これ下さい。
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≪以上をもちまして、全議案終了の時間となりました。皆様大変お疲れさまでした≫
幾つかの議案が時間切れで流れてしまったが、重要な審議は全て無事に終わった。海洋国家は晴れ晴れとした表情でオルキ国への挨拶に訪れ、感謝を述べてから去っていく。
今回の会議で議長国を務めたガーデ・オースタン代表らもオルキ国の席を訪れた。
「カルソイさん、お話に聞いていた通りの賢王と、優秀な人材が揃っているようで。ガーデ・オースタンからレノンに渡った元兵士と伺いましたが、カルソイさんはこの国に戻るつもりは」
「私はオルキ国の国民となる覚悟を決めました。国を出る決意を伝える事は恐縮で、ガーデ・オースタンを懐かしく思う気持ちもありますが……元々離島出身で本土を訪れたのも数える程でしたし、命を救ってくれたオルキ王への恩返しをしたいのです」
「そうですか。オルキ王、元とはいえカルソイ氏は我が国の若く優秀な国民だったのです。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「吾輩も、貴国からの贈り物のように大事にすると誓う。貴国との関係も良好に保つ」
フューサーの根回しと会議での発言の数々、絶対に纏まらないと思われていた海洋交通に関する条約を、圧倒的な改正反対票で否決し、議題から削除する事が出来た。
これだけでもガーデ・オースタンの手柄になる。困難な会議をまとめ、成果を出し、世界の秩序を守った
と評価される国際会議は久しぶりだ。
「我々から、何か友好のしるしと共に感謝の意をお伝えする品をと考えているのですが……」
「オルキ国を支持してくれるだけで良い……どうした、イングス」
オルキが謝礼を固辞しようと口を開くと同時に、イングスが右手を大きく上げた。右肩に乗っていたオルキがイングスの腕と顔に押しつぶされそうになる。
「はい」
「はいって」
「意見をするときのはいだよ」
「えっと、イングス君、何か欲しいものがあるの?」
「うん」
アリヤの問いに、イングスは表情を変えず頷く。どうやらイングスは感謝の品が欲しいらしい。
イングスに物欲があるとは思えないが、いったい何なのか。ガーデ・オースタンの首相が何かと聞けば、それはイングスらしい希望の品だった。
「これ下さい」
「これ……ああ、ずっと左手で引きずりまわしていたその、犯人の」
イングスが欲しいと言ったのは、イングスが捕まえた狙撃手、ギャロンの殺し屋だった。
ガーデ・オースタン国内で起きた犯罪は原則ガーデ・オースタンが裁くが、犯人引き渡し条約を結んでいる場合、その犯罪者の国籍の国が裁く事も出来る。
「これ下さい」
「イングス君、まさか……」
「ヒトが2匹じゃ少ないって、お客の人間が言っていた。これさえあれば3匹になる。これはメスかな」
「男、ですね」
「そうなんだね。じゃあ繁殖は無理だね」
「1000億クロムの請求書を送るか、その男を連れ帰るか……」
「それ以前の話っつうか……ギャロンが何て言ってくるかってイングス、おい!」
イングスが狙撃手を左手で引きずったまま、ギャロン代表の目の前まで走って行く。ギャロン代表らは不愉快そうな顔で大きな正面扉から出て大理石の階段を降りようとした所を、イングスに呼び止められた。
「お前は」
「イングス・クラクスヴィークだよ。君はギャロンの人間だね」
「……そうだが、何か」
「これ下さい」
「これ……は」
イングスに引きずられているのは狙撃手の男。意識はもうろうとし、机や床に体を打ち付け放題。
ギャロンの訪問団の1人として入国したのは確かだが、ギャロン側はその1人と同一人物である事を認めていない。
影武者を忍ばせ、なりすましを連れて帰ればバレないと方針を決めた所でもあった。
「君達がこれに撃たせてオルキを殺そうとしたんだよ」
「我が国はその男を知らないし、オルキ王を狙ってもいない。その男の妄言を信じて勝手な言いがかりを付けられても困る」
