フェインに風吹く時
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オルキ達がクラクスヴィークから首都へ戻った時、フェイン国王は首都近郊にあるヴェルバスタズル地区の祭事に出席していた。
海に浮かぶ小さな島特有の低く厚い雲も、この日は珍しく遠くの海に見えるばかり。
ヴェルバスタズルは首都があるストーレ島で最も古くからある集落だ。1200年前にユラン大陸の圧政から逃れるため海に出た人々が最初に辿り着いた地とされている。
フェイン諸島は強い海風と緯度の割に低い気温が木々の成長を妨げ、オルキ国のように木々のない草原が広がる場所が多い。
農耕に適した土地は限られ、移民達は当時食料として持ち込んだ野菜や果物を土に植えたという。
その中で最も早く芽を出したのがりんごだった。
集落ではりんごの木を繁栄の象徴とし、以来10年に1度、芝の草原にりんごの苗を植えている。
りんごの木は石垣に守られ、今は付近一帯がりんごの森だ。
「あれだよ、俺もこの国に暮らしていた時に1度植樹を見学した事がある」
その祝祭も佳境となった頃、ケヴィンに案内された一行が会場に現れた事で、どよめきと歓声が湧き上がった。
「おい、おい!」
「あの少年の肩に乗ってるって事は……猫の王様! どこだっけ」
「オルキ国よ。あの人ってさあ、占領軍を追い返した時に演説してた人だよね!」
「あ、ホントだ! 首都のすぐ南のエーギル区出身らしい、最近エーギルが賑わってるだろ」
「何て言ってたっけ、あー……クラクスヴィーク! 私あの子の顔好きなんだけど!」
祭事はおおよそ終わっており、フェイン王は集まった国民に手を振り挨拶をしていた。会場の盛り上がり方が変わった事でフェイン王もオルキ達に気付く。
傍にいた近衛兵が耳打ちをすると、フェイン王は微笑みを崩さないまま歩み寄る。
「オルキ王、よくお越し下さいました」
「レノンから連絡を入れて貰ったが、突然の訪問となり非礼を詫びる。すっかり威厳を取り戻し、良き王として慕われているようだ」
「国を明け渡した頼りない王から、やっと脱却したところです。数か月でしたがニーマン・フェルスク氏を派遣して下さったおかげで、我が国の防衛軍の戦力も士気も上がっておりますよ」
「それは良かった。緊急事態が故、急ぎ頼みたい事がある」
突然始まった会談に、帰り始めていた見物客も大慌てで戻って来た。
一度占領され、苦しい日々を送った記憶は持ちながらも、フェイン国民は基本的にのんびり屋だ。
魔獣だと頭では分かっていつつも、「猫が王様をやっている」という稀有な事態に好奇心が勝ってしまう。
おまけに傍にいるのは見た目好青年な人形。ケヴィンも今や有名人で、フェイン国王、猫、人形、オッドアイの元フェイン人の組み合わせで絵画が描かれたり、土産物屋に置物が並んだり、記念切手が発行されたりと友好ムードも忙し過ぎるくらいだ。
「……これ、僕なのかな」
「そ、そうみたいだな。なんだか恥ずかしいっつうか」
民衆の中の1人が手を伸ばし、イングスの手に土産物の「イングス人形」を握らせた。当然、付近にはオルキ人形を鞄に付けた者や、ケヴィンにケヴィン人形を見せる者もいて、かなり浸透しているようだ。
本来は観光客向けのはずだが、長閑でイベントに飢えた国民は1つの事にたちまち熱狂してしまう。
「人形の人形……僕の人形なのかな、それとも人形の僕」
「イングスが先だから、イングスの人形だよ。みんな、イングスの事を気に入っているって事さ。有難うって言っとけ」
「有難う」
人口が国で2番目に多いクラクスヴィークでの反応に比べ、首都の者達の熱気は凄まじい。オルキ達は大歓迎を受けながらも、のんびりとしたクラクスヴィークの方が性に合っていると感じていた。
オルキ達が普段人の少ない場所で暮らしている事は、フェイン王も知っている。人の多さに圧倒されつつある1匹と1人と1体を見かねて、フェイン王は機械駆動車を手で指し示す。
「オルキ王、場所を移しましょうか。この後の予定はまだ少し時間がありますから、王府まで」
それは出来る限りのもてなしをしたいという気持ちからのもので、オルキ達を乗せる座席もある。歓待の宴は辞退すると伝えていたから用意などはしていないとして、落ち着いた場で話せた方が良いに越した事はない。
