世界に出るための準備
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警備兵代わりの人形達23体も加わり、首都も港町も随分と「人数」が増えたように見えるオルキ国。
寒さは少しずつ和らぎ始め、朝を迎える度に日の出の時間が早くなっている事を感じる季節になった。
昼間がたったの6時間もない冬を超え、いつの間にか7時過ぎには水平線が輝き、18時頃まで十分な日照時間を与えて去っていく。
高緯度にあるせいで気温はそこまで上がらないものの、真冬の恰好をした国民は随分減ったように見える。
「ヒト、餌だよ」
今日もイングスはヒトの餌やりを欠かさず、掃除も丁寧に行って国立動物園を後にする。
以前と違うのはたまごがないかと探すのをやめた事だけだ。
「オルキ、僕がおはよう。君もおはよう」
「ああ、おはよう。ヒトは従順になったか」
「うん」
「そうか。食えもせぬというのに飯を食わせ命を繋いでやらねばならぬとは納得できぬ部分もあるが」
「でもヒトを展示してからしばらく犯罪者はいないね」
「見せしめには役立っておるのだろうよ。レノンでは盗みは件数にして1秒に1件、1日に少なくとも3件は殺人事件が起きているそうだからな。割合で言えばオルキ国も盗みくらいは1日に1件起きそうだというのに」
観光客を受け入れるようになり、島はオルキ国民のように命に代えても正しく生きると誓った者だけではなくなった。それでも犯罪件数は0。
オルキ国の刑罰の厳しさ、そして犯罪の結果どんな人生が待っているか見せつけられている事で、ポイ捨ての1つも起きていない。
ある意味では恐怖政治、しかし正しく生きる者にとっては楽園この上ない。
そんな異様で平和なオルキ国にとって、待ち望んだ季節がやってきた。別に春を待ち焦がれていた訳ではない。
いよいよ2週間後には国際会議という時期になったのだ。
オルキ達は来週の定期便でレノンへと渡り、便宜上レノンの正体を受けて出席する形となる。
国際会議で正式な国家としての承認を得なければ、国交を結んでいない国への立ち入りが出来ないからだ。
オルキ国民は現在、二重国籍状態。オルキ国が認められるまでは、母国の籍を置いたままで各国へ行くしかない。
「島長、国家承認を求める書類、受付した旨の返信がありました」
「そうか。7か国との国交を樹立し、会議前にはセイスフランナとも国交を結ぶことになる。何も問題はないはずだ」
アリヤとフューサーがアイザスやレノンで申請資料の作成方法を教わり、不備がないかのチェックも済ませている。国際会議で5か国以上が承認すると宣言してくれたなら、国際的な権利を持った国家の誕生だ。
「オルキさーん! ちょっと来て下さーい! イングスくんも、フューサーさんが呼んでいますよ!」
先週完成したばかりの首都内「幹線道路」を小走りに駆けてきたのはアリヤだ。
締固め機を導入した事で、とうとうオルキ国は港、港の集落、そこから首都までの距離を結ぶアスファルト舗装の道を手に入れた。
来週からは対岸へと運び、いよいよ本格的な空港建設の始まりとなる。
オルキとイングスが住む家の前は、まだ砂利と土が混ざった未舗装の道路。路地に入ればどこでもそうだ。ただ機械駆動車が通れる程度の幅は保たれている。
国際会議で知名度を上げたなら、移住希望者も増えるだろう。その日のために首都南西の高台の整備が始まり、土地を販売するための区画も割り振った。
もちろん、島の1等地はシルトンホテルのために確保されている。もうじきトリスが何らかの報告を携えて来るはずだ。
フェアアイルの重機、メインランドの耕耘機、必要な部分にだけ機械を導入し、少ない人数でも未開で何もない島とは言わせない環境が整いつつある。もう何も不自由する時期は脱した。
近代化や重工業や最新技術ではなく、自然環境に抗う事ない島に合う生活を送れる。刺さる人にはとびきり深く突き刺さる、そんな島になった。
ザッザッと砂利を踏みしめるイングスの足音がフューサーの作業小屋の手前で止まった。
中はガヤガヤと騒がしく、既に何人かが集まっている事が分かる。
「僕が来た」
「イングスくん! 島長もこちらへ」
「ほう、新しく服を揃えたか」
