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4話 『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』

【第七章 4話】(七月・文月)

タイトル:大高源五と、作法クイズの罠・後編

1.小タイトル:落下する源五と、すりこぎの直撃

源五殿の体が、開いた床の隙間へと、ゆっくりと落ちていきます。同時に、頭上からは巨大なすりこぎ筆が、容赦なく降りてまいります。

「ぐわっ……!」

ポコン。

すりこぎの先端が、源五殿の頭にちょうど触れたところで――床の落下が完了し、源五殿の体は、泥のプールへと「ぼちゃん」と落下いたしました。

「ぶはっ……ぶはっ……」

泥のプールから顔を出した源五殿。すりこぎの直撃自体は、当たる瞬間に床が抜けたことで、ほんの軽い「ポコン」程度の衝撃にしかなりませんでした。しかし、全身はすっかり泥水に浸かっており、安兵衛殿の「墨」とは違う、茶色い泥の色に染まっておりました。

「な、なはは! また一人、見事に泥のプールへ!」

上野介が大喜びで手を叩きます。

2.小タイトル:泥の中で、源五の俳諧脳が回転する

泥のプールの中で、源五殿はしばし呆然としておりましたが、ふと、先ほどの「作法クイズ」の問題が、頭の中で反響し始めました。

(……一寸三分、二寸五分、三寸八分……。待てよ、この数字、よく見ると……)

源五殿は、泥の中で、ふと指で数字を書き始めました。

(一寸三分は「1.3」、二寸五分は「2.5」、三寸八分は「3.8」……差を取ると、1.2と1.3……いや、これは単なる数字遊びか……? いや、待て、俳諧で言うならば「五七五」――五文字、七文字、五文字……)

「むむむ……」

源五殿が泥の中で何やらブツブツと唸っているのを見て、上野介が声をかけました。

「源五殿、どうかされたかな? 泥の心地はいかがじゃ、なはは」

「……いえ、何でもございませぬ。少々、考え事をしておりました」

源五殿は、泥だらけの顔のまま、静かに答えました。実は、源五殿が考えていたのは――「この作法クイズの答え、本当に二寸五分で間違いだったのだろうか」という、一つの疑念でございました。

3.小タイトル:第三問、追い打ちの出題

泥のプールから這い上がろうとする源五殿に、一学が、さらに問題書を差し出しました。

「源五殿、このプールから這い上がるには、もう一つ、問いに正しくお答えいただく必要がございます」

「……まだ、続くのでございますか」

「左様。これが最後の問いにございます。『勅使饗応の際、上座に座す勅使へ最初に差し出す茶菓子として正しいものは、次のうちどれか。一、羊羹。二、饗応餅。三、葛饅頭』」

源五殿は、泥水に浸かったまま、再び思考を巡らせました。

(……羊羹は、確か五月の話で、柳沢家のルートから流通していた品……。饗応餅は、いかにも「饗応」という名がついており、いかにも正解らしい……。葛饅頭は、夏の涼を意識した品……)

