影響力
「オルキさん、皆さんが帰って来ました」
集会所改め役場となった建物に、笑顔のガーミッドが駆け込んで来た。警備隊である事がすぐに分かる黒い制服は、左胸の位置で赤いラインが交差するシンプルなデザイン。
ただ、右腕に縫い付けられた国章と、背中に大きく描かれたオルキ国のシンボルマークはよく目立っていて、最近は観光客から写真をせがまれる事も増えて来た。
黒い固いフェルト生地の帽子には、黒い木製のつばがついている。ガーミッドはそれを取って型のついた髪を掻き上げながら数名を招き入れた。
「おお、戻ったか!」
「ご心配をおかけしました、なんとか戻って来る事が出来ました」
「あっ、皆さんおかえりなさい! どうでした? 大丈夫でした?」
入って来たのはレノンやギャロンに向かっていた者達だった。すっかりガーミッドの配下となった警備兵人形の数体も連れて来られている。
普段は港に4体、港の集落に3体、首都の警備詰所に4体、その他は各作業補助として働いているのだが。
「戻って来れるかどうか、かなり雲行きが怪しくなっていたので、オルキ国の動きを少しだけ話してしまいました。二重スパイを演じなければならなくて」
「構わぬ、何を話されたとて困る事はない。何かが起きたならそれは貴様の責任ではない、吾輩の責任だ」
オルキが労いの言葉をかけ、ようやく皆が会議室のテーブルに着いた。その場に居合わせた者達も手を止め、同じテーブルに着く。
「ギャロンはやはり人形を複数体所有しています。表向きには機械人形として公表していて、出来栄えについてはイングス君達よりもややぎこちない、よく出来た人型のロボットという感じで」
「ですが、ある時偶然町でイングスさんを見かけたんです。おかしいと思って周囲を見渡しても島長はいないようですし……」
「それがフューサーの持ち帰った写真だな」
「ええ。フューサーさんがレノンの国境警備隊に連絡してくれて、私達はギャロン側から国境の柵の向こうへ円盤投げの要領で板を投げ込み、その裏に手紙をはりつけておきました」
「レノンとの国境で、ギャロン側からレノンへゴミを投げ入れる行為は珍しくないんです」
「それをフューサーから話を聞いた警備隊が拾い、フューサーに渡してくれた、と」
「はい」
イングスのような高性能な人形の存在は、一般市民にまで知られていないのだという。金持ちがこぞって買い求めた機械人形も、それが機械人形である事は分かるような出来だ。
人間と見分けのつかないイングス達のような個体は、軍が国内の偵察のために町を歩かせていたり、開発者との連絡役として使っていた。
「大量に保有している訳ではないのか、あまり情報はありませんでした」
「神についてですが、信仰は私達がギャロンから移り住んだ頃から比べ、敬虔な信者が増えた気がします」
「神による洗脳が始まったか。オルキ国に集まる者は、皆ゼロ神を信仰しておらぬ。フェインでもレノンでも、アイザスやシール諸島でも、神を信仰する者は急減したからな」
「俺がフェインにいた時、村の教会に行く人々は半分くらいでしたよ。それも面倒臭いと言い、断る理由がなく仕方なしと。それに首都で軍隊の指導をしている間に、教会前で1度だけ抗議デモが起きました」
「元々多くはなかった上に、神に明らかな抵抗を見せる人が出始めたって事だね」
「ふむ、神も自らの影響力が薄れている事に気付き、切羽詰まっていたのだろう」
オルキ国の知名度が上がるにつれ、ゼロ神教の信者は目に見えて少なくなった。
最初はフェイン王国だ。
元々少なかったクラクスヴィーク近郊の信者が半分以上信仰を取りやめ、教会は専属の神父を置けない程。首都や小規模集落においても、占領下で信仰の無意味さを感じていたところに、オルキという救世主が来た事で決定打を受けた。
そのオルキこそが神を否定し、神の支配の悪質性を説いたのだから無理もない。
宗教を否定した事で反感もあったが、オルキ教が出来た訳ではなく、しかし神よりもオルキや自国の王を支持した方が現実的だと考える者が格段に増えたとも言える。