案の定、ギャロンの一行は男を知らない人物だとして切り捨てた。
秘密を喋られては困るという思いはあれど、既にイングスの拷問を受けた後。知りたい情報を抜き取られた後の器など、もうギャロンにとっても必要ない。
ギャロンの人間でないなら、ギャロンの許可を取る必要はない。
イングスにとってはとても都合がいい展開だ。
「じゃあ、ガーデ・オースタンに僕が貰っていいか聞いてみるよ。言いがかりをつけられてくれて有難う」
イングスは会場へと引き返し、狙撃手はまた引きずられていく。
「一刻も早うガーデ・オースタンを出国した方がえげじゃ。計画どころじゃあのうなった」
「わしらも戦争加害者扱いじゃけえの。他国に狙われとる可能性がある以上、無理に滞在を延長するなあ得策じゃあねえけえ。ほら、早うホテルにいのう、準備しんさい」
* * * * * * * * *
「今日だけで42か国と新たに国交樹立の約束を取り付けたんですね」
「もう今日は吾輩の前足にインクを塗るでない。具合が悪くなりそうだ」
ケヴィンに右前足の肉球を綺麗に拭かれながら、オルキは珍しくぐったりしていた。
オルキ国はセイスフランナやガーデ・オースタンだけでなく、他の国からも国交を結びたいと申し出を受けた。
その全てを審査する事など到底できず、ひとまずの基準はアリヤの判断と居合わせたレノン、セイスフランナ、アイザス、それにフェアアイルのお墨付きがある国とした。
時間がなく、近いうちにという話になった国もいくつかある。ギタンギュもその1つ。
オルキ国を除き、世界124か国。会議後にオルキ国の席を訪れたのはなんと63か国だった。
連合軍から脱退したいと相談に来る国まで出る始末。
当然正式な国交樹立の証明書は準備していないため、急ぎその場で国交を樹立するための覚書を作成し、42か国とサインを交わし合った。
「まだまだ残ってやりたい事はあるが、レノンの世話になった身。用事があるなら我々が自分達の金を使って訪れなければならぬだろう」
「レノンは明日の夕方、船で帰るんでしたね。飛行艇を使う話も出ていましたが……」
「連合軍側が会議期間および前後5日の停戦なんて、守るとは思えないからな。飛行艇を打ち落とすくらい平気でやるだろう」
オルキ達はシルトンホテルでもう1泊する予定だ。オルキの暗殺は失敗に終わり、ブルーンは国の信頼失墜、ギャロンは責任逃れですぐに国外へ。
暗殺に失敗すればどうなるかはイングスが見せびらかしているし、犯人を見つけ出せと言われたらイングスが必ず見つけ出してくる。自爆テロを行う可能性は残っているものの、今やオルキ国の人間は暗殺のプロでも躊躇う標的だ。
「じゃあ、明日の昼まではちょっと時間があるんだな。どうしよっか、ちょっと土産買うくらいか」
「はい」
イングスが挙手した。会議に出席した事で、自分の意見は挙手して述べると学んだらしい。
「何かしたい事があるのか」
「僕は動物園に行く。島の子供が本物の動物園とは違うと言っていたんだ。オルキ国立動物園は偽物なのか知りたい」
「……ヤバい方向に知識を得そうだけど、確かに本来の動物園の姿や趣旨はちゃんと知っていた方がいい、か。ケヴィン、連れて行ってやれよ」
「なんで俺!?」
「俺と島長でそいつの見張りとガーデ・オースタンとの打ち合わせやるから。アリヤは父ちゃんが会いに来るだろ?」
「……そりゃ、会合とか面倒な仕事は俺には無理だけどさあ。俺、イングスを育てる自信ねえんだもん。イングスが俺みたいになってもいいのか?」
「良いのではないでしょうか。感情豊かで適任だと思いますよ。イングス君、明日はケヴィンくんと一緒に動物園に行って下さい。14時までにはガーデン国際港のA埠頭に着く事を忘れないで下さい」
「はーい」
「……んじゃ、行くか」
オルキ国が正式な国として認められ、ギャロンやジョエルも迂闊に手を出せない。
海洋交通のルール改正は阻止できたし、何よりオルキ国の存在感がとてつもなく大きくなった。
ホッとする面々の様子を見ながら、オルキはこれで神がどう動くのか、それを探る手段を考え始めていた。