けれど、オルキはのんびりと国を離れていられないと思っていた。すぐに人形達をオルキ国へ送る手配をし、自身はまたレノンの戦闘機を頼って帰るつもりでいる。
「いや、少々人数が多いのでな、この場で良い。ちょうど民も大勢見守っている」
「何か、我々に関係する事があったのでしょうか」
「ああ、その通り。そなた、クラクスヴィークの伝説を知っておるか」
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「まさかこの全員がその人形とは……伝説については国王として把握しておりましたが」
「吾輩も想定外ではあった。気付いたのはイングスなのだよ」
フェイン国王は伝説の真相と目の前に「ある」23体の人形に、しばらく驚きで何も言えずにいた。
しかしニーマンの存在は軍隊の強化政策の時から既に国内で知られており、イングスの存在も疑う余地はない。自分で動ける人形が他にあってもおかしくない事は認識できていた。
ただ、神が何かを企てているのなら、この国に動く状態の人形がある事は非常にまずい。
そう考えたフェイン王は率直な不安をオルキに語る。
「神が捨てたのか、わざとこの国に隠したのか。どちらにせよ神の意思が及ぶものが国内にある状態は避けたいと考えています。この話、民衆に聞かせていいのですか」
「問題ない。密偵がいた所で今からどうにかなる話ではないからな。陛下、その人形の方々がこの国にあると分かれば、神はこの地へ関与を始めるかもしれませんね」
「23体もいたなら、この国を滅ぼし別の国を作るのも容易だろう。我々を救い出してくれた時のイングス君とニーマン君の服についた無数の銃創を忘れてはいない」
銃ごときでは効かない。爆弾か、人形同士で壊し合うか。戦力として頼もしい一方、神に抗える戦力は持っていない。一方のオルキは魔獣であり、この世界で唯一神に抗える。
オルキが世界を支配し人間を奴隷のように扱き使うのなら、いずれ脅威にはなる。それでもオルキを信じるしかない。
人間よりも魔獣が所有していた方が世界の可能性が広がるとなれば、フェイン王国に置く意味もない。
「23体の人形すべてを、我が国の船で送り届けましょう。その間、おとなしくしているよう指示していただけませんか」
「感謝する。礼にオルキ国の特産品をどっさりと持ってくるべきだったが、またの機会で良いだろうか」
「国を解放して下さった事への礼には到底足りないものです。最近は連合軍の戦艦を見かける事も少なくなりました」
オルキ国を敵に回す際、無関係な他国を攻めてオルキ国の反撃を受けるのは全くもっての損失だ。オルキ国は何も痛むことなく、自分達が疲弊するだけ。
おまけに毎回戦艦が何隻も沈没し、数百人が死亡し、優秀で心清き者をオルキ国に送り渡す結果となる。いい加減連合軍も学習したようだ。
「オルキ陛下、フェイン王国はオルキ陛下を支持します。信仰の自由を止める事は出来ませんが、この国は今、ようやく目覚め始めました」
「恥ずかしながら神の悪行も半信半疑だった我々もまた、明確にゼロ神信仰を止め、自然や他人の存在そのものに感謝し生きる道を歩み始めた所なのです。オルキ国の同盟国として恥じない国を目指して」
「フェインって、日曜日には結構な人数が教会に集まって礼拝と聖書の朗読会やってたんだぜ」
「クラクスヴィーク近隣では、もう10%もいないと聞きますね。首都でもこの数か月で明らかに教会に集まる人々が減りました」
「半分にも満たないのではないか」
「ええ、そうですね。何せ小さな国です。噂話が広まるのは早いですから」
庶民との交流を欠かさない王家ならではのエピソードだ。今はオルキ国の名も浸透し始め、連合軍に対抗できる国の同盟国だという安心感からか、人の往来も戻り始めた。
「オルキ王。悪い事を悪いというだけでなく、正せる力を持ち、また発揮できるあなたはきっと、人々が望み、願い、求めていたそのものでしょう」
「フン、当然だ」
「オルキは正しい魔獣。君達は正しい人間。僕は正しい人形かそうでないか、自分では分からない」
「あなたも、後ろの皆さんも、正しいのですよ」
「そうなんだね」
王妃の言葉に当然だと鼻を鳴らして澄ますオルキ。
だがその尻尾の先を小刻みに震わせていては、心の中がバレバレだった。




