自宅のひと時
ハヤトたちが家に帰ったのは日が傾いてもうほとんど暗くなってからだった。どうしてそんなに遅くなってしまったのかと言うと、色々と救急隊やら警察官たちが押し寄せて怪我がないかと一人ひとり確認されて、その後はマスコミの質問攻めの場所を迂回していたらこんな時間になったのである。ただ途中それでもマイクとカメラを向けられて動転してしまうということもあったが、マスコミに捕まりそうになりつつ全力で振り切った。
もちろん大怪我した姉弟はいなかったので病院に搬送されるような事態にはならなかったのは不幸中の幸いだろう。
因みにその日の生中継のテレビがどの