残りの人形
トリスの話が真実であれば、ズィースとインガは8年程前に作られた事になる。
人間と共に8年を暮らしたインガは、その20年以上前に作られたニーマンよりも人間に寄せた行動を取る事ができる。
ニーマンが悩んだ選択するという自由な行動も、インガは既に身に着けていた。
限られた交流で時間がかかったニーマンも、この島で自分が選択するしかない状況が増えたなら、人形だと思わせる瞬間など一切ない個体になるだろう。
それはイングスも一緒だ。作られてから神に捨てられ1年以上放置され、最初はオルキとの会話だけ。そこからケヴィン達と出会い、毎日人間と関わって来た。
成長はしないが学習は出来る。数年後、ズィースも今のイングスと同等にはなっているはずだ。
だが、ここで皆の頭には疑問符が浮かぶ。
「トリスさん、その写真はお金持ちの方々から頂いたんですよね。そんなに精巧なのにどうして人形だと見抜いたのですか」
「ギャロンで機械人形が開発されていた事は、結構知られてると思うんだよね。実際に政権がお披露目したし、製造所は一般販売もしていた。とてもじゃないけど庶民が手に出来る値段じゃないけど」
「それは聞いたよ、実際に親が開発に携わっていたって国民がいる。さっきも話したサリーってやつ」
「そっか、子供だけはなんとか生き残れたんだね。当時の開発者、全員口封じのために殺されてるらしいから」
ギャロンの非道なやり方に、ケヴィンとアリヤは暗い顔で俯いてしまう。ギャロン兵になったサリーは、自分もまたギャロンの被害者だった事になる。
それを必要に迫られて明かしはしたが、自分も被害者なのだと主張し慈悲を乞う事はなかった。
「それで、その精巧な人形も、ギャロンの政権がお披露目したって事か」
「いや、国内には一応もう開発できる人間がいない事になってるからさ。これ、20年前に機械人形として披露した時の人形と特徴が完全に一致してるんだって。覚えてる大富豪がいた」
「それで、その大富豪は機械人形だと見抜いた……それ、大丈夫なのか? 口封じとか」
「20年前ってまだ旅行も気軽に行けた時期らしいから、国内外に当時の事を知ってる人は意外と多いんだよ。全員始末するなんて無理だって」
「その当時の人形と同じものを、最近になって見かけたという事か。製造元がなくなった今、入手経路はない。軍部の所有物である事まで突き止め、譲ってくれと頼み込んだのだな」
「うん。その1体がインガって人形でしょうね」
「……念のため、フェインにいる伯父さんに連絡してもいいかな。インガ・エリクソンは伯父さんの弟子になったんだけど、名付け親は伯父さんじゃない」
名前を付けられた事で、ズィースはより素直に言う事を聞くようになった。島に残してきた23体もそうだ。名を与えられる事で人形の何かが変わったように思ったのだ。
その名を与える行為が、人形との絆や指示命令に影響するのではないか。ケヴィンはそれが心配になり、伯父に連絡を取ろうと考えた。
「名前をあげることで、誰のものでもない……例えば神ものだった状態から、別の人に支配権が移るって事ですね。それは私もそんな気がします」
「そう言う事ならフロントに話して電話を借りといでよ。電話代の請求なんてしないから」
「有難う、助かる。オルキ国にはまだ電話を引いてないからさ。手紙しか手段無いんだよ」
「電話線を引くには、国際会議での承認が必須ですね。オルキさん、国際会議が電話線を引いてくれますから、これでもオルキ国の情報入手速度が上がりますね」
「うむ。商売をする者達もその方が良いだろう。ケヴィン、ついでに写真の事を伝え、インガにもそれを聞いてくれるか」
「分かった」
「イングス、ズィースにこちらの写真を見せて来い。写っているのが自身で間違いないかを確認するのだ」
「はーい」
軍部が持っていたのは写真の男女それぞれ2体のみ。1体はズィースで、もう1体がインガとしても、最低あと2体がギャロン国内にある事になる。
「まだ、気を抜く事は出来ぬな。神はまだこの世を諦めておらぬし、もしかするとわざと吾輩や人間達に育てさせようとしたのかもしれぬのだから」
「神は作る能力はあっても、育てる能力がないって言ってましたもんね」
