうな」

大石はそう言って、瀬戸内の方角へ目をやった。潮風が縁側まで届いてきた。

しばらく沈黙があった。

「吉良殿自身に、掘らせればよい」

大高源五が、聞き返した。

「掘らせる、と?」

「墓穴を、です」

大石は静かに言い、また茶を飲んだ。

それだけだった。

片岡源五右衛門は、その言葉の意味を三回ほど頭の中で繰り返した。三回目でようやく輪郭が見えてきたが、まだ霞がかかっていた。

ハットリ君は縁側の外の木陰で、何も言わなかった。

〈四〉大石主税、登場

「父上、お客人ですか」

廊下の向こうから、若い声がした。

現れたのは、大石主税。内蔵助の息子、十六歳である。父親より頭一つ分背が低いが、目だけは父親に似て落ち着いていた。ただし、その落ち着きはまだ若さの上に乗っており、時折はがれかけた。

「江戸から、お越しになりました」

大石がそう紹介すると、主税は大高源五と片岡源五右衛門に向かって丁寧に頭を下げた。

それから木陰を見た。

「……あちらは?」

「ハットリ殿です」

「見えませんが」

「いるのです」

主税はしばらく木陰を凝視した後、とりあえず頭を下げた。木陰から、気配だけ返ってきた。

〈五〉出立の前夜

夜になった。

赤穂の海から風が吹いてきた。葉月の夜風は、江戸のそれよりわずかに柔らかく、塩の香りが混じっていた。

大石内蔵助は、一人で縁側に腰を下ろしていた。

手元に、塩細工が一つあった。赤穂の本物の塩細工である。精巧な鶴の形をしていた。

大石はそれをしばらく眺め、静かに懐へしまった。

明日、江戸へ向けて出立する。

旅の間は「砥石小内蔵助」、刀の研ぎ師、である。

縁側の向こうで、主税が何か言いたそうにしていた。大石は気づいていたが、先には言わなかった。

主税が、やがて口を開いた。

「父上も、一緒に江戸へ参るのですか」

「ええ」

「……某も参ります」

大石は主税を見た。

「そうですか」

それだけ言って、また海の方を向いた。

潮騒が、遠くで聞こえていた。

今宵の一句

潮の香や 旅支度する 葉月かな

あっちゅ寝太郎エッセイ

(吉良殿、ついに大物が動き始めたねぇ)

大石内蔵助という人は、史実でも「吉良殿自身に墓穴を掘らせた」と言えるような戦略を取った人物です。この物語では、その言葉をそのまま台詞にしてみました。静かな人ほど、言葉が重い。吉良殿、江戸で赤穂の塩細工(偽物)を撫でながら「なははは」とやっているうちに、播磨の海辺では本物の塩細工を懐にしまった人物が静かに立ち上がっておりますよ。さて、どうなりますかねぇ。なははは。

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