秩序の脆さ
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とある日曜日の昼下がり。霧の切れ間から青空が見える爽やかな空気を吸い込みながら、アリヤの家の庭先では住民が数名集まってお茶会を開いていた。
「ソフィアさん、来るっすかね」
「どーせ乳繰りあってるさ」
「ちょっとケヴィンくん! 駄目ですそういう言い方」
「恋人がおうちデートだぞ? やる事は1つだって」
「そ、そんなまだ結婚もしていないうちから、ふ、ふしだらな」
集まっているのはケヴィン、フューサー、ガーミッド、他に4名。
付近の家の干されたシーツが軽やかに風を浴びるのを見て、もうすっかり春だと微笑む穏やかな時間。
もっとも、服装はまだまだ冬と変わらないのだが。
そんな中、物音の1つも立てず、1人の青年がスッと現れた。
「おっとイングス……じゃない、ズィースか。どうした、お前も紅茶に興味があるのか」
「ない」
「そ、そっか……えっと、何か用かい」
イングスにあまりにもそっくりなため、ズィースは髪を短く切って、より爽やかな青年の見た目になった。イングスよりぎこちなく、イングスより口数は少ない。
それも人形としての個性だとして受け入れられている。
「エフスとディーアが呼びに来た」
「あいつらは今日警備だったんじゃ、何かあったのか」
「何かあったか無かったかは分からない」
「あー、うん、まあ、そうだな。じゃあ案内してくれ」
ズィースは人形2体から呼ばれたという。皆がお茶会を切り上げ、ズィースに案内を頼む。
……が、肝心のズィースは特に案内する様子もない。
「どこに?」
「どこにって、お前が呼びに来たんだろ」
「僕はちゃんと呼んだ」
「えっと、ズィースを呼んだエフスとディーアは、どこでお前を呼んだ? お前が呼ばれた場所まで案内してくれ」
「いいよ」
まだまだ会話も上手く誘導してやらなければならないが、イングスとのやり取り慣れているため、島民は皆そういうものだと納得している。
ズィースの案内で200メータ程西に歩いたところで、どこかの家から怒鳴り声と金切り声が漏れ聞こえて来た。
「何だ何だ!?」
「喧嘩? この声って」
「ソフィアだな」
声の主はソフィアだった。家は移住者希望者の一時滞在用の住居で、島の生活に馴染めたら合格、晴れて国民になれる。
今はタム・ジョキアという男が住んでおり、つい先日ソフィアに熱烈な交際を申し込んだと噂になったばかりだ。
そのタムとソフィアが早くも大喧嘩。ディーアに確認したところ、この争いを戦争と見做し、報告したとの事。加減や程度を知らない人形達は、争っていればすなわち戦争と見做す事にしているらしい。
まあ、独自の判断で危険な状態を無視するよりマシなのだろうが……。
野次馬も出来ていて、このまま放置というわけにもいかない程の騒動になっている。
ケヴィンがノックし、玄関の扉を開けた所でふいに何かが飛んできた。
「おおぅ!? 痛っ」
飛んできたのは小さく硬い何か。おでこをさすりながらそれを拾ったケヴィンは、指輪である事に気付きギョッとする。
中を覗き込んだフューサーは、怒りで頬を真っ赤に染め、白目が見えない程泣きはらした目のソフィアを見て、ケヴィンと同じ表情で固まってしまった。
「誤解だってば、話を聞いてくれ!」
「誤解やないけん怒っとるのが分からんと!? 最低!」
「浮気なんかしてないって、だいたい、君に告白してまだ2週間だよ!?」
「浮気? そもそもあたしが好きなんやないやろ! あたしと付き合って結婚まで持ち込めば楽に国籍が取れるっち、あんたが言いよるの聞いたんやけ!」
ソフィアは泣きながらタムの不義理を責めている。痴話喧嘩の中身がようやく見えてきたところで、アリヤが丁寧に「お邪魔します」と宣言してから家の中に侵入した。
「ソフィアさん、落ち着いて。何があったか全部聞こえていました」
