期待
ハルカとエヴェリンの喧嘩(?)らしきものの一部始終を見ていたハヤトは少し呆れたような顔でそれを見ていた。
もはやあれは喧嘩じゃない。
殺し合いの一歩手前だ。
一体何やっているんだか。
もう少し周りに気遣え。
そんな彼の許にかき氷を態々取りに行ったミリアが戻ってきた。
「家の家族って色々おかしいよね?」
再びハヤトの前の席に腰を下ろしたミリアの発言にハヤトは同意するように声を漏らした。
「まあ、そうだな」
「だよね!?お父さんは価値観とか考え方とか今思えば異質だったし、そんな人を愛したお母さんもお母さんだし、ソフィアは無学無職の引き篭もりだけど姉弟の中じゃあ一番勉強できるし、ハルカは身体能力が異常で化け物級だし、エリーは日本の裏社会の一大組織を牛耳っているんでしょ?」
「お前は芸能界で活躍、と」
ちょっと前にハヤトが思ったことをミリアも自分を棚に上げながらも感じていたらしい。確かに色濃い家族だ。というかそもそも人間ではない人工実存が家族にいる時点で世界唯一だろう。しかしさっきのミリアの発言を踏まえるとエレナとハヤトは比較的普通な気がする。
まあ、科学魔法を使えることを考えれば浜崎家は全員異質な集団なのだろうか?
「でも、実はエレナもエレナで凄いモテるらしいよ?」
「え?」
「What a surprise!前のホワイトデーで特に送ってもない男子からチョコを結構貰ったとか言ってるの聞いて驚いたよ。いわゆる学園のマドンナなのかなぁ?モテモテだねぇ?」
「そ、そうだな……」
エレナも普通ではなかったようだ。まあ、よくよく考えてみれば彼女は容姿も良いし、あの白銀の髪は周りの注目を集めるには充分すぎるほどに美しい。身だしなみにも力を入れていて、その笑顔はとても眩しい。
けれどそれでいて家族とか仲のいい友達以外には猫を被っているようで、エレナから聞く学校生活や友人関係は家での彼女を見ているとギャップを感じる。家ではどちらかと言うと実は甘えん坊だったり面倒くさがりだったりするのだが、いざ外に出るとしっかり者の雰囲気を纏って周りの空気に合わせている感が否めない。
そういう主張しすぎず、誰とも当たり障りのない関係を構築できることは本当に凄いことだと思う。恐らく彼女がモテるのも、どこか本心を見せないところがミステリアスに見えて魅力を周りの人間に感じさせているからかもしれない。
なぜだろう。
なんだか複雑だ。
「そういえばさ、エレナを見なかったか?」
「エレナ?」
ハヤトはエレナのことが話題に出て先程の彼女を思い出していた。
彼女はどこか体調が優れ無さそうだった――少なくともハヤトはそう思っている――から心配して彼女の居場所を聞いたのだ。本当にダメそうならお見舞いに行かないといけないし。
もしかしてホテルに戻ったのかな?
「エレナならあそこじゃない?さっき見たよ?」
しかしそう応えてミリアが指差したのは海の家のレジ近くだった。いつの間にかここに戻って来ていたようだ。ここに戻ってきたということはそこまで体調が悪いわけでもないのだろう。
それでも、少し心配になる自分がいた。
「ありがとう。ちょっと行ってくる」
そうしてハヤトは席を立ち、歩き出した。しかしその背中にミリアが声を掛ける。
「ねえ、ハヤト」
「なに?」
足を止めて振り返れば、どこか真剣そうな表情でミリアは問いかけてきた。後から思えば本当に意味が分からないことを。
「ハヤトは、男の子だよね?」
「は?」
いきなりなんだ?
なんでそんなことを聞くんだ?
なにか謎掛けでもされてる?
