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【オルキ国】ー神に捨てられた人形と魔獣の孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
神に迫る異端者へ

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Chit-Chat-06 イングスとたまご



* * * * * * * * *





 夜間の霧が芝に雨露を与え、島を隠す事に飽きたように東の海へと消えていく。

 春待つ島の夜明けは7時になっても訪れない。そんな中でも島民は当たり前のように目覚め、今日も人々の営みを始める。


 オルキ諸島には、人々以外にもそれに準じた存在が暮らしている。例えば人形だ。

 人形イングスの1日は、「ヒトの餌やり」で始まる。


「ヒト、餌の時間だよ」


 イングスの何も感情の乗っていない言葉が「囚人(ヒト)」の心によく刺さる。イングスは「動物の世話」をしているつもりであり、他意はない。


 餌を与え、水を替え、寝床を綺麗にしてやり、時には体を洗わせて運動させる。

 こう表現すればとても甲斐甲斐しく世話をしているように聞こえるかもしれない。


 だが相手に一切の拒否権がないのがオルキ国立動物園流。


 勿論、いくら人権がなくとも、動物愛護が大切なのは言うまでもない。

 仮にイングスが人間だったなら、この動物園の「ヒト展示」は「ふれあい動物園」程度の温かみがあっただろうか。


「……」


「……」


「……」


 イングスは餌を与えたらヒトが食べるまで諦めない。口を無理矢理開けてでもパンを押し込み、水を替えたなら飲むまで口元に器を押し付け続ける。


「後で食う」


「畜生が人の言葉を喋ってはいけないよ。動物は人の言葉を喋らないものだからね」


「そんな事、てめえに関係ないだろ」


「君が決める事ではないよ」


 イングスに何を言おうが、納得させるのは無理だ。従うしかない。

 イングス肝入り政策の動物園は、大人気展示の「ヒト」で成り立っている。けれどヒトを甘やかす事はない。


「……分かった、分かったから……おい!」


 イングスは与えたパンに手を伸ばさない「ヒト」の口を無理矢理開けようとする。顎を粉砕されてはたまらないと、ヒトは渋々口を開けた。


 島内のどこにでもいる羊、どこにでもいる馬、どこにでもいる牛、どこにでもいるウサギ。そしてどこにでもいるヒト。

 並べると何もおかしなところがないのに、確実に何かがおかしい。


 そんな異様な刑務所兼動物園は、他国の刑にも影響を与えつつあった。

 例えば先週は、レノン北東部の自治領であるノバム島の首相が訪れた。


 犯罪を抑止するには、犯罪がどれだけ悪い事かを説いても意味がない。道徳心がない者にいくら訴えた所で響くわけがないのだから、犯罪で自らにどれ程悲惨な結果が待っているのかを見せるしかない。

 少なくとも檻に入れられるだけでなく、人権を奪われ公衆の面前に晒され「ヒト」として展示されるとなれば、どんな悪人も思いとどまるに違いない。


 ノバム島の首相はそんなオルキ国の慈悲の欠片もない刑罰に感銘を受けたとして、刑務所を24時間囚人見学可能な施設に変えたいそうだ。

 しかし、厳罰こそ正義と自信を持って宣言していた首相も、さすがに「ヒトの餌やり」は衝撃だったよう。見学は可能だが、他は通常の刑務所と変わらない運営にしたいと言って軌道修正したらしい。


 イングスはいつもヒトの餌やりの後、ヒトを運動場に移動させてその間に檻の中を掃除する。

 ロニー・ガーターだったヒトとフアン・ルイス・マシアス・ガルシアだったヒトを強制的に運動スペースに放り込んだなら、今日は週に2回の寝具交換だ。


 それはお世話の一環だが、イングスは少しだけ何かを勘違いしていた。


「にやあん」


「チャッキー。今日もたまごがなかったよ」


 誰にも尋ねられないから誰にも言っていないが、イングスは巣の掃除をしているとたまごを手に入れられると学習していた。それはニワトリの小屋掃除の際に必ずたまごが見つかる経験のせい。

