イングスの可能性と絶望の解
オルキ国の相手は、いつの間にか連合軍ではなく神となっていた。もっとも、最初からオルキの野望は神を超える事だったのだが。
1つ言える事は、神はこの世界を捨てていない。
神はイングスと全く同じ姿の人形を移り住んだ先でも使っている。そちらが先だった可能性もなくはないが、少なくともイングスと同じ容姿の人形に未練があるのは確実。
オルキ国の面々はまだ神がオルキ国に干渉してくる前提で対策をする必要がある。
「ねえ、神がちょっと焦っとるように感じるのって、気のせいかな」
「神の力が仮定通り弱まってきているとしたら、焦りはあるだろうさ。今まで出来ていた事が出来なくなっている可能性もある」
「反対に島長は前より少しだけ本当の姿を保てる時間長くなったし」
「……」
「今まで出来ていた事が、出来なくなってる……」
フューサーが何気なく発した言葉で、皆の視線がイングスへと集まる。
「なあ、もしかしてだけど……神はイングスを捨てるつもりはなかったんじゃないかな」
「どういう事?」
「今よりももっと力が弱くなったら、イングスを超える人形は作れなくなるだろ? だから、イングスをわざとこの島に残しておいて、スペアをギャロンで作り始めたとか」
「吾輩を共に残したのは何故だ」
神がイングスをこの島に残した理由が仮にそうだとして、それならば置いて行かなくてもいいはずだ。
連れて行ったとしても人形作りは出来る。実際に今もイングスにそっくりの人形を作れているのだから。
「……気を悪くしたら申し訳ないんやけど、あたしさ、昔言ったよね。今の島長のままじゃ、人間からの崇拝なんて絶対にあり得ないって」
ジョエル連邦から連合軍の戦闘艇がやって来た日。ガーミッドを捕え、ウグイ島でオルキが暴れ回った日。怒りで我を忘れそうになったオルキに対し、ソフィアが発した言葉だ。
「……覚えておる」
「それ、当たっとったんやないかな。あー、悪い意味やなくて、神がそう思って島長を見くびっとったんよ」
「オルキさんを見下していたから、どうせ脅威になどならないと思って残したという事ですか」
「島長が何かするとは思ってなかったのかね」
「人形を操れるのは自分だけと勘違いしたか、国づくりをするとは思っていなかったのかもしれない」
何かを見落としている。誰もが何か分かりかけているのに、言葉が出て来ない。あと何か1つ言葉が出て来たなら、全てが噛み合うような気がするのに、出て来ない。
何かの糸口になればと、オルキは当時の事を思い返しながら
「更に言うならば、貴様は吾輩に人間を愚図でどうしようもない生き物という固定概念を持っているとも言った」
「え、ソフィアさんそんな事言ったんすか」
「その時は島長を止めないけんけ必死やったと!」
集落に注ぐ日差しすら耳を澄ませば音を立てているように聞こえる静寂。衣擦れの音と共に声を発したのはイングスだった。
「僕はオルキのものだよね。僕は神の命令通りに動くのかい」
「……俺の言う事も聞いて動くよな」
「オルキが認めているからね」
「貴様を作ったのは神だ。それでも吾輩が従うなと言えば、従わぬか」
「うん。君も神が作ったんでしょ。人間も神が作ったのだから、僕が何に従うかは神に関係ないでしょ」
イングスは自身の主をオルキとして認識している。神に従う気はなく、神が強制的に操る術を持っていなければこのままだろう。オルキも神に従うつもりはなく、喰い殺す機会があればそうする用意がある。
神に作られた存在であっても、神が無条件に操れるわけではないようだ。
そんなイングスの言葉でケヴィンがハッとし、同時に手を叩く。
「……そっか、やっぱりそうなんだ! 世界が思い通りにいかないって、神が嘆いてんじゃん」
「どういう事?」
「神が作り出したものを操れるなら、神への忠誠心を失って反抗しようなんて思わねえだろ。神はイングスを操れなかったんだ」
「神がイングスを操れなかった……?」
皆がケヴィンの考えに驚いた。神がイングスを操らなかった事は考えても、操れなかったと思った事はなかった。だが、そう考えたなら神がかつてフェイン王国でルダの息子を殺した際の出来事にも説明が付く。
