オルキ国が知らない世界
ズィースの目に光が宿ったような気がした。
イングスそっくりの人形を手に入れたオルキは、カカの顔をもうひと舐めし、とても美味そうだと言って牙を故意に見せつける。
「貴様のせいで、貴様の家族が死ぬようだの」
「……」
「我が国で騒ぎを起こしてくれたなら、吾輩は久しぶりに美味い肉を喰らえたというのに」
ガーデ・オースタン国内で起きた暗殺騒動は、ガーデ・オースタン国内で裁かれる。犯人引き渡しの協定は結んでいないし、そもそもカカはオルキ国民でもない。
そのうち警察がやって来て、いつの間にか数百人にもなっていた群衆の中で佇むカカに手錠をかけた。
写真機のストロボがあちらこちらで光るのは、国際会議に合わせて待機している報道各社の記者が周囲に泊まっていたからだろうか。
ブルーンの外務大臣がオルキ国の政務官の暗殺に失敗。
そんな見出しが明日には新聞の号外となって世界中に広まるのだろう。
途中から現れたアリヤはケヴィンが襲われたその瞬間を知らない。一方のケヴィンは無慈悲な人形から命を奪われるかもしれない事態だった。
今はそんな事を実行したとは思えないズィースの無表情を見て、ケヴィンは今更ながら自分が恐怖を感じ
ていた事を思い出した。
「あー、怖かった。イングスも島長もいるし大丈夫だとは分かっていたけどさ。自分にズィースの手が伸びて来た時、あ、死ぬんだって思った」
「そうなのか」
「そうなのかじゃねえよ、お前が俺を殺そうとしたんだぞ。いいか、人を殺してはいけない」
「そうなのか」
ケヴィンが怒っても、ズィースは特に従う様子を見せない。オルキが「オルキが認めるオルキ国の人間とイングスの言う事はよく聞くように」と命令すると、ズィースはやっと人を殺さない事を約束した。
「島長さん、どうしましょう。ブルーンへの対応について何か考えていますか」
「出方次第だな。それと奴の処遇が決まるまで、あのスタッフの口止めを謀る輩が出るやもしれぬ。身の安全を確保しなければならんな。ズィース」
「何」
「受付のスタッフを守り抜け」
「わかった」
イングスの真似をしないズィースは、受け答えの言葉が多少異なっているようだった。瞳の色もイングスの赤い瞳よりは若干金に近い色をしている。声はその場で真似ていただけなのだろう、イングスよりトーンが低い。髪型を変えたなら見間違う事はなさそうだ。
「オルキ様、ケヴィン様、イングス様。お怪我は御座いませんか」
「問題ない。毅然とした対応に礼を言おう。しばらくは証人として迷惑を掛けるが、ズィースが護衛となる。あのクズの命令でケヴィンを殺そうとはしたが、吾輩の命令には絶対に逆らわない」
「……分かりました。オルキ様を信じ、自分を守れる行動を取るよう努めます」
「イングス、ズィースにオルキ国の事を教え込むのだ。そして朝までロビーでズィースと共にこの者を守れ」
「はーい」
オルキはそのまま猫の大きさに戻り、腹が減ったと言ってカカに恨み節を連ねる。オルキを信じる者はずいぶん増えたが、まだまだ無理をしなければ元の大きさには戻れない。
「オルキ」
「何だ」
「君は食べ物が欲しいという気持ちと、このロビーで命令に従って欲しいという気持ち、僕がどっちを優先すべきだと思うかい」
「イングスがオルキの気持ちを察した……」
「オルキは猫の大きさに戻った後、何かを食べないといけないんだよ」
イングスが言うように、オルキは変身後の空腹に耐えられない。オルキはバツが悪そうに「食べ物だ」と呟いた。
「オルキが食べるものを持ってきた方がいいね」
イングスはスタッフに食べられるものを可能なだけ出して欲しいと頼み、他にも夜勤に出ていた数名とバタートーストやベーコンエッグ、今日の料理で使わなかった鶏肉を焼くなどして食事を提供すると約束した。
「島長の弱点だな、早く元の姿をごく自然に保てるようになってくれねえと」
「まだまだ道のりは遠い」
オルキはぎゅるぎゅると鳴る腹の音と、まだ騒がしい外の様子にため息をつき、事情を聞きに来た警察の相手をするためロビーへと向かった。
* * * * * * * * *
「ほんっと、色んな騒ぎを起こすよね。ま、シルトンホテルの夜勤スタッフがオルキ国王を守り抜いたなんて見出しのおかげで、うちの評価は更に上がったわけだけど」
「騒ぎにしちゃって本当にごめんなさい、トリスさん」
