プロローグ 願望 〜情熱の少女〜
夢は沢山ある。
望むことも沢山ある。
だからあたしの人生は楽しいことを求め続けるものなんだよ。
『とある雑誌のミリアの言葉』より
†
「あたし、芸能人になりたいっ!」
突然の娘の発言に思考が乱され、そして止まる。本当に突然過ぎてどうしてそんな結論に到ったのかさっぱり思い当たらなかった。
ここはCONEDs浜崎研究室。今日は普通に仕事のある日なのだが、ずっとこの部屋が家であったために子供たちは全員ここにいる。まあ、本当のところは結婚した後も資金が足りずに未だ一軒家をローンでさえ購入できていないのが理由なのだが。
兎に角子供が多いから出費がとんでもなく、あと一年くらいはこのマンション暮らしになるだろう。でも早く新しい家を購入したいのも事実である。
ここは流石に手狭だし。
どれくらい狭いかと言えば、既に浜崎代表は廊下で寝ているくらいである。それでも定期的に子供たちが日和の家に行っているから大分緩和されていた。
そんな唐突すぎる発言から自動的に現実逃避を初めてしまった思考をなんとか現実に引き戻し、娘に向き直った。
浜崎代表は声を掛けてきた少女をその視界に収める。伝統的な染め物にあるような菖蒲色の髪と細い銀糸を織り込んで作り出した精巧な手芸細工のような白銀の色彩を持つ少女、ミリアがそこにいた。
目をキラキラ輝かせて。
「ええっと……それはどういう?」
そう問えば彼女は事の顛末を語り始めた。
「いやぁ、もう最近退屈過ぎて色々と考えてたんだけど、芸能人ってすっごい忙しそうじゃん?しかも普通はできないことだってできるし、色んな服が着れるし、エンターテイメントの集大成と言うべきものでしょ?だからあたしもそんな風に過ごしてみたいなぁ、なんてっ!」
「……」
”忙しい”は一般的に負のイメージがあるはずだが、ミリアにとってはとても楽しいことらしい。知ってはいたが、まさかそんなとんでもない世界に行きたいと言うとは思わなかった。
「あのな?有名な芸能人ってごくごく僅かな人しかなれないんだぞ?有名になれないとテレビでやっているような色んなことは出来ないし。しかも精神的に追い込まれることだって色々――」
「めっちゃ楽しそうじゃんっ!」
これは何も知らないからこんなポジティブなのだろうか?それとも本当にそういう波乱万丈な人生を求めているのか?
なんか両方な気がする……。
「というかまず芸能界に入れるかどうかも――」
「いろんなところに行って落ちまくるんでしょ!?そしてあまり売れてないところとか行ってそのまま売れずに細々と生きていくとか?それかすんごい有名になって大女優になったり?人生不安定最高っ!」
「う〜ん……」
浜崎代表はあまりにも予想通りの――彼にとっての――発言に微妙な笑みを浮かべる。これを聞いているとミリアの人生がろくでもないことになりそうで怖い。でも普通に生きて、例えば会社とかに入っても絶対彼女は人生を謳歌できないだろう。もしかしたら数カ月で止めて世界中を駆け回り始めるかもしれない。それこそサバイバルを始める可能性だって捨てきれない。
それを考えれば芸能人という普通は苦しむ業界の中にいた方が確かに彼女にとって楽しく生きられるかもしれない。
だから浜崎代表は少し前向きにこのことを考えてみた。住民票などの提出を求められた時だけは犯罪でもしない限り無理な話だが、そこは動画投稿者とか芸能人に近いことを薦めよう。
「因みにどういう芸能人になりたいんだ?」
「どういう?」
「例えば、アイドルとか、モデルとか、映画女優とか、歌手とか……まあ、そういうの」
「う〜ん。なんでもいいんだけどなぁ……。あ、地下はいやだよ?」
地下が嫌なのはなんとなく理解できるが、具体的な理由がわからないからスルーする。たぶん偏見も含まれての発言だろう。
しかしこれは中々に大変そうだ。
「じゃあ、オーディションを受けてみたらどうだ?誰でも受けられるし、適正とか求めてる人材とかが合えば合格できると思うぞ?」
「そっかぁ。じゃあ、早速行ってくる!」
言うやいなや早足でミリアは疾風のごとく部屋を出ていった。準備も、調べものも一切やらずに向かうなんて非常識にも程があるが、そういう行き当りばったりの時間をも楽しもうとしているようだ。ミリアにとってリスクもセーフティも全て求めるべき人生なのである。まあ、そうなるだろうなぁ、と思いながら魂を設計したのだからこうなることも必然かと思った。
親の同意書とか、学歴はどうするつもりだ?
