4話 : 『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』
【第六章 4話 一応完】(六月・水無月)
タイトル:コンサル料の逆流と、吉良の財布が消える
1.小タイトル:勅使饗応当日、卯の刻の本丸御殿
六月最後の早朝、まだ夜の闇が薄く残る卯の刻(午前六時)、江戸城本丸御殿には、勅使饗応のための提灯がずらりと並び、上級旗本たちが慌てず騒がず、しかし緊張した様子で整列しておりました。
そこへ、浅野内匠頭と亀井茲親が、それぞれ正しい礎装(烏帽子は左に二寸、帯は萌葱色)に身を包み、定刻通りに堂々と登城してまいりました。
「これは浅野殿、亀井殿。本日はよろしくお願いいたします」
本丸の上級旗本たちが恭しく頭を下げる中、当の吉良上野介は、まだ自分の仕掛けた「嘘の卯の刻トラップ」が不戦敗で終わったことに気づかぬまま、自らも卯の刻に登城し、ホクホク顔で内匠頭たちの姿を遠目に眺めておりました。
「ふふふ、見たか小人。あやつら、ワシの教えた通りの装束で、ワシの教えた通りの刻限に来おったわい。これで何の問題も起こらぬ……いや、待て、何の問題も起こらぬということは……?」
「……上野介様、それは、つまり……」
小県小人の佑が言葉を濁すと、上野介はしばし考え込み、やがて顔を真っ赤にしてフンと鼻を鳴らしました。
「ええい、まあよい! 何事もなく終わるならそれもよし! ワシの教えのおかげで、浅野たちは恥をかかずに済んだのだからな、なはは!」
完全に論点をすり替えた上野介は、勅使饗応の大役を、表向きは何の波風もなく乗り切ったのでございました。
2.小タイトル:コンサル料の請求書と、小県のソロバン
勅使饗応が滞りなく終わった数日後、吉良邸の奥座敷では、小県小人の佑が、待ちに待った「コンサル料」の請求書を、ソロバンを片手に作成しておりました。
「上野介様、こちら、浅野様と亀井様への『行儀見習いコンサル料』の請求書にございます。通常の三倍、合わせて金三百両にございます」
「ふふふ、三百両とは、なかなかの稼ぎではないか! これで五月の修繕費の穴も埋まろうて、なはは!」
数日後、浅野家と亀井家からは、何の文句もなく、金三百両がそのまま吉良邸へと届けられました。さらに、丁寧な礎が添えられており、
「吉良様のご指導のおかげで、勅使饗応を無事に終えることができました。これは御礼の品にございます」
として、立派な漆塗りの箱に入った進物まで一緒に届けられたのでございます。
「なはは! 三百両に加えて、進物まで持ってくるとは、見上げた心がけじゃ! さすがワシのコンサルは効果絶大じゃて!」
上野介は大喜びで、進物の箱を開けてみました。中には、見覚えのある上質な絹織物が、丁寧に折られて入っておりました。
「おお、これはなかなか良い品じゃ。我がコレクションに加えてやるか」
3.小タイトル:小県の違和感と、消えた財宝の影
その夜、小県小人の佑は、届いた金三百両を金庫に納めながら、ふと違和感を覚えました。
「……あれ? この三百両、よく見ると、刻印が……うちの蔵から出て行った小判と、同じ刻印が……? いや、まさか……」
小県小人の佑が金庫の奥を確認しようとした、ちょうどその時、宿直部屋から豪文字盲之助殿の声が響いてまいりました。
「むむむ! 小県殿、小県殿! こちらへ来られよ!」
「は、はい、何事にございますか」
盲之助殿は、虫眼鏡で何かを覗き込みながら、興奮した様子で言いました。
「この届いた三百両の小判……刻印をよくよく見ると、我が吉良家の蔵にあったものと『同じ』ではないか! ハッ!! これは綱一坊一派が、我が吉良家の金そのものを操り、まるで『我が家の金が我が家に戻ってきたかのように見せかける』という、究極の経済ハッキングだァァァ!」
盲之助殿はすりこぎ筆を握り、障子に「我が家の金、我が家に戻る=経済の輪廻!」と巨大な豪文字をバリバリと書き殴り始めました。