「いいのいいの、ブルーンの要人が客じゃなくなったのは痛いけど、まあでもブルーンにはホテル出してないし、ブルーン自体がそんなに経済的余裕のある国でもないから」
翌日、オルキ達は朝からトリスと打ち合わせを行っていた。話題はトリスが調べていたギャロンの実態と機械人形についてだが、トリスは堅苦しい話の前に緩い話から入る事を忘れない。
「それとさ、リッツハリス、かーなり影響受けてるみたいよ。宿泊する事で薬物に関わってると思われたり、名前を使われたら面倒だからって富裕層が離れてる」
「その富裕層がシルトンホテル側に流れているって事ですか」
「まあ、そうね。これでもシルトン家が濡れ衣だよって証言してあげたから、この程度の致命傷で済んだ」
「つまり致命傷じゃねえか」
「それでも国際会議の指定宿泊先から外されなかったのは、私の証言があったからだし。リッツハリスからは感謝されてんのよ。ブルーンの件でスタッフの対応は絶賛されて、リッツハリスからは感謝されて。もう私にとってはオルキ国様様よ!」
「誇ってよいのか、悩む話だの」
明るく突き抜けた性格のトリスだが、その装いはグリーンのスーツと白のピンヒール。首元に光るパールと、煌びやかな金のブレスレットは社長である事を忘れさせない。
ただの打ち合わせ室だというのに豪華絢爛な絨毯が敷かれ、テーブルは大きな一枚板。
クリーム色の壁紙とダークブラウンの木目、白磁の壺には真っ赤な薔薇。
クリスタルの彫刻や数百年前の有名画家による50枚しかない版画の7枚目という刻印がついた絵も飾られている。
この豪華さという基準は、オルキ国にはまだないものだ。慣れているはずのアリヤでさえも、やっぱり凄いですねと感嘆を漏らす。
「それとさ、約束してた件。やっぱりね、持ってたよ。私も何人か会って、実際に見せて貰った」
「ギャロンに偵察に行ったうちの国民も、機械兵の事を把握していたんだよ。しかも完成度の高い人形はマジで持っていた。さっきズィース見ただろ? よく見れば違うけど、ほぼイングスだ」
「サリーさん達が撮った写真です。恐らくはこれがズィース君だと思います」
「ズィースに見せたなら、この場をこの格好で歩いた事があるかどうか、答えるんじゃない? つか、多分このレベルで完成度高い人形は、ギャロン国内に数体ってところかな」
「持ってる方がいたんですか」
トリスは父親や自身の繋がりで入手した人形達の情報をテーブルに広げた。金持ちが所有している人形達だ。
「これが初期の人形達。人間というよりは人形らしさと機械ぽさを残したデザイン。これはこれで、愛着が湧くのは分かる」
初期の人形は歩行可能なだけでも凄い事だが、瞬きと簡単な会話のパターンを覚える程度の事が出来る。
次の型はより人間に寄せた見た目をしているが、遠目でもない限りまだ人間と見間違うにはほど遠い。
しかし、その次の型からは人間らしさが増していく。幾つかのパターンの表情を作れるし、専用の棚同士の物であれば持ち運びできるまでに進化しているという。
「最後の最新型ってのはこれね。どんなに金を払っても、手に入るのはここまでみたい」
そう言ってトリスはもう数枚の写真を見せた。そこに写っていたのは、同じ顔の2人の青年と、2人の女性。ケヴィンはその顔を見て心底驚いた。
「こ、こいつって」
「インガ・エリクソンだね」
「そうだよ、連合軍からフェインに寝返った女! そっくりだ……」
「知り合いの方ですか?」
「ケヴィン君、あんた見たことあんの? これ、男も女もどっちも人形なんだってさ。金持ちがどうしてもって頼み込んだけど売って貰えなかった非売品」
トリスが入手した写真には、フェイン王国でルダの弟子をしているインガ・エリクソンと同じ顔の人形が映っていた。ケヴィンはインガが人形である事を知らないのだ。
「インガは人形だよ」
「えっ?」
「インガ・エリクソンは人形だよ」
「イングスお前、知ってたのか」
「うん」
「うんじゃねえよ、何で言わなかった」
「言えって言われなかった」
「あーっもう!」
「ふむ……なるほど。連合軍ながら喰らおうにも全く食欲が湧かぬ奴だったが、人形だったなら納得だ」
誰もトリスの話を疑いはしない。納得の仕方は違えど、トリスの話の続きを待つ。
「金持ちもさ、情報を血眼で追ってたんだよ。最新は10型で10体作られたって話だったけど、どうもこの写っている型が最新型と思われているものより新しい。8年前のやつで、この後で新しい人形は出てないって話」