「うっ、うっ……あーん! コイツ最低やった、もう、せっかく信じようっち思ったのに……」
「アドバンくん、島長さんを呼んで来て下さい。イングスくんと一緒にヒトの餌やりをしているはずです」
「うっす」
アドバンがイングスを呼びに行き、入れ替わりで医師のジャンが家の中を覗き込む。
「どったの? 何?」
「こいつ、あたしを利用しとるだけやった! 他に女がおるくせに、国籍取得に手っ取り早いけん、あたし騙して結婚するつもりやったと!」
「……え、本当に結婚するなら結婚詐欺とは違うんじゃない?」
「ジャンさん、実は」
アリヤが状況を説明すると、ジャンがタムをキッと睨む。ソフィアの不思議な力の事は知らなかったが、ソフィアの言い分を信じたようだ。
ソフィアの言う事はよく的中するし、実際に犯罪者の入国を何度も阻止した実績がある。この国においてソフィアの信用度は1,2を争う程高い。
「誤解だって、何か聞き間違ってるか、そもそも何でこんな話に……高い指輪だって」
「レナ・コールトン。あんたの彼女」
「誰だって?」
「あんたがこの国に来たの、3回目っち言ったよね。初来島の時、その女と一緒に入国しとるよね。その時は関係があるとは知らんかったけど、同じ船で来た」
「そんな、俺は偶然見知らぬ女が一緒の船に乗ってただけで怪しまれてんのか?」
「その女、先週船の停泊時間に一時入国したよね」
「そうなのか? でもそんなの俺が知るわけないじゃないか」
ソフィアは確信をもってタムを追い込んでいる。好きな相手の心を読まないと決めていたが、疑惑と証拠の方から勝手に転がり込んで来れば世話はない。
水曜日に定期船が出航してから、ソフィアはずっと証拠集めをしていた。
心を読めばタムの嘘は見抜ける。しかし、認めさせるには証拠が必要だ。
ソフィアに理不尽に怒られた可哀想な男として同情を集め、別の女性が被害者になるのを避けるべく、ソフィアはこの数日じっと耐えて来た。
このタイミングで怒りをぶつけているという事は、証拠が揃っているのだろう。
「これ、故郷のお母さんが会いに来とった子の写真。あんたの3回目の入国の時」
ソフィアはタムに写真を見せる。そこには満面の笑みで写る親子と、その後ろでハグをする男女。
写りを気にしてか念のためともう1枚撮られた同じ構図の写真では、親子のポーズが変わっている。その後ろに映っている男女は互いの手の指を絡めてキスしている最中だ。
その男はタムで間違いない。相手の女の名はレナ・コールトン。一時入国の手続きをしたのはソフィアだった。
「この写真をジェシカちゃんがくれたと。お母さんとの写真やけぼーっと見つめとったけど、よく見たら後ろにおるのあんたやけん、最初は驚いたっち。レナ・コールトン、あんたさっき他人のフリしたよね」
「……」
「手を絡めて白昼堂々とキスする間柄で、しかも1回目の入国は同じ船。知らん訳ないやろ」
「わ、悪かった、浮気を疑われたくなくて隠していたんだ。こいつとは彼女とか、そんなんじゃないんだ」
「じゃあ何なん」
「し、知り合いで……」
「あんた知り合いと平気でこんなキスするんやね。で、告白から2週間しか経っとらんのに指輪はどこで買ったん。あたしに告白する前から持っとらな用意できんよね。この島で買ったかどうかはすぐ分かる」
「それは、今週の定期便で届けてもらって……そうだよ、告白が成功するかどうかは分からなかったけど、ダメ元で頼んでいたんだ」
「ふうん、じゃあ税関記録に載っとるっち事でいいんよね。今週の定期便でレナ・コールトンが一時入国してあんたに手渡ししとるなんて事は、全くないわけね?」
「……」
「マジかソフィア。こいつに利用されるところだったって事か」
「そうみたい。馬鹿みたいやろあたし。国籍を得るための道具にされてたのに、恋してるつもりやった。あたしはそもそも恋人どころか浮気相手ですらなかった」