暫く話しているうちに、ケヴィンが電話を終えて戻って来た。そのすぐ後でイングスもズィースへの聞き取りを終え部屋に入って来た。
「どうだった」
「イングスから先にどうぞ」
「ありがとう。この歩いている人形はズィースで間違いないと言っていたよ」
「そうか」
「他にも人形があったのかいと聞いたら、あったと言っていたよ」
「ほう、それも聞いてくれたか」
「ズィースと同じ人形が他に1体だけあるよ。ズィースが作られた後に、もう1体作ったんだって」
イングスが気を利かした事にオルキでさえも驚いた。昨夜は命令していないのにオルキのため食事を頼むべきかと考えていたようだし、ここ最近のイングスの成長は目を見張るものがある。
「その1体は今どうしている」
「僕がその1体だって言っていたよ」
「……自分の事をそんな飄々と。ズィースはギャロンに残して、イングスはヒーゴ島に連れて来たって、何でそんな事を」
「神はもうこれ以上は人形を作れないから別のとこで保管するんだって」
「もう、作れない? イングス君は最後の人形……ねえケヴィンくん。伯父さまは何とおっしゃっていたのですか」
「写っているのはインガじゃなくて、インガの他にある2体らしい。それはまだギャロン国内にあって、1体が軍に双子の姉として所属しているそうだ。もう1体は神がどこかに置いているんだと」
「名前の件はどうなりましたか」
「念のため、人間として持っている国籍をフェインに変えて、その時に名前も変えるそうだぜ。当面の名前はこれから伯父さんと考えるってよ」
「なんだか色々大変そうだけど、そっちは大丈夫そうね」
人形達は、聞かれなければ自分から言わない。特に自我の訓練を始めたばかりのズィースや過去を隠したいであろうインガは、こちらから核心を突く質問をしなければ察してくれる事はない。
それよりも問題は神がこれ以上人形を作れないと証言したズィースの話だ。
「神は吾輩にもこれ以上人形を作れぬとは言わなかった。人形の前だからと気を抜いて打ち明けたか」
「っつう事は、今現在神の手元にあるのはインガそっくりの2体だけ。男の人形はブルーンの失態で完全に失った状態だよな。そんな貴重な人形をわざわざ貸し出すか?」
「言われてみれば、その通りね。何かあった時のために必ず予備を持っておきたいはず」
「……神はイングスがオルキに操られている事を知ってるはずだよな。イングスに成りすます作戦を考えたくらいだし、同じ連合軍のジョエルにはイングスが実際に訪れた」
「……インガの事もある、国際会議でフェインの国王とも話さねばならぬな。インガとイングスの姿を各国に知らせ、ギャロンが人形兵器を用いての侵攻を考えていると伝えなければ」
「絶対に他にないとは言い切れないけど、人形は嘘を付かないから、インガやズィースが知ってる人形はもうないんだろ。そして神はもう人形を作れない」
「戦争で神に祈っても無意味だと考える人間は増えたと聞きますからね。信仰が急速に失われて、何かを生み出すという事が難しくなったのでしょうか。だとしたらイングスくんやズィースくんを奪い返しに来るかも」
「ま、私の情報はそんなとこ。どう? これでシルトンホテルに一等地を用意する気になった?」
「建設労働者にはオルキ国民を使う事」
「商談成立だね」
トリスがオルキの前足と優しく握手をする。皆はそう言えばそれが条件だったと思いだして笑ったが、心の中ではそれどころではなかった。
トリスにホテルを建てさせることは、もう決まった事だと思っていたくらいだ。
手元に残した最後の1体を手放したのはなぜか。
イングスの事は本当に捨てたのか。
神の手元に残した人形を今後どう使ってくるのか。
神は何を考えているのか。
これから国としての承認を得て、更には国家の設立を後押ししてくれるアイザス、フェイン、メインランド、シェルランド、フェアアイル、これに加えてキュイ、レノンとセイスフランナ、この8か国と領海や排他的経済水域に関する権利を守ると約束した。
国家として考えたなら、それはとても重要で重大な問題だ。
けれど、オルキ達は目の前の問題ではなく、その先にある神と、神の意思に操られている国々の事を考えずにはいられなかった。




