人の上に立つ者の責任
大国の重要任務を担うスパイなら、このような修羅場を想定してもいたはずだ。拷問を受けようが秘密を語る事はないし、ましてやこの程度で降参して素直に罪を償うとは思えない。
「国家転覆を謀った時点で死刑もあり得るが、その他の罪まで重なったならどうであろうな」
「裁判長」
その時、弁護士のライザスがすっと手を上げた。
「被告人らがオルキ国の崩壊を狙っていた事は、本人の自白や身分詐称からも覆すのは難しいと理解しています」
「その理解で正しい」
「ですが、教唆を受けて断る事が出来ない事情などあった場合、多少は情状酌量の余地があるかと思います」
「ふむ。確かに、何の罪もない者が家族や恋人を人質に取られ、従わなければ殺すと脅される事もあろう」
「ええ、その通りです。その場合、この者達に悪事を働かないという選択肢は残されていないのです」
「まあ、そういう場合もあるだろうな」
スパイ2人はライザスの弁護が意外だったのか、やや驚いたようにライザスを見つめていた。
形式上弁護士を置いただけと思うのも当然の状況だが、オルキの態度も2人にとって予想外だった。ライザスの主張をあっさりと受け入れ相槌まで打っている。
スパイ2人は問いかけに対し真剣な眼差しのまま語り始めた。ビゼーは涙を流しながら、アムガは深刻そうに俯いて。
それが演技なのか本物なのか、判断はつかない。
「わ、私の家族は、故郷で公務員をしていて……全てを把握されています。私が拒否をすればどんな目に遭うか」
「どのような目に遭うのか、明確に告げられたのか」
「どのような……他の同じ境遇の者の場合、濡れ衣で逮捕され、国家反逆罪の身内を匿ったとして」
「明確に告げられたのかと聞いておるのだが、吾輩は何か難しい問いを投げたか」
「それは……」
「遭うか遭わぬか、どのような扱いを受けるかも分からぬが、我が身可愛さに我が国の崩壊に手を貸したと」
「家族のためなら……オルキ王も国民のためならどのような事でもやり遂げるのでは」
スパイは相手の心に取り入るのが上手い。オルキも似たような事をしてきたのではないか、そう問いかけ同じ境遇にいるという共通の区分を設けようとしている。
オルキも国民を守るためにあらゆる手を使うだろうし、実際にそうしてきた。
しかし、ビゼーは相手が魔獣であるという事実をまだ甘く考えていたようだ。
「だから我が国を滅ぼそうとしたのも仕方ないと言いたいのか。そのような事情であれば我が国は崩壊させられていたとしても仕方がないと言わせたいのか?」
「わ、私は、そうするしか」
「貴様の事情など、被害者はどうでもいいのだよ。貴様が失敗によりどう扱われようが悔いて聖人になろうが、そんな事はどうでもよい。我々は国民を侮辱された。内部からの崩壊を仕掛けられた。それ自体が許し難いのであって、貴様の事情など我が国の被害になんら関係はない」
オルキの回答は無慈悲なものだった。
ビゼーが脅迫され従わされていたとしても、ソフィアは泣き寝入りするべきなのか。ソフィアが負った傷、オルキ国の崩壊を企てられた事、それら被害の大小が変わるのか。
「加害者の事情で被害の程度を決められては困る。貴様が任務に失敗しオルキ国において処刑され、それを貴様の家族が何か思うとしたら、貴様らの指導者のせいだと思わぬか」
「……」
「あ、あなたの国の国民も、いつか我々のように脅され、やりたくもない犯罪に加担させられるかもしれないと思わないのですか!」
どうやらオルキはライザスの主張を認めながらも、結果を重視する方針を変えないようだ。アムガは慌てて別の例を提示した。オルキ国の人間が加害者になる可能性も、ゼロではない。
行商先で、国家行事の場で、旅行先で、いつ犯罪に巻き込まれるか、それは分からない。
オルキはそんな時、国民を見捨てるのか。つまりはそう問いかけたつもりだった。
「オルキ王、この者らが行った事について、結果はどう言い繕っても変わりません。ですが、せっかくですから答えて差し上げて……どうしました、イングス君」
オルキが考え込む様子を見ながら、ライザスがオルキ国民が脅迫されたらどうするかを問いかける。その質問が終わるか終わらないかのうちに、イングスがとても綺麗な「はい」をした。