神を信じ、どれだけ祈りを捧げようとも、戦争はなくならない。どこかで神への祈りは無駄ではないか、そう感じ始めていた所に現れたオルキの存在は、神の威厳を貶めるには十分だった。
「ギャロンの国内でも、オルキ国の存在を認知している人がチラホラでした。黙っていましたけど、反政府派の者達にとっても救世主扱いされていて、オルキ王と接触出来ないかという話が出ています」
「ギャロンとて全員が戦争に賛成し、積極的に他国を攻めている訳ではない、という事か」
「言論統制がなされていますから、公に反対と言える者はいませんけれど、その通りです」
無名でどこにあるかも分からない小国がフェイン王国を救った。その衝撃が既に交流のあったアイザスにも到達。
レノンでも信者数が2割減ったという分析結果が報道され、慌てた教会が入信可能な年齢を引き下げる事や、今まで信者として洗礼を受けていなかった者への執拗な勧誘を始め社会問題になりつつある。
ギャロンが情報や言論を統制していても、全ての国交を遮断したわけではない。同じ連合軍であり友好国でもあるジョエル連邦がやられた話はすぐに広まった。
「ギャロンは情報を統制し、権威主義的で、言論の統制も行える。そして人口が多く武力や権力をどこよりも欲している。神が潜み操るにはもってこいの国だったのだろう」
「対して、オルキ国側の国って小国ばかりなんだよな。レノンとセイスフランナは抜きとしても」
アイザス、フェイン王国、シール諸島のメインランド、シェルランド、フェアアイル、キュイ。それぞれ人口は30万人、5万人、3万人、2万人、1万5千人、20万人。
世界の国別人口ランキングを付けたなら、122か国中、アイザス75位、キュイ80位。フェイン王国は115位で、シールランド諸国にいたっては、メインランドは117位、シェルランド119位、フェアアイルは121位。ほぼ最下位だ。全人口を足しても、世界15億人のうち誤差とも言える人数にしかならない。
一方、ゼロ神の信者は洗礼を受けている者だけでも公称8億人。オルキの支持者は1%にも程遠い。
「皆はどうして見た事もない神を信じるのかい」
「神がそういう風に仕向けてきたんやない? 信者の信仰が力になるっち言うんやったら、理由なんかどうでもいいけん、無条件に信じるように」
「僅かで誤差とも言える数ですが、戦争のせいで信仰や祈りが無意味だと感じる人は年々増えてきているそうです。信じないとは言っていないけど、信じているとも言えない人は思っているより多いかも」
「俺達も神なんかいねえとか、いるならどうしてこんな世界なんだって思ったもんな。大海原をフューサーと一緒に小舟で彷徨ってた時とか」
「だな。1度嵐が来てさ、小舟が波で1回転したんだよ。必死にケヴィンの手を掴んで小舟にしがみついたんだけど、食料の袋を失って神を恨んだよ。そう言えば俺、ガーデ・オースタンで洗礼受けてたんだわ」
「マジ?」
「マジマジ」
「そう言えばあたしも6歳で教会連れて行かれて洗礼受けた!」
「わ、私も……その、王族は12歳で洗礼を受ける決まりなので。でもこの話題になるまで、かつて信者だった事をすっかり忘れていました」
「私もノウェイコーストで……皆が洗礼を受けるので、それが当たり前になっていました」
「俺もレノンで」
「僕も」
「あー、俺は親とダチ以外は信じてなかったっすね」
オルキ国の中にも、かつて信者だった者、とりあえず親に連れて行かれて洗礼を受けた者が多い。
けれど、信者と言われている中でもフューサーやソフィアのように今はもう信じていない者が含まれる。
「神の力になり得る敬虔な信者って、実は5億人もいないんじゃねえかな」
「君達は、オルキと出会った事で信者をやめた訳ではないのかい」
「あたしは魔女扱いされ始めた時点で、もう神様なんか信じるの止めてたけんね」
「俺らもこの島に辿り着く前だったな」
神の力は思ったよりも弱まっており、神は危機感からギャロンに潜り込んだ。皆がそう考え、どう攻略するか、神がどう出るかを考える。
「ギャロンの人口は世界1位、1億5000万人もいる。連合国を合わせたら3億人くらいか」
「全人口に占める神の影響力の最低ライン……それがそのくらいの人数なのかも」




