4話: 『吉良殿、絶対切腹しないで仕返ししてやる!』
【第三章 4話】(小タイトル:浅野家のシン・使者選別会議と吉良邸の警戒)
1.お決まりの爆走と、安兵衛たちの限界突破ダッシュ
夜も更けて、江戸の街がすっかり寝静まった丑三つ時。本所松坂町の吉良邸周辺には、しんしんと冷え込む夜気が立ち込め、ただ物見櫓の提灯がぽつりと闇を照らすばかりでございました。一学は相変わらず寝不足の目を血走らせ、門前の暗がりに目を凝らして「今宵もまた、あの無音馬が来るのではないか……」と、身構えていたのでございます。
しかし、その静寂の向こうから突進してきたのは、馬の蹄の音ではございませんでした。
深夜、吉良邸の門前を時速百キロの猛スピードで何かが駆け抜け、「また、お届け物でぇ〜す。」の残響と共にクシャクシャの正式書状(暗号)が投げ込まれた。
物見櫓の上で一学は「出たな、闇の組織!」と叫んだが、そのダンボの耳に届いたのは蹄の音ではなく、激しい「人間のハァハァという息切れ」であった。
今宵のポスティングは、胸に「郵便赤マーク」のゼッケンを貼り付けたハットリ君軍団、そして浅野家一の熱血漢・堀部安兵衛。ハッキング技術の特訓によって「疾風の駆け足」を身につけ、白目を剥きながら必死の形相で夜の江戸を猛ダッシュしていたのである。
読者側にはそのマヌケな舞台裏が丸見えであったが、一学にはただの「音速の突風」にしか見えない。
「ば、バカな! 人の形をした何かが音速で駆け抜けていったぞ! 誰も追えねえぇぇ!」
一学が門前でまたしてもノイローゼを発症している頃、浅野家の江戸屋敷では、真の頭脳戦(ドタバタ会議)が幕を開けていた。
2.江戸屋敷の最高責任者たちの大論争
ハットリ君が小栗金満路を脅し、柳沢の隠し蔵からバレずにたっぷり横流しさせた莫大な裏金。その小判の山を前にして、浅野家江戸屋敷の最高責任者である江戸家老・安井彦右衛門は、ソロバンを抱えてガタガタと震えていた。
「と、殿! 柳沢吉保様といえば将軍の超側近で大老格。吉良上野介殿とは家格も序列もまったく違います。これほどの大金を届ける使者など、一体誰に任せればよいのですか! 失敗すればお家の一大事にございますぞ!」
すかさず側近の片岡源五右衛門が「ならば拙者が!」と拳を握って立候補したが、吉良や柳沢への怒りで目が血走っており、おべっかを使おうとしても「……これ、賄賂でございます」と殺気が出すぎて即座に却下された。生真面目な幹部たちでは、顔が引きつって罠だとバレてしまうのである。
一同が頭を抱える中、内匠頭がニヤリと笑って言い放った。
「何を言うか。家格の違う柳沢殿へ初めての公式おべっかだ。ここは、あっし(浅野内匠頭)みずからが直々に小判の山を持って突撃するのが、一番効果的に決まっているじゃん」
主君みずからの「おべっか特攻宣言」に、安井彦右衛門たちは「殿自ら賄賂を配りに行くなど、前代未聞にございます!」と大ドタバタになった。
3.お掃除班長・尾三次、自慢のデータ全漏れ
この内匠頭がみずから柳沢邸へ向かうという極秘情報は、例によって、絶対に寝返らない誇り高きお掃除班長・尾三次の耳へと届いていた。
尾三次は「ふっ、浅野の奴ら、我が主君(柳沢様)の権力に恐れをなして、ついに浅野内匠頭本人が直々に貢ぎ物を持って平伏しに来るぞ! お掃除班長であるこのオレ様が、当日の柳沢邸の最高の出入りルートを教えてやろう!」と、頼まれてもいないのに大自慢。
ハットリ君軍団(実は浅野家臣)を前にドヤ顔でお掃除の手を止め、内匠頭が一番スマートに飛び込める「手薄な時間帯と裏ルート」のデータを完璧に全漏らししてしまったのである。
4.吉良邸の有名部下たちの合議
一方その頃、吉良邸の奥の間では、一学のノイローゼを見かねて、切れ者の小林平八や左右田孫兵衛といった有名な家臣たちが緊急合議を開いていた。
「一学の言う通り、浅野の動きは不気味すぎる。風の噂では、浅野内匠頭がみずから柳沢様へ急接近しているらしいが、これは絶対に裏があるぞ」
「うむ、門前のワイヤー罠だけでは足りん。吉良邸全体の防衛ハッキング警戒を高めるのだ」
小林平八たちが目を光らせ、吉良邸の防衛網をさらに強固に引き締めようとしていた。しかし、彼らがどれだけ警戒を強めようとも、浅野側の真のターゲットは吉良ではなく、その背後にいる黒幕・柳沢吉保その人であった。内匠頭みずからが仕掛ける、前代未聞の「おべっか特攻」の足音が、静かに近づいていたのである。
(第5話へ続く)
【今宵の一句】
江戸家老 ソロバン抱いて 震える夜
【あっちゅ寝太郎エッセイ】
(小林平八殿、左右田殿、さすが吉良邸の誇る高名な部下たちだねぇ。浅野のハッキングを察知して屋敷の警戒を高めるあたりは実に見事だよ。けれど残念だったねぇ、内匠頭が直々に札束ビンタを食らわせに行くのは、お前たちの主君ではなく、黒幕の柳沢殿だよ。しかもお掃除班長の尾三次が、裏ルートを大自慢で全部漏らして待っているよ)