「わざわざ人形を使って伯父さんの息子を殺した訳じゃないんだ。多分、人形にどうしたら信仰心を持たせられるかを実験した中で、興味関心を持つ人形を完成させたら、それが暴走して事件を起こしたんだ」
「ニーマンは?」
「俺を完成させた時にはもう好みが変わっていて、殆ど使う事なく捨てられましたね」
「何に、とは敢えて聞かねえっすけど、ニーマンくんもイングスも、どっちもオルキさんや皆の意見を聞いて動くっすよね。なんで神だけ操れなかったんすか」
「操れなかったというより、信仰心を持たせたかったのではないでしょうか。セイスフランナでも王家の方針に従っていただく事になるのですが、支持していただけるのか、納得して従って下さるのかどうかはとても重要です」
「もっと言えば、人形は従う事が出来るけど、支持するしないという判断が出来ない」
神にとって最も理想的な存在は何か。
それは神を盲目的に支持し、神のために何もかもを捧げ、神のために生きる存在だろう。
「自我を持たせなかったら従うだけで面白くない。だけど自我を持たせると神の意思に反した行動を取り始める。生き物として創り出せば永遠に傍に置く事は出来ないし、人形は操る事しか出来ない。心を持たないから」
「心を持たないって言っちゃうと、なんだか悲しい響きよねー。私は永遠の命よりも生きている実感と喜びを優先したいかなあ」
通りかかりに寄った医者のジャンがそう言いながら室内に入ってきた。扉で仕切っていても、木造で物の少ない建物の中は声が良く響くのだ。
「僕は悲しくないよ。神は人形に心を与えなかったんだから」
「ジャンさん」
「なんか深刻そうな話してんね。もしもーし、リック医師? 交代の時間が来たんですけども?」
「えっ……あっ! もうこんな時間、僕診療所行ってきます!」
リックが慌てて小屋から走り出て行く。ジャンは交代の時間になってもやって来ないリックを呼びに来たらしい。気付けばもう昼の休憩時間に入った時間だ。
「もうこんな時間……私達も仕事に戻らなくちゃ」
「にゃーん」
「チャッキー、あなたは島長の補佐官よ、島長の傍にいなさい」
「にゃんー」
「吾輩は猫を飼うつもりはな……おい、吾輩の頬を舐めるな」
島の生活はのんびりしていて、酪農や畑仕事をする者でも休暇は大切にしている。
人形の手伝いを受けたり、「何でも屋」をしている住民に依頼をかける事で、他所の農家よりずいぶんとゆったりした生活を送れる。
そのおかげで本来なら不人気な職業であっても、この国では自ら手を上げて取り組んでいる。
イングスとニーマンだけでなく、23体もの人形が手に入った事は、オルキ国として幸運だった。
それぞれが仕事に戻り、持ってきた服を配り終えたフューサーが工房の職人と共に残りを両手に抱えて出て行く。今日は休みだというソフィアは、休日返上でアリヤの手伝いをするという。
「ニーマン、午後空いてるか?」
「はい、今朝海が荒れていたせいで、魚の下処理の仕事がなくなってしまいました」
「今は大丈夫そうだけどな。一緒に空港整備に行くか? イングスも行くだろ?」
「はーい」
「勿論喜んで」
「お前喜んだ事ねーだろうが」
「どういう時に喜びの感情を持つのかは学習していますから、適切に判断できたと思います」
「役に立つと判断されて使われるのは良い事だね、きっと喜ぶ必要がある」
「じゃあお前は喜んでるフリくらいしろよ、ニーマンを見習え」
「はーい」
「はーいじゃねえし。別にお前らに心がなくたって、俺達は何も困らないし、イングスの事もニーマンの事も好きなんだけどな」
ケヴィンがイングスとニーマンを引き連れてクニガ島に渡るためへと向かう。そんな姿を見ながら、オルキはふと神がイングスをこの島に残した理由を思い浮かべた。
「……神が捨てた頃のイングスならば、ただ従うだけの存在だった。しかし、イングスは変わらないまでも確実に学習を重ね、適応しようとしている」
そう考えた時、オルキは珍しくハッとした。
「奴はもしや、吾輩を使ってイングスの学習をさせるつもりだったのか。……ああ、きっとそうだ、吾輩がイングスに人間の汚い部分を極力見せぬようにと考える事まで見透かしていたのだ。仮にそのつもりがなかったとしても、今のイングスは神が欲しがる個体に近づいている」