いや、そんな風にも見えないな。
「なに言ってんだ?当たり前だろ?」
「そっか。よかった」
「?」
ハヤトは訝しげに眉を寄せ、首を傾げた。なぜかミリアは優しげな笑みを浮かべていてどこか安心したようだった。その表情から何を読み取って良いのか分からず、再度首を傾げながらハヤトはその場を去ったのだった。
その後ろ姿を見送り、ミリアはやはり優しげな笑みを浮かべて口を開いた。真っ青に染まる空を頬杖を突きながら見上げて何かを思い出すように。そして祝福を送るかのように。
「本当に良かったね。エレナ」
その言葉は海風に掻き消されていった。
†
海の家。そこで喉が乾いたエレナは冷蔵ショーケースから麦茶のペットボトルを手にするとレジに持っていった。それはひんやり冷えていてこの日射しの下では心地好い。流石に真夏の炎天下を歩いたせいで身体が脱水症状になりかけていた。本当に喉がカラカラだ。
「120円になります。……はい。ありがとうございました」
そうして購入した麦茶を店員から受け取った時だった。エレナの許に一つの重い足音が近づいてきたのは。
「ねえねえ君。もしかして一人?」
そちらに目を向ければ明らかにチャラそうな青年がいた。暇なのかいつも海にいるに違いないと思わせるほどに肌は焼けて浅黒い。完全なアウトドア系の人間だった。ピアスを沢山着けていて見ているだけで炎症が起きないか心配になる。
これは所謂ナンパと言うやつだろう。顔は比較的整っているもののその下品な笑みが全てを台無しにしていた。全く興味が湧かないし、正直避けたい分類の人間である。
エレナは彼女の容姿故にたまにこういうこともあって、こういう場面によく遭遇してきた。だから既に慣れてしまっていて、あまり焦ることもなく冷静に対応し、冷たい目を向けた。他の言い方をすれば侮蔑する目だった。
全身で、周りの人間たちが共感を抱くような、迷惑そうな雰囲気を醸し出して。
「いえ、一人じゃありません」
「そうかそうか。でもさ、俺と遊ばない?」
背は絶対に向けない。どんな生物でも背を向けることは自分の負けを意味する。弱気なところを見せれば相手に付け入る隙を見せることになるのだ。エレナの経験則的にそんなイメージがある。
少しでも引いた方が負け。
しかし奴はしつこかった。
「その強気な目いいねぇ。ね、少しだけだからさ」
「結構です」
しかし暫くしてもその青年は諦めようとしなかった。それが苛立しくて嫌悪感が半端ない。
ほんと何なんだろう、このナンパ野郎は。
こんなに諦めが悪いのはきっとそういうことしか知らない可哀想なやつなんだろう。
少しくらい少女漫画でも読ませれば如何に悪役的なことをしているか理解できるだろうに。
もはや哀れとしか言いようがない。
ナンパをするなら嫌われないことが一番大事だと言うのに。
と、内心イライラが最高潮に高まっていたエレナであった。
「強情だな。少し暗いいいじゃんか。ね、ちょっとだけだから」
「結構です」
「いいとこ連れて行ってやるからさ。時間とらせないし」
いい加減にすればいいのに。
こんなに嫌悪感を纏った雰囲気を出しているのに理解できていないのだろうか?
そしていい加減我慢の限界が近づいてきて、憶えたての科学魔法で気絶でもさせようかとも思った時だった。
「すみませんが、帰ってもらっていいですか?」
急に肩を誰かに掴まれて抱き寄せられる。突然のことに目を丸くするほど驚いたものの、不意に後からそのようなことをしたヒトの姿を認めてエレナの気持ちは一気に和らいだ。
「誰だぁ?テメェ?」
エレナと密着するように抱き寄せたのはハヤトだった。彼は厳しい眼差しで目の前の青年を睨む。
そして言った。
「僕の彼女に手を出さないで貰えますか?皆見ていますし、警察呼びましょうか?」
それを聞いて思考が止まるエレナだった。
「……………………………………………………。!?!!!!!!????!?!?!!!!?!?」
ハヤトが放った発言が想像の遥か斜め上を行っていて、エレナは言葉を失くしていた。顔を真っ赤にして、口をパクパクとした動かせない。彼女の目はハヤトの目を見つめ続けてしまって離れられなかった。心臓が激しく脈を打ち、緊張の汗がじわりと全身に浮いた。
全身が硬直して何がなんだか分からない。聞き間違えかとも思ったがどう思い返そうともハヤトが言った言葉は確かに届いていた。
彼女、と。
それが流石にナンパから自分を助けてくれる尤もらしい理由であることくらい承知している。けれど、今一番驚いたことはそれに動揺して何もできなくなっている自分地震にだった。本当になんでこんなことになっているのか頭が追いつかないのである。
しかし傍目から見ればエレナはハヤトを顔を見つつ惚けているようにしか見えなかった。
そんな二人の様を見てか、その青年はしかめっ面で舌打ちをするとそそくさ引き下がっていった。周りの目とハヤトの警察という言葉に諦めたのだろう。いや、彼女という言葉か。
どちらにしろこの戦いはエレナとハヤトの勝利である。
「ふぅ。あんなの初めて見たぞ。ナンパって本当にあるんだな」
「……っ」
ハヤトの手が離れる。その暖かな温もりが感じられなくなって、それがなぜだか寂しい。急に今度は恥ずかしさとは違う胸の苦しさを覚えた。悲しみに似た何かだ。そして次に溢れたのは不安から一気に安心を覚えたことによる感情の緩みであり、今にも泣きそうな気分になってしまう。
でも、やはりさっきの言葉が頭の中を反響し続けてもうまともな思考ができなかった。暫くの間、言葉を発せないまま口を動かし、そしてやっとエレナはか細い声を出すことに成功する。
「ぁ、ハ、ハヤト……さ、さっきのって……」
「ん?ああ、ごめん。彼女とか言っちゃって。でも、効果的だっただろ?」
「ぅ、ぅん」
なにを意識していてるんだろう。
私たちは家族だ。
ドキドキするなんておかしい!
おかしいのに。
おかしいのに……っ。
なんでこんなに意識しちゃうの!?
「エレナ?」
ハヤトが顔を覗き込んできた。その顔が近くてまたエレナの心臓が跳ねた。ハヤトとしては顔が紅いエレナを心配してのことだったのだが、彼が熱を計るように彼女の額に手を当てて、エレナはもう限界だった。
「ふにゅぅ〜……」
気づけば手足から力が抜けて、エレナはハヤトに抱きとめられていた。
「エ、エレナッ!?きゅ、救急車っ!!」
その後、海の家では一騒ぎあり、救急車までやって来そうになるくらいに大事になったという。それでもこの事態に気づいたミリアが上手く立ち回ってくれたおかげでそこまで大事にはならなかったのだった。
急展開過ぎん――?
本日も本小説をお読みくださりありがとうございます。
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