オルキ国の裁判
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「離せ! 俺を誰だと思ってやがる!」
「君に命令権はない。君が誰とも思っていない」
「ジョエルの全軍を敵に回した事、絶対に後悔させてやるから!」
「僕達は後悔なんて出来ないよ」
ほどなくして逃走したスパイは捕まって、不運にもオルキ国側に引き渡された。
オルキからの書簡を受け取り、アイザスからも密偵の存在を知らされた結果、レノンの国防省はスパイ2名を見て見ぬ振りした。つまり、2人をそのまま出国させたのだ。
国内で拘束することなく、レノンの国内法で裁く事もせず、オルキ国への出国を許可した。勿論そこに当事者の出国したい意思や同意があったかどうかは関係ない。許可しただけだ。
仮にスパイ2人にとってレノン単体が相手なら勝ち目はあった。
陸続きの隣国であり攻めやすく、戦力は連合軍の方が上だ。人質交換や武力での過剰な報復も出来ただろう。いや、仮に連合軍が報復をせず見捨てたとしても、いっそレノンの法律で裁かれた方が幸運だったかもしれない。
オルキ国の刑罰は重くて極端で、まるで無慈悲なのだから。
おまけに連合軍は未だオルキ国との戦いで勝った事がない。だからこうやってじわじわと内側から崩壊を招こうと工作していたというのに、それすら見抜かれてしまった。
だいたい、厄介な火種をオルキ国が引き受けてくれるとなれば、レノンにとってもこの上ない話だ。
捕虜を返せだのなんだのと言われずに済む上、レノンの責任でもなくなる。
入出国の管理官は当然2人の偽造旅券を把握していたが、それも気付かなかった事にして合法的な出国を許した。
「最初から全軍が敵じゃねえっすか? あー、あとうちの王様は魔獣なんで、人間相手と同じように考えてたらマジ後悔するのそっちっすよ」
国際法は「人間」に適用される。スパイを捕まえたのは人形だから、エース、ビースには何もお咎めはない。アドバンはただ手紙を持って現れ、居合わせた人形と一緒に被疑者逮捕に協力しただけ。
人形の持ち主はオルキだが、オルキもまた魔獣であり人間の法の範囲外。
何を言おうが間もなくオルキ国に到着する船の中では後の祭りだ。
「よーっしゃ! このなだらかなんだか不格好なんだかよく分かんねえ島の姿が見えると落ち着くわー、それに人間が多すぎる場所はやっぱ面倒くさいっすね」
「おーう、おかえり! 無事だったか」
「おかえりアドバン! 上手くいったみたいね」
「うっす、まあ、余裕っすね」
珍しく雲一つないオルキ諸島に定期船が到着した。ソフィアがハグで出迎え、アドバンは澄ました顔で親指を立てる。
その心の中は大はしゃぎなのだが、年頃の青年はクールさを醸し出したいもの。その時期を良く知っている年上の者達は、そのプライドを守ってやるため素直に褒め称える。
「エース、ビース、おかえりなさい。有難う」
「うん」
「うん」
一方、エースとビースも澄ました顔だが、こちら2体は本当に何とも思っていない。やれと言われた事をただ遂行しただけ。傀儡人形として当然の事をしただけだ。
その認識を良く知っている者達は、その存在意義を守ってやるため、これまた大げさな程に褒め称えた。
「人間はいつも人形に対して喜び深い」
「あっ、イングス」
「そうだよ」
そこにイングスが現れた。偶然通りかかったのではない。
展示可能な個体が入荷すると知っていて受け取りに来たのだ。
「これ、オルキ国立動物園で飼育する個体だね」
「まだ刑は確定していないし裁判もしていないから、展示しちゃだめっすよ」
「まだ人間?」
「そう」
「分かった」
定期船の中では時に大声で騒ぎ、時には丸1日沈黙を続けていたスパイ2名は、乗客の中ですっかり有名になっていた。仮にこれで無罪になったとしても、もうスパイとして活動するのは無理だろうというくらい顔も声も認知されてしまった。
もう国は戻れない。戻った所で居場所はない。これから待っているのは、予想通りであれば辛く苦しい捕らわれの人生。
オルキ国での犯罪者の扱いは予想を軽く超える……などという現実はまだ知らないのだから仕方がない。
数日の航海で綺麗さっぱり体力を落とし、アドバンから「航海させてやったぞ」と皮肉めいた言葉を投げかけられ、唇の端が切れる程悔しがったのは1時間前の事。
「とりあえず動物園の牢屋に連れて行ってくれ」