「以前作ったオルキ国の正装も悪くはねえけど、会議や厳かな場に着ていく恰好じゃなかったからさ」
「どう? 似合う? あたしとアリヤと、あともう5人くらい作ってもらったんよ」
アリヤとソフィアが揃ってくるりと回った。以前の衣装と違い、今度は黒を基調とした長袖のワンピースになった。丈の短いベストには大きな白い薔薇飾り。ポンチョと見間違える程大きな白いストールにはオルキ国の国旗と同じ青十字が映える。
スカートの丈はふくらはぎ程度まで短くなり、ブラウンのロングブーツが見えるようになった。
腰の高い位置で撒かれた帯はオルキ国の大地を表す緑とこげ茶のチェック柄で、帯留めはそのシンボルマークだ。
「男はこれ。以前は舐められちゃいけないと思って軍服っぽさも出したけど、男女で全くつり合い獲れてなかったから、基本的なデザインは揃えたんだ」
軍服そのままだったジャケットは腕部分を取り去ってベストになり、赤や黄色の線はイングスと同じ白い線のデザインに統一された。
ストールは女性と違って腰に巻きつけるようにし、その留め具は男女共用のオルキ国シンボルマークだ。
「統一感が出た気がしますね。いかがでしょう、オルキさん」
ガーミッドが恥ずかしそうに眉尻を下げながらも胸を張る。隣にいるケヴィンや医者のリック、アドバンなど平均的な身長の者が並ぶ中、国民の中で1番背が高く体も鍛えられたガーミッドが着れば威圧感がある。
フューサーもかなり背が高いがガーミッドよりは細身なのか、スタイルの良さが際立って衣装の宣伝には持ってこいだ。
「イングスも着てくれよ。島長も」
「魔獣は服など着ないものだ。飼い慣らされペットに成り下がった奴らと一緒にするな」
「魔獣としてはそうかもしれない。でもさ、島長は国王なんだ。見ただけでどこかの国王だと分かる恰好をして貰わないと。それが人間を相手にするのなら、当たり前の姿じゃ駄目なんだ」
「……」
服を着るのは文明と知性の現れだと力説され、オルキは渋々従う事にした。
赤い首輪を見た時には憤慨したものの、黒地に白十字のベストと頭に乗せクリップで止める金色の王冠を合わせてやれば、なかなか可愛らしくも凛々しい姿になった。
「このボタンとやらは吾輩の前足で外せぬのか」
「脱ぐ時は誰か手伝うから引っ張ったり噛んだりしないでくれよ」
「むう、慣れんものだの」
「うん、イングスはピッタリだな。イングスは体型が変わんないから、特別に残していた型紙から作ったんだ」
「僕の服は特別なのかい」
「ああ、デザインは皆と一緒だけどな、それはイングス用」
「特別、きっと有難うが似合うね」
イングスは感謝や申し訳なさという感情を持ち合わせていないが、有難うと伝えるべき事をして貰った事は理解した。ニーマンに感化されて以降、イングスは着実に成長している。
ニーマンも体型が変わらないためニーマンのスリ―サイズを測って作られたが、23体の人形まで全てとなると手がかかり過ぎる。特注仕様はイングスとニーマン、そしてオルキとチャッキーのみ。
人間と23体の人形達の分は、おおよそ身長を測って4つのサイズに分け、服屋を営む事になった2人の女にも手を借りながら大急ぎで作られる事になる。
「編み上げのブーツも全員お揃いらしい。靴屋を始めたおっちゃんの手作りだって」
「うっそ、これ既製品じゃないの!? すっごい」
「なんだかワクワクしますね。新しい服や靴ってどうしてこんなに嬉しく幸せな気持ちになるんでしょう」
「そうなって欲しくて作ってるからだよ」
「凄く伝わってきます。有難うございます、フューサーさん」
「直球で感謝されると照れるな……」
服装も決まり、国際会議へ出席する準備は整った。
誰が何をするのか、毎週話し合って決めていた時期を脱し、それぞれ独自の生計を立てて生きるようにもなった。
食料品店も、農業も畜産も、建設業者も料理店も、学校も病院も、輸入代理店も、服屋、靴かばん、金物店、港湾係に警察まで一通りの職種が揃い、国として最低限の機能も揃った。
そんなオルキ国として、堂々と胸を張って着こなせる勝負服に皆から笑みが零れる。
アリヤの感謝に照れるフューサーの隣では、ケヴィンがイングスに編み上げの紐の通し方を教え、最後に結び方を伝授するところだった。