 したがって、イングスは人間が哺乳類であるかどうかで判断せずに、巣の掃除をしたらたまごが手に入るという方程式を採用したようだ。


 いや、それ以前にロニーもフアンもオスなのだが。


 朝7時からの餌やり、水替え、寝床掃除。終わる頃には8時過ぎだ。次に訪れるのは12時頃。

 それはイングスであったり、別の誰かだったりする。

 いずれにしても開園の札に掛け替えたなら、イングスは道路整備の仕事に向かわなければならない。


≪ようこそ、おはようございました≫

≪どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません≫


 という謎の看板を設置したイングスは、ヒトの鳴き声など気にもせずその場を後にする。


 10時まではおはよう、10時からはこんにちは。イングスはそれをきっちり線引きして挨拶する。10時で変えると学んだのだから、9時59分はおはようで、10時1分はこんにちはだ。


 しかし、イングスは8時過ぎに離れた後、12時まで戻って来る事がない。

 そうなると、看板におはようございますと書いてしまえば12時までずっとそのまま。

 前もってこんにちはと書いてしまえば、9時に来た客にこんにちはと言う事になる。


 そんな悩みを解決するのが「おはようございました」である。

 これなら早く来た客にこんにちはと言ってしまう事がなく、遅く来た客にはおはようございますを現在進行形で言わなくて良い。

 イングスなりに考えた結果のトンデモ挨拶の誕生だ。


「おはようございましたって何だよ、そりゃイングスが自分で考えた結果だから尊重するけどさ」


「有難う」


「褒めた訳じゃねえんだけど。つか、朝の当番は他の奴に任せてもいいんじゃないか? 島にいる時は必ず朝の当番やってるだろ」


「任せていいか悪いかは僕には分からないよ」


「任せていいんだよ。イングスは余暇を楽しむって発想ねえから仕方ないんだろうけどさ。夜中に明かりの下で本を読んで知識を得たりするだろ」


「うん」


「朝そうやって過ごして知識を増やす事に時間を使ったらどうだ」


 イングスはよく本を読む。何もしない時間、ずっと身じろぎ1つせずに座っている、もしくは寝転がっている状態より、何かをしている方が好きらしい。それでも、イングスはヒトの世話を優先してきた。


「にやあん、にやー」


「ヒトのたまごを見つけなくちゃ」


「……は?」


「ヒトの巣を掃除したら、たまごが手に入るでしょ」


「何言ってんだ?」


「ヒトのたまごだよ」


 イングスは当然のように言うが、もちろん全く意味が分からない。しばらく会話をしているうち、ケヴィンはようやくイングスが勘違いをしている事を把握した。


「人間はたまごを産まないだろうが」


「そうだね」


「じゃああいつらだってたまごは産まねえだろ」


「どうして」


「どうしてって」


「人間とヒトは違うでしょ」


「それは、考え方の問題で……つか、どっちも男じゃねえか。男は子供もたまごも産まねえの」


「たまご、手に入らないのか。巣を掃除したならたまごが手に入ると思ってた」


「ニワトリだって雌が産んでるんだよ。つか、巣を掃除するからたまごが発生するんじゃなくて、雌がたまごを産んだ後に掃除しただけだよ」


「じゃあヒトの……」


「女の囚人でも一緒、生物学的には人間」


 イングスの盛大な勘違いは解消され、ケヴィンはこれから仕事だというのにもう疲れを見せている。

 イングスははるか遠くに見える集落を見つめ、爽やかで何を考えているかよく分からないいつもの表情を浮かべた。


「ケヴィン、子供は医者のたまご」


「ん? 医者のたまご……いや、えっと」


「ジャンが言った。勉強が好きな子供は医者のたまごって。人間なのにどうしてたまご? 子供はまだ生まれた事がないのかな」


「……なあ、知識の勉強の事は、ソフィアかリックさんか、フューサーに習おうぜ」


「イングス、ケヴィン」


「あっ、島長! ちょうどいいところに」


 港に停めている締固め機とアスファルトを敷くためのダンプカーを取りに行く途中、オルキが反対方向から向かってきた。


「何だ、何があった」


 ケヴィンはオルキにイングスとの会話を伝え、良案を求める。オルキは「何だそんな事か」とため息をつき、イングスの肩に飛び乗った。


「人間はたまごを食う。人間は人間を食わぬ。よって人間はたまごを産まぬ」


「にゃんー」


「そうなんだね」


「何だその三段論法」


 もしかすると、オルキも何かを勘違いしているのではないか。

 ケヴィンは不安に駆られながらもそれ以上追及することなく、自身の気持ちを殻に閉じ込めダンプカーに乗り込んだ。

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