捨て駒
「ガーミッドさん、知り合い?」
皆の視線を集めたガーミッドは、珍しく呆けた顔をしていたが、我に返って首を振った。
「まったくの他人で、この事件がなければ存在すら知らなかった方です!」
焦りからかガーミッドらしくない失礼な物言いだが、ガーミッドはレナの事を知らないと主張する。
レナはその様子を見逃さなかった。
瞬時に次の策を思いつき、自分に有利な結果を招こうと口を開く。
「知り合いなんです! 私はガーミッドさんの事を知っていますし、ずっと憧れていました!」
「いえいえ、入国手続きや出国手続きの際に見かけたかどうかくらいで……それで知り合いだと言われましても」
「そんな、私と親しい仲だったのに……」
レナの主張を信じるつもりはなかったが、皆がガーミッドにも話を聞こうとする。ガーミッドは勿論知らないと繰り返し、レナに自身の何を知っているのかを尋ね始めた。
「私とどこで何をしたのか、具体的に言えますか」
「故郷の丘で夕陽を見ながら、2人で愛を誓いましたよね」
「故郷とは具体的にどちらですか」
「わ、私の故郷ですよ、来てくれたのとても嬉しかった……」
「地名をお願いします」
皆はガーミッドの質問を聞きながら、ガーミッドの意識が取り調べに切り替わっていると感じ取った。レナも嘘や冗談で切り抜ける事は出来ないと悟ったかもしれないが、こうなったらガーミッドはもう相手が泣こうが喚こうが容赦はしない。
「……じょ、ジョエル連邦の……アルバ州にある首都ナマラ市の」
「私は行った事がありません」
「そんなウソつかなくてもいいじゃない……あなたもジョエル連邦にいたはずだわ!」
「私は確かにジョエル連邦の連合軍に入隊させられていたのでジョエル連邦に住んでいました」
「そうでしょ? もしかして記憶をなくしちゃったの? そんな、私と結婚する話まで」
レナがガーミッドを心配するような猫なで声でガーミッドの顔を見上げる。上目遣いというやつは適切な場であれば有効だろうが、残念ながら今ではなかった。
「私は沿岸部のドネスカート市の港しか知りません。私はジョエル連邦人ではありませんから、首都に入る事は不可能です」
「えっ、えっと、今は確かにオルキ国人でしょうけど、かつてジョエルの軍人だったのは事実でしょ? だったら首都に入れます」
「私はジョエル連邦人だった事はありません。私は従軍渡来人ビザで滞在していただけです」
「……」
「ジョエル連邦の国民で、かつ首都の市民権を有する者、もしくは軍人しか首都には入れません。ご存知ですね? そもそも私がかつて軍にいた事はあなたに話していませんが、誰から私の事を聞いたのですか」
「……」
レナは黙り込んでしまい、それ以上を話そうとしない。
ガーミッドはレナが個人的な計画ではなく、誰か、もしくはもっと大きな組織からの指示で動いているのではないかと考えていた。
以前薬物を持ち込まれた時も、裏には連合軍の関与があったと判明している。個人の動きに見せかけて何らかのスパイ行為をする者が現れる事は想定済みだ。
「恐らくジョエルで指示を受け、全くの第三者であるタム・ジョキアに近づき、一般人を装って侵入すればバレないと考えたのでしょう」
「私はそんな事……だいたい、関係者はタムの方かもしれないでしょ!? タムから聞いたから知ってるんです!」
「いいえ、タム・ジョキアはジョエルのスパイではありません。イングスさん、証拠の手紙を見て下さい」
「はーい」
イングスが手紙を手に取り、表情を変えずに凝視する。タムのものと、レナのもの。
用紙には別段問題はない。それらしい暗号や目印が付いている様子もなかった。
「タムが書いた手紙の文字は、略字や単語の短縮表現がありますよね」
「うん」
「レナからの手紙は、一切略字や短縮表現がありませんね」
「そうだね」
「新しい言葉を生み出し、造語や俗語をいち早く習得する若者、特に流行に敏感な女性が1つの崩れもない表現でびっしりと便箋を埋める事はありません」
「そうなんだね」
「タムはこの件でただ利用されていただけでしょう。だからと言ってソフィアさんを騙す計画を立て実行に及んだのは許される事ではありませんが」
ガーミッドがそこまで語り、ケヴィンもようやくその指摘に気付いた。
「そういえば、連合軍は複数国間での連携に支障が出るから、略語を禁止しているっつう話だよな。でもレナ本人が軍人って事はないはず。連合軍はこれ以上軍の秘密を洩らしたくないだろうし」