そんな心配事をしながらもこの時、浜崎代表は流石にこれではどこにも採用されないだろうと思っていた。なので深く考えるのを止めて自分の仕事を再開し、仕事に没頭することにした。
†
そして2週間後。浜崎代表はいつも通りに仕事をしていた。プログラミングを作成して、会社の商品を制作しているのである。分担してやっているものなのだが、とんでもなくプログラムの分量が多い。この2週間ずっと続けている。早く汎用人工知能を完成させて仕事のほとんどを任せたい衝動さえ覚える今日この頃であった。
まあ、これさえ終われば自分がやりたいことに力を注げるから頑張れるわけなのだが。
不意に電話が鳴り響いた。しかし誰も取るような気配はない。ソフィアとミリアはちょうど江ノ島にプチ旅行に行っているし、フィオナは会社帰りの日和と映画を見に行っていて、ハルカはランニングに出かけている。エヴェリンもこっそりと路上ライブに出掛けている。エレナとハヤトと花楓はいるにはいるが今はマンションの中庭で遊んでいるはずだ。
つまり、浜崎代表しか電話を取れるヒトはいないのである。
「はぁ〜……」
浜崎代表は集中を乱されたことにイライラしながら、それでも出ないわけには行かないので受話器を取る。もしかしたら商業相手かもしれないからだ。
「お待たせしました。お電話ありがとうございます。私、株式会社CONEDs研究室の浜崎と申します」
できるだけ明るく対応し、しかし受話器の向こうからは困惑した気配が伝わってきた。
『え?あ、すみません。そちら浜崎ミリアさんのお宅ではないでしょうか?』
「え?ああ……。ええ。そうでもありますが?」
途端に浜崎代表の声が低いものに変わる。
相手は声からして成人の男性だ。そんな人が一体ミリアに何用だというのか。少し嫌な想像をして反撃するための手段――言葉争い――を思わず模索してしまった。もしミリアを困らせるような奴なら問答無用で言葉で追い詰めてやろうと考えたのである。そうでなくとも自分の娘に男がいるだけで許せない。
もし付き合っている男なら、試練を与えてやろう!
私以上の実力を見せなければ認めん!
娘は渡さん!
典型的な反応を示した自分に浜崎代表は呆れつつ、様々な可能性に対応するセリフを整理し始める。
しかしそんな妄想は杞憂だったようで、考えたセリフはどれもボツとなる。
『申し遅れました。私、××プロデュースの中山と申します』
「はい。……××プロデュース、ですか……」
よく知らない名前だったので、プロデュースの名前を音声認識で人工知能に検索させる。この人工知能は電話越しでも不明な情報をすぐさま調べられるように自分のために作ったもの。精度はまあまあだが、それによればこのプロデュースはどうやらまともそうな場所だった。
少なくとも変なところではないらしい。
『先日開催させていただいたオーディションの結果をお電話にてお伝えさせていただきたく、今回お電話させていただきました』
「え?……あっ、そうですか。その件はお世話になりました」
全く聞いていない話だが、相手に合わせることにした。後でミリアに確かめれば分かることだし。
『いえいえ。それで今、ミリアさんはご在宅でしょうか?』
「すみません。今ちょうど出かけていてですね、いつ帰ってくるかもわからないのですよ。夜には帰るとは思うのですけど」
『そうですか』
実際、ミリアが何時に帰るか聞きそびれてしまっていた。ソフィアとミリアのペアだ。なんでもかんでも新しい知識と、刺激的な経験を求めて夜遅くに帰ってくる可能性が高い。いや、下手したら終電逃してホテルに泊まってから帰ってくることだって考えられる。
今から思えば、しっかりと約束しておくべきだった。
不安だ……。
「私はミリアの父なのですけど、伝えることがありましたら伝えましょうか?」
『あっ、そうですか。分かりました。よろしくお願いします』
そしてその結果は無事オーディションに合格したということだった。そしてその打ち合わせの日時も伝えてくる。
正直なところ驚愕以外の何物でもなかったが、表面上は至極冷静に対応した。
『では、ミリアさんにはこれからよろしくお願いしますと、おめでとうございますをお伝え下さい』
「分かりました。わざわざお電話ありがとうございます」
『いえいえ。では、失礼します』
「はい。失礼いたします」
そして通話は終了した。しかし浜崎代表は自分のメモしたものを見やって信じられないものを見ている気がして仕方ない。だって、あんなぶっつけ本番のような勢いで合格してきたのだ。少しミリアの才能を見誤っていたのかもしれない。
†
まさかの3日後、漸く帰ってきた娘たちをカンカンに叱って反省させ、落ち着いてからミリアにオーディションに合格したことを説明した。それを聞いたミリアもキラッキラッした瞳ではしゃぎまわっている。
「やったぁーっ!合格だぁっ!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。流石に下の住民とかに迷惑になりそうだったが、今だけは気にしないことにした。苦情が来たらその時だ。