4.小タイトル:盲之助の的外れな一矢・その四、小県の冷や汗
小県小人の佑は、この盲之助殿の言葉を聞いて、ギクリと肩を震わせました。
(……『我が家の金が我が家に戻ってきた』……? ま、まさか、本当にそうなのでは……。五月の泥水騒ぎの前後から、蔵の中身がどうも怪しいと思っていたが……これはもしや……)
小県小人の佑は、冷や汗をかきながら、もう少し詳しく調べてみようと、蔵の奥へ向かおうといたしましたが、ちょうどそこへ上野介が、ご機嫌な様子で現れました。
「なはは! 小人、小人、何をしておる。それより、この届いた絹織物、見事なものじゃろう? さっそく別室に飾っておくのじゃ!」
「は、ハッ……。承知いたしました……」
小県小人の佑は、主の機嫌の良さに気を取られ、「我が家の金が戻ってきた」という盲之助殿の的外れながらも核心を突いた一言を、深く追及することができませんでした。
「……ニンニン。危なかったでござる」
天井裏で息を潜めていたハットリ君が、小さく呟きました。実は、この三百両も絹織物も、五月の「逆流おべっか劇」で吉良家から強奪された財宝の一部を、再び「コンサル料」「御礼の品」という名目で、吉良邸へと戻していたのでございます。吉良家の財宝は、形を変えながら、何度も浅野側と吉良邸の間を往復しているのでございました。
5.小タイトル:六月の総決算、上野介の次なる狂気
こうして六月(水無月)は、表向きは何の問題もなく過ぎ去りました。勅使饗応は無事に終わり、コンサル料三百両と進物は無事に吉良邸の蔵へ収まり、吉良上野介の威光は、誰の目にも揺るがぬものに見えておりました。
しかし、上野介の心の中には、依然として大きな不満が渦巻いておりました。
「……ええい、せっかくコンサルで恥をかかせようとしたのに、結局あやつらは何の恥もかかずに終わってしまったわい! ワシのプライドは、まだ全く満たされておらぬ!」
縁側に座り、扇子をパタパタと動かしながら、上野介は竪川の向こうの夏空を睨みつけました。
「言葉や作法でいじめても、あやつらには通じぬ……。ならば、もっと直接的な、物理的なインフラでもって、あやつらを徹底的に圧殺してくれるわい!」
その傍らで、神君拝領のユンビタA丸と高麗人参で気力に満ち溢れた清水一学が、力強く頷きました。
「殿、その意気にございます! この一学、いかなる物理インフラの構築でも、不眠不休で務めてご覧に入れまする!」
「うむ、一学! お主のその気力、見事じゃ! ならば、庭の改造じゃ! 浅野たちを招いて、夏の『行儀見習い・からくり大会』を開催するぞ、なはは!」
「は、はい!」
宿直部屋の奥では、盲之助殿が「次なる綱一坊の決戦は、庭から始まるのだァァァ!」と、またしても豪文字を書き殴り始めておりました。
竪川を渡る夏の夜風が、本所松坂町の吉良邸を吹き抜け、物語はいよいよ、七月の「風雲吉良城・からくり大決戦」へと、ソソソと向かっていくのでございました。
【今宵の一句】
戻る金 刻印同じと 知らぬ顔
【あっちゅ寝太郎エッセイ】
(吉良殿、勅使饗応は無事に終わり、コンサル料三百両と進物まで手に入れて、すっかりご満悦のようだねぇ。だが小県殿が気づいた通り、その三百両の刻印、五月にお前の蔵から消えた小判と同じものだよ。幕府出向の盲之助殿が「我が家の金が我が家に戻ってきた=経済の輪廻」と的外れに、しかし核心を突いて叫んだ瞬間、小県殿は本当に危ないところだったねぇ。お前の財宝は、形を変えながら、お前の屋敷と浅野殿の間を何度も往復しているというのに、お前はそれにまったく気づかず「コンサルは効果絶大」とご満悦のままだよ。さあ、六月のいじめはすべて不発に終わり、お前の怒りはいよいよ「物理インフラ」へと向かうよ。お次の第七章は、風雲吉良城・からくり大決戦の幕開けだ。庭の改造、楽しみにしているよ) 第七章 1話につづく