「……お答えは、二、『饗応餅』にございます」

源五殿は、いかにも正解らしい選択肢を選びました。

「……」

一学が、答えを記した紙をじっと見つめ、やがて、ゆっくりと首を振りました。

「……不正解にございます。正解は、三、『葛饅頭』。夏場の勅使饗応では、涼を意識した葛饅頭をお出しするのが、高家の作法にございます」

「な、なんと……!」

4.小タイトル:二問連続不正解、しかし罰則は「もう一段の泥」

「不正解の場合の罰則は、もう一段、泥のプールが深くなる仕組みにございます」

ゴゴゴゴ……。

プールの底が、さらに下に開き、源五殿の体は、さらに深い泥水へと、首までずぶずぶと沈み込んでいきました。

「ぶはっ……! こ、これは、首まで……!」

「なはは! 二問連続の不正解とは、源五殿、存外に作法に弱いのではないかな!」

上野介が腹を抱えて笑う一方、宿直部屋の盲之助殿が、再び興奮した様子で叫びました。

「ハッ!! 『饗応餅』と答えて『葛饅頭』が正解……これは、餅と饅頭、似て非なるものを取り違えさせる、綱一坊一派の『偽装菓子トラップ』に違いないッ!」

盲之助殿はすりこぎ筆を握り、近くの植木に「餅≠饅頭=偽装の証!」と巨大な豪文字をバリバリと書き殴り始めました。

5.小タイトル:源五、泥の中での悟りと、最後の一問

首まで泥に浸かりながら、源五殿は、ふと冷静さを取り戻しました。

(……このクイズ、よく考えれば、すべて「いかにも正解らしい選択肢」が不正解で、「意外な選択肢」が正解になっておる……。第一問は、「あけおめ」というふざけた選択肢を除いた二択で、私は「恭賀新年」を選んで正解した……。だが、第二問・第三問は、いかにも正解らしい方を選んで、外れてしまった……)

源五殿は、泥の中で、静かに微笑みました。

「……一学殿、まだ問いは残っておりましょうか」

「は、はい。これが本当に最後の一問にございます。『高家筆頭の屋敷において、最も大切にされている調度品として正しいものは、次のうちどれか。一、千利休の茶碗。二、神君家康公拝領の薬壺。三、赤穂の塩細工』」

源五殿は、しばし目を閉じ、ゆっくりと口を開きました。

「……これまでの傾向から考えますと、いかにも『正解らしく聞こえる』選択肢こそが、不正解。一は二章にて、内匠頭殿が見事に銘を言い切った名品ゆえ、いかにも『正解らしい』。二は神君拝領という響きから、いかにも『大切な品らしい』。……ならば、お答えは三、『赤穂の塩細工』にございます」

「……」

一学が、ゆっくりと答えを確認し、そして、静かに頷きました。

「……正解にございます」

6.小タイトル:泥から這い上がる源五、上野介の複雑な表情

「な、なんとッ!?」

上野介が、思わず声を上げました。源五殿が選んだ「赤穂の塩細工」――それは、上野介が今、まさに大切に抱えている、あの「塩細工」のことでございます。実は、この最終問題の「正解」自体が、上野介自身の「執着」を反映した、誰も予想しなかった結果だったのでございます。

「……ぐぬぬ……まさか、この塩細工が、答えになるとは……」

泥のプールが、ゆっくりと元の高さに戻り、源五殿は泥だらけのまま、ゆっくりと這い上がってまいりました。

「ふっ……どうやら、最後の一問だけは、正解できたようでございますな」

源五殿は、泥だらけの顔のまま、静かに一礼いたしました。安兵衛殿の「墨」、片岡殿の「腰砕け」とは違う、「二問は外したが、最後だけは見事に正解した」という、なんとも中途半端な――しかし、確かな「一矢」を、源五殿は静かに刻んだのでございました。

「殿……源五殿、最後の問いだけは、正解にございましたな」

一学が、少し複雑な表情で報告いたします。

「う、うむ……まあ、二問外したのだから、よいではないか! 全体としては、我が『作法クイズの門』の威力、十分に示せたわい、なはは!」

上野介は、無理やり笑い声を上げましたが、その目は、自分が抱える「塩細工」を、どこか落ち着かない様子で見つめておりました。

竪川を渡る夏の夕風が、泥だらけの源五殿の背中を、そっと吹き抜けていくのでございました。

【今宵の一句】

泥の中 答えは塩と 気づく宵

【あっちゅ寝太郎エッセイ】

(源五殿、二問連続で「いかにも正解らしい」選択肢を選んで外してしまい、首まで泥に浸かる羽目になったねぇ。しかし最後の一問で、これまでの傾向から見事に「赤穂の塩細工」を選び当てたのは、俳諧の心得というより、もはや謎解きの達人の域だよ。しかもその答えが、上野介殿自身が今まさに抱えている、あの偽物の塩細工そのものだったというのが、実に皮肉だねぇ。盲之助殿は「偽装菓子トラップ」とまた的外れに叫んでいたが、源五殿の泥だらけの一礼には、二勝二敗ながらも、確かな意地が見えたよ。さあ、七月の風雲吉良城、三人の家臣が次々と挑んできたが、まだ一つトラップが残っているよ。お次の第5話――いや、八章では、いよいよ上杉からの助っ人、色部又四郎殿が登場するよ)

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