第六章 1話: 『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』
【第六章 1話】(六月・水無月)
タイトル:強制コンサル契約と、内匠頭のロジカル受託
1.小タイトル:梅雨明けの本所松坂町と、ギラつく高家の威光
六月(水無月)に入り、五月の長雨はようやく止み、江戸の空には久々の青空が広がっておりました。本所松坂町を流れる竪川の水面は、まだ少し濁りを残しながらも、夏の強い日差しを反射してギラギラと輝いている。
吉良邸の庭では、先月の泥水騒ぎの修繕がようやく一段落し、植え込みの緑も濃さを増して、表向きは何事もなかったかのような涼しげな佇まいを取り戻しておりました。
しかし、その庭を眺める吉良上野介の心中は、まったく涼しくございませんでした。
「……ええい、未だに犯人の尻尾も掴めぬとは。だが、もうよい。誰の仕業かなど、もはや知ったことかッ!」
上野介は縁側に座り、扇子をパタパタと苛立たしげに動かしながら、江戸城のある西の空をギロリと睨みつけておりました。来たる七月には朝廷からの勅使を迎える「勅使饗応」の大役が控えており、高家筆頭としての威光を見せつける最大の機会。それなのに、五月の泥水騒ぎ以来、屋敷中がどこか落ち着かない。
「小人、小人! あれを持て、あれじゃ!」
「ハッ、こちらに……」
呼ばれた小県小人の佑が、恭しく一通の書状を差し出しました。それは、浅野内匠頭と亀井茲親宛ての「行儀見習いコンサルティング契約書」――勅使饗応に向けた礼法指導という名目で、実態は嫌がらせそのものでございます。
2.小タイトル:竪川を渡る使者と、江戸城下の蒸し暑い夏
その日の午後、吉良家の使者が竪川沿いの道を歩き、浅野家の江戸屋敷へと向かっておりました。本所から鉄砲洲にかけては、夏の蒸し暑さの中、行商人の声や荷車の音が賑やかに響き渡っております。
「いやぁ、今年の梅雨明けは早うございましたなぁ」「そうそう、お隣の亀井様の新築工事も、ようやく落ち着いたようで」――道行く人々の何気ない世間話の中には、ソソソの班長の姿もちらほら見え隠れしておりました。
使者が浅野邸に到着し、奥の間へ通されると、そこには涼しい顔の浅野内匠頭と、亀井家の家老・多胡外記殿が、すでに茶を飲みながら待っておりました。
「これは吉良様より、勅使饗応に向けたコンサルティング契約のお申し出にございます」
使者が恭しく書状を差し出すと、内匠頭はそれをサラリと受け取り、目を通しました。
3.小タイトル:江戸城・松の間にて、強制コンサル契約の宣告
数日後、江戸城内の一室「松の間」にて、吉良上野介は浅野内匠頭、亀井茲親の両名を呼び出しました。庭に面した障子は開け放たれ、夏の強い日差しが畳に長い影を落としております。
その傍らには、まだユンビタA丸の残響でどこか目が怪しく光っている清水一学と、ソロバンを片手に控える小県小人の佑が並んでおりました。
「なははは! 内匠頭殿、そして亀井殿! 聞けばお主たち、今度の勅使饗応、何一つ作法を知らぬそうではないか。今のままでは、朝廷のVIPを前にして100%大爆死、お家断絶の間違いなしでございますぞ!」
上野介は、お気に入りの「赤穂の塩細工」をこれみよがしに机にドンと置き、横文字混じりの高圧的な態度でマウントを仕掛けます。
「そこでじゃ! 高雅のカリスマたるこのワシが、直々にお主たちの『行儀見習い最高顧問』になって進ぜよう。もちろん、コンサル料は通常の三倍、吉良家のバジェット修繕費として、今すぐこの場で契約してもらうぞ、なはは!」
吉良上野介が突きつけたのは、わざと間違った作法を教え込み、勅使の前で大恥をかかせるための、理不尽極まりない「いじめ強制契約」でございました。
普通の武士ならば、このあからさまで無礼なマウントいじめに色をなして怒るところですが――。
呼び出された浅野内匠頭殿は、少しも動じることなく、いつもの涼しい、冷徹なシステムエンジニアのような顔で、吉良のコンサル指示書を見つめました。