それでも打ち合わせの日時がもっと早かったらどうするつもりだったのやら……。
まあ、サプライズにした自分も悪いが。
「何かあった?」
ソフィアが浜崎代表に問う。それに彼は事実を淡々と伝えた。
「芸能界のオーディションを受けて、仕事貰ってきた」
「初心者なのに?」
「映画の女優とかはしっかり認められれば一般人でもなれるんだよ。まあ、普通はそんなことないんだが……。あと、僕もミリアが何に合格したか、正直よくわかってない」
「ふ〜ん」
その時、ミリアがこちらに小走りでやってきた。
「お父さんっ!上手くいったよ?結構オーディションって簡単だったんだね?」
「ああ、すごいな!でも、それ、世界中のライバルを怒らせる発言だぞ?」
「こういうのは運なんだから仕方ないよ!で、あたしに運が来たのだぁっ!」
「ふにゅ〜……」
拳を突き上げて満面の笑顔を浮かべるミリアに対し、浜崎代表は微妙な面持ちで変な声を漏らす。だって、こんなことで調子に乗ったら将来もまた調子に乗りそうで怖かった。しかしそれで痛い目にあってもそれを楽しむ彼女の未来像が容易に思い浮かんで、結局何も言えなくなってしまった。
そのメチャクチャな考えを改めさせようか迷ったが、浜崎代表は気にしないことにしてその日はミリアの合格を純真に祝ってあげた。とは言ってもお金がないので全員分のコンビニアイスである。それも箱に入った安いやつ。それでも皆美味しそうにその甘さに舌鼓を打ったのだった。
そして肝心のミリアの仕事だったが、最初の仕事は歩行者Aだったという。やはり世の中そんなに甘くはない。
少女は人生全てを楽しむ――。
本日も本小説をお読みくださりありがとうございます!今回の編は至極平和に進めるつもりなのですが、やっぱり平和が一番だなぁなんて思います。ついに最後の一人が登場しました。いやあ、楽しそうですね。というか楽しいことも辛いこともそれを人生のスパイスとして楽しむ彼女がどこか羨ましいです。そんなポジティブな思考を持てたら人生いろいろ迷走することもなかったような……。
まあ、でも三日も帰って来ないのは流石に心配するからやめて。
というか××プロデュースのヒトも本人に直接伝えないといけない案件だと思うのですが、どうなんでしょう?
今日の解説。というか私が調べた範囲での裏設定です。実のところ人工実存の存在を公表すること無く戸籍やら住民権を手に入れることは法律上不可能です。生まれた時から姿が変わらないとなるとそれこそ難しいです。しかし個人的な相談の上で、交渉し、どうにか丸め込むことさえできればなんとかなるかもしれません。ミリアが芸能界に入る上でもバックアップしてくれるようなヒトを探す必要に迫られる可能性があります。しかし皆さんはここで疑問に思ったはずです。エレナは学校に行っているじゃないか、と。確かに入学通知書などが必要なため戸籍が取れないとそもそも就学すら怪しいです。そこでここで考えてみましょう。なぜ人工実存を浜崎代表は5人も生み出したのでしょうか。いや、言い換えれば5人で目標を達成したと言ってもいいと思います。仮にそうであると仮定すれば、エレナは人間と同じ成長過程を踏んで今の姿となったのかもしれません。ソフィアの時はまだそこまでの技術の投入が不可能で断念したなんてことも想像できますね。しかもハヤトとエレナが生まれた頃には既に浜崎代表と日和は夫婦という関係だったと考えられるので、どうにかごまかすようにして戸籍を入れたのではないでしょうか?出生届に出生証明書が必要な以上、リスクを承知で戸籍上は敢えてハヤトとエレナの誕生日を同じ、つまり双子という扱いにして、家で出産。それを報告したなんてことも。それによって学校にも通えていると。しかしそれでも立ち会う人間が必要でしょうし、エコー写真も出すわけにはいかない。ハヤトがお腹の中にいるとわかった時点で隠れるように出産することを話し合っていたかもしれませんね。下手すれば母子ともに危険な状態になるかもしれないのに。いや、ここまで考えなくても出産に立ち会う医者に頼み込んだり、買収したり、色々手を使えば出生証明書は手に入る?どっちがリスク高いかな?
どちらにしても浜崎代表の会話術が必要になりますし、子供に戸籍を与えてあげられないのは心苦しいです。他の子どもたちにも精一杯の教育や他者との関わりを夫婦で一生懸命身につけさせているのかもしれませんね。もし人工実存でも、人間でないとバレないように戸籍を取れる方法があるのなら教えてくださると嬉しいです。まあ、猫が戸籍を取るのと同じくらい難易度が高そうですが。
でも、ミリアが手にした仕事は、まあ、歩行者Aで妥当でしょうね。これで主役なんか取ってきたら全世界の俳優女優を敵に回しそう。よく知らないけど。
因みにAGIはArtificial General Intelligenceの略語です。私にとって人工知能とはこういうもので、今現在のモノはちょっと違うようにも思っていますが、まあ、それはヒトそれぞれかな?
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