「この質問には意味がないよ。オルキ国民が脅された事実はないから」
「これはたとえ話です。様々な事情と照らし合わせ、出来る限り公平な裁判結果を得る。この場ではそれが必要なのですよ」
「うん。だから、この質問には意味がないんだよ」
イングスは近頃よく考えるようになった。人形達をよくまとめているし、人間観察も欠かさない。命令されていなければ動かなかった頃とは違い、この島のためになる事を常にやるべきだと考えている。
時々物凄くズレてしまうが、今回の裁判の会話も全て記憶しながら、イングスなりに何かを考えたようだ。
「イングス、続けろ」
「はーい。ライザス、君はオルキの覚悟を忘れたのかい。オルキは全国民に責任を負うんだよ。ジョエル連邦やギャロン帝国の王のように無責任を負う人間とは違うんだ」
「勿論、オルキ王は国民に対し義務と責任を負うと理解しておりますよ」
「だからオルキ国民が脅されて何かさせられるなら、それはオルキの責任になる。必ずオルキが責任を取るし、脅した相手を制裁するんだ。オルキ国民を脅すなんて発想もさせない」
「……成程。オルキ王の存在を認識しておきながらオルキ国民を脅すなら、それはオルキ王への侮辱と同じというわけですね」
「まったく同じではないけれど、似ていると思うよ」
イングスの理屈では、要するに「オルキ国民に手を出すという事は、つまりその責任者たるオルキからやり返される覚悟があるという事になるが、それでも悪人はオルキ国民に手を出すだろうか」という事になる。
オルキ国民を脅せば、無慈悲で権力のトップにいるオルキが直接どのような罰を与えるか。そう考えた時、オルキ国民が脅される事はまずない。だからそもそもオルキ国民が脅された場合と比べる事自体無意味、という事になる。
「念のため確認しておくが、家族を脅されたという話、作り話ではないな。吾輩の前で嘘を付く事がどういった意味を持つか、よくよく考えた上で発言したな」
「は、はい」
「わ、私は……脅されては、おりません。家族のいない孤児です。自らの意思でスパイとなりました」
「ふむ。まあ、良かろう。我が国の誰であろと、貴様らのような無様な密偵などさせる事はない。ライザス、吾輩は国民がこの無能共と同じ境遇に立たされる事を仮定した方が良いか」
「……いいえ、言われてみれば確かにオルキ国民に手出しをすれば命がないのですから、それを承知で脅迫する者はまあ、いないでしょう。並みの軍隊程度ではまったくもって太刀打ち出来ないというのに」
ビゼーとアムガはオルキの心に訴える作戦も失敗し、他に有効な手立てがないか必死に考えていた。何の成果もなくただ捕まっただけでは、国に顔向けができない。
そんな中、1つの策を提案したのはオルキだった。
「イングスの発言で吾輩も思う事があったのだが……貴様らの王はどのような存在なのか」
「お、王、ですか。王ではなく大統領ですが、それは、えっと、実質的な絶対君主でありオルキ王のような存在で」
「ふむ、つまり、イングスは先程無責任だと言ったが、貴様らの大統領は国民の不始末は自らの責任とする覚悟を持っておると」
ビゼーとアムガが大統領を頭に思い浮かべる。
大統領は確かに畏れ多い存在であり逆らう事が出来ない相手ではあるが、国民の不祥事の責任を取るような人物ではない。
任務に失敗すれば用済みと言わんばかりに失職や処刑を迫る。自らの失策すら、幹部の責任にするような人物だ。
「持って……いないと、思います」
「そうか。しかし人間の上に立とうという者が持っていようがいまいが、責任は取らせなければならぬな」
真昼間の空の下、草原に吹く風が心地良いはずなのに、草の音1つ1つが判決までのカウントダウンに聞こえてしまう。スパイ達が次の言葉を待っていると、オルキがついに決断を下した。
「貴様らの責任を取るべきはジョエルの大統領だな。代わりに大統領が責任を取る、そうすれば貴様らはせいぜい生体展示を数か月程度で済ませてやってもいい」
「……えっ」
「そろそろジョエル連邦はどうにかしておきたいと考えていた。貴様らを仲間に受け入れるつもりは毛頭ないが、オルキ国からの責任追及に協力するかしないか、今決めよ」