「なるほど。吉良上野介殿。その理不尽なマナープロトコル、100%ロジカルにインプットいたしました。我が浅野家、そのコンサルティング、謹んで受託いたします」
「……ぬ? な、なんじゃ、そのスカした態度は……!?」
怒るどころか、精密機械のように淡々と契約を受け入れた内匠頭の態度に、上野介は一瞬、システムエラーを起こしたように口をパクパクさせました。
隣に座る亀井茲親殿も、多胡外記殿に目配せをしながら、静かに頭を下げます。
「吉良様のご指導、まことにありがたく存じます。亀井家としても、謹んで受託いたしましょう」
4.小タイトル:盲之助の的外れな一矢と、安兵衛の冷や汗
その夜、吉良邸の宿直部屋では、豪文字盲之助殿が、契約書の控えを虫眼鏡で覗き込んでおりました。
「むむむ……この契約書の文言……『三倍』『バジェット』『プロトコル』……ハッ!! これは、綱一坊一派が浅野家の財布を乗っ取るための、経済侵略の暗号契約書だァァァ!」
盲之助殿はすりこぎ筆を握り、障子に向かって「契約=侵略! 浅野の財布、危うしッ!」と巨大な豪文字をバリバリと書き殴り始めました。
実はこの時、吉良邸の床下に潜んでハットリ君と連携していた堀部安兵衛殿が、たまたまこの豪文字の音と内容を耳にしてしまい、一瞬、ギクリと肩を震わせました。
(……『浅野の財布、危うし』……? ま、まさか、こちらの裏ハッキングによる柳沢家の資金移動が、もう見抜かれているのでは……!?)
安兵衛殿は冷や汗をかきながら、しばし息を潜めて様子を窺いましたが、続く盲之助殿の言葉を聞いて、すぐに肩の力を抜きました。
「……間違いない! この契約書には『コンサル』という見たことのない文字が三度も使われておる! これは綱一坊が将軍家の御落胤を名乗るための、新たな暗号文字に違いないッ!」
「……ニンニン。なんと、的が外れておった。危なかったでござる」
安兵衛殿は安堵の息をつき、ソソソと床下から引き上げていきました。盲之助殿の的外れな考察が、たまたま核心を一瞬かすめたことなど、誰も知る由はございません。
5.小タイトル:契約成立の夜、それぞれの胸算用
こうして、吉良上野介による「行儀見習いコンサル契約」は、内匠頭と亀井殿の冷静な「受託」によって、あっけなく成立してしまいました。
吉良邸の奥の間では、上野介が満足げに塩細工を撫でながら、
「ふふふ、見たか小人。あの二人、ワシのコンサルにビビって即答で頭を下げてきたわい。これでじっくりと恥をかかせてやれるぞ」
と高笑いし、小県小人の佑は「左様にございます……」とソロバンを叩きながら、コンサル料三倍の計算結果に内心で青ざめておりました。
一方、浅野邸では、内匠頭が静かに茶を飲みながら、安兵衛殿からの報告を受けておりました。
「……盲之助殿の的外れな考察、危ないところでございました」
「うむ。だが、それも一興。吉良殿のコンサルとやら、まずは大人しく受けてみるとしよう。どうせ、教える内容が嘘ばかりであろうからな」
内匠頭の口元には、かすかな笑みが浮かんでおりました。竪川の向こうに広がる江戸の夕景を眺めながら、浅野家の「ステルス逆ハッキング・プロトコル」が、ソソソと静かに起動を始めるのでございました。
【今宵の一句】
コンサルと 言われて受ける 夏の宴
【あっちゅ寝太郎エッセイ】
(吉良殿、浅野殿と亀井殿に強制コンサル契約を突きつけたつもりが、二人とも涼しい顔で「謹んで受託」と返してきて、お前のほうがパクパクしてしまったねぇ。盲之助殿の豪文字考察が「コンサル=侵略の暗号」と的外れに叫んだ瞬間、安兵衛殿が一瞬ギクリとしたのは、実に愉快な一幕だったよ。的外れなはずの一矢が、たまたま核心をかすめる――これもまた、この屋敷の不思議な縁というものかねぇ。さあ、コンサル契約は成立したが、お前が教えるその「作法」、本当に正しいものなのかい? お次の第2話は、偽のドレスコードを巡る攻防が始まるよ)