「はーい」
イングスはスパイ2人の手足を縛った後、口にタオルを噛ませて頭の後ろで結ぶ。そのまま両肩に担ぐと、エースとビースを引き連れて動物園へと行ってしまった。
「相変わらずエグいよな、俺はあそこまで情を消して扱えねえっす」
「まあ、使命を淡々とこなしているだけだもんね」
「おーい! ソフィア、アドバン! 動物園でそのまま公開聴取するってよ」
ケヴィンがオルキを肩に乗せてやって来た。
「ハァ、今日は珍しく諸島が完全たる晴天に恵まれているというのに厄介事に付き合わされるとは」
「今日は昼寝と散歩しかしてねえじゃん」
「もう法律だ国際だ神に祈れだと聞き飽きた。アドバン、ご苦労であった」
「うっす」
定期船から降りてくる観光客もいる中、ケヴィンの肩に乗っているのが王様だと気付いているのは何人だろうか。首都と港を結ぶ連絡バスの運行も始まった事で、観光客はバスに乗り込んでいく。
行先はオルキ達と正反対だが、動物園でこれから何が始まるのか……国外の者なら知らない方が幸せだろう。
港から少し歩き、坂を上って見晴らしの良い高台まで来ると、素朴な造りの入場ゲートがあり、黒い壁に芝屋根の小さなチケット売り場。と言っても料金は箱に入れるので券売人はいない。
「人形達、被告人が逃げぬよう見張っておれ。逃げたら捕えて連れ戻せ」
「はーい」
「イングス、2人を連れて来い」
「はーい」
イングスが2人を連れて来る。まだ人間として扱っているからか、手錠を掛けられただけで何もされていない様子。
「裁判を行う」
「は?」
「裁判を行うと言った。座れ」
スパイは突然裁判の開始を告げられて訳も分からないまま、十数人の傍聴人の前で無理矢理腰を下ろさせられる。
イングス達に逆らえば、体の骨があらぬ方向へ曲がってでも座った姿勢を取らされると理解しているからか、スパイは不服そうながら従った。
先週捕まったもう1人のスパイがどんな扱いを受けているか、既に見てしまったからかもしれない。
スパイの前に、初老の人がよさそうな男が名刺を差し出した。
「私が弁護士のライザス・ウルシャスです。弁護士は島にまだ私1人しかおらんのですわ。私も先週やっと市民権を取ったもんでね、まあちゃんと法的権利はある分だけ主張しますから」
長らく弁護士がいなかったオルキ国も、やっと弁護士が移住審査に合格した。ライザスにとって初の仕事は国家級犯罪の弁護人。ただ、その表情はなんともなさそうに朗らかだ。
「では、裁判を始める。アドバン、こやつらが行った事を証拠付きで述べよ」
「え、俺? あー、えっとっすね」
アドバンは突然の事に動揺しながらも、レノンの国防省からの書簡と、入出国管理施設の監視カメラの記録を広げた。
「ビゼー・ホリスン 32歳、女、ジョエル連邦国籍。間違いないな」
「……調べたなら分かるでしょ。そうよ」
「アムガ・ジョルダン 47歳、男、ジョエル連邦国籍。間違いないな」
「……ああ」
「レノン共和国出入国管理法第16条、国家機密防衛法第26条、31条、並びにオルキ国出入国管理法第16条、国家治安維持法第9条、14条、戦争犯罪法第15条1項に該当する罪により、貴様らは起訴されている。反論があれば今のうちに述べよ」
アリヤに条文を渡され、オルキがそれを読み上げていく。スパイ2人は案外きちんと裁判が行われるものだと内心驚きながら、弁護士のライザスに視線を向けた。
「私に視線を向けても仕方ないでしょ、私は超能力者じゃないんだから……言いたい事があるならハッキリお言いなさい。私はそれが法的に正当な主張であれば援護いたしますから」
ライザスは被告人の味方ではない。あくまでも2人が持っている権利を守るだけだ。
法律に則った裁判を受ける事が出来ているか、それを監視しているに過ぎない。
この場で無罪になるのは無理だと理解し、スパイ2人は頷き合ってから口を開いた。
「オルキ国のスパイをしていたのは事実です。申し開きの余地もなく事実です。ですが、これからは心を入れ替え、オルキ国のために活動しようと考……」
「ああ、それは要らぬ」
「えっ」
オルキ側に付く、そう言えばオルキ国所属のスパイとして生きるチャンスがあるのではないか。そう考えたのだが、オルキはあっさりと断ってしまった。
「吾輩はな、加害者が心を入れ替えようが悔いようが、どうでも良いのだ。被害を受けた側が納得できる結果にしか興味がない」