「手紙の文字は女性特有の筆跡よね。軍人がレナの筆跡に似せて書いて、レナはそれを指示通り受け取って渡しているだけ……」
「だとしたらさ、受け取って読むのは軍人で、返事を書くのも軍人だよな。レナは毎週来てるし、手紙はどこで受け取ってる?」
「アイザスとレノンの港で補給と荷物の積み下ろしで各1日ずつ……」
「現時点でジョエルのスパイがレノンとアイザスに潜伏しとるっち事にならん?」
「イングス! 大至急! ジョエル軍のスパイがレノンとアイザスの定期船停泊港近隣にいると島長に知らせろ!」
「はーい」
大至急と告げられ、イングスはとても軽い返事の後走り出した。
時速換算でいったいどれ程なのか。柵を飛び越えながらあっという間に見えなくなる。
「さて……レナ・コールトンさん。あなたは先程虚偽の自白を行いましたね。その時点で有罪は確定ですし、私をターゲットとして工作をしていたとも言いましたね」
「……」
「今すぐに全て話す事が、最終的にあなたに課される刑罰を僅かにでも軽くする唯一の手段です」
「弁護士に連絡を取りたい」
「呼びたければどうぞ。但しこの国は島内の電話しかありませんから、手紙を届ける事になりますね。あなたは被疑者ですから、宛先および手紙の中身は検閲します」
「……」
「なお、あなた都合での拘留となりますから、その期間は刑期から差し引きされません」
弁護士を呼ぶと言えば怯むと思ったが、呼びたかったら呼べと言われレナは口を噤む。オルキ国には弁護士を職業とする者がまだおらず、ジョエルから呼びつけるなら数週間は覚悟する必要がある。
その上で、弁護士を付けたとしても、レナはしてもいない事を罪に問われた訳ではない。全て事実だ。弁護士を呼べるかどうかも分からないし、連合軍はがレナを守るために動くとも思えない。
そもそも、万が一にでも軍内部の話が出ないよう、切り捨てに影響がないレナが選ばれたのだ。
「手紙についての推理はその通り。そこまで言い当てられるならもういいわ、どうせこの島から逃げる事も出来ないし。私がガーミッドさんを知っているのは本当よ。私は軍にとって都合が良かったんだと思う」
レナがついに計画の全貌を語り始めた。
レナがガーミッドを知ったのは、ガーミッドを含むジョエル軍が人質のアリヤを乗せ別の連合国に向かう日の事。オルキ諸島に到着した日の2週間前だった。実質的にジョエル軍として最後の出航となった日だ。
ノウェイコースト人のガーミッドは、大柄で凛々しい見た目ながら、ジョエル人よりも身分が低い扱いをされ、腰が低く礼儀正しい軍人だった。
軍服を着て背が高く体型も顔も容姿が整い、その場に居合わせた一般人に物腰柔らかな態度を取っていたなら、その対応を受けた者が行為を抱く事もあるだろう。
レナはその際に目立ってしまい軍に身元を調べられ、数年後にこうして捨て駒のスパイとして使われた事になる。
「さっきは……ダメ元で本当にスパイなら口裏を合わせてくれると思って故郷で知り合いだったと言ったんです」
「ジョエル軍では故郷の話をする時、そこに何らかのメッセージを込めるというのが工作会話の基本でしたね。そんな事まで覚える事になった上、一連の行為は私がきっかけと聞くと、申し訳ない気持ちにもなります。が、それでもやってはいけない事に対して踏み留まって欲しかったです」
「……はい」
「私も軍の命令に逆らえなかった1人です。確かに、軍に全てを把握された上で拒否するのは不可能です。家族を人質に取られているケースもあります。あなたはどうでしたか」
「……いえ、自分から計画に乗りました。オルキ国に入り込めたら、今送り込んでいるこのスパイと島で結婚し、オルキ国における正当な在留資格を得て極秘任務を続けてくれと言われたので、喜んで引き受けました」
「ガーミッドさんの事を、ジョエル軍のスパイだと聞いていたんですか」
「……はい。でも実際に訪れたら私がスパイだという事も知らないようだし、情報交換のような接触もしてこないし、何かが変だとは思っていました。その上で私は……あなたに近づく事を、自分の目的を優先しました」
レナは涙を流してはいなかった。取り乱してもいなかった。
淡々と目的と経緯を話し終えると、ソフィアと檻の中にいるタムに頭を下げた。
「本当に申し訳ございません、どのような決定になっても罪は償います。慰謝料や補償すべき事があれば、そちらも工面します」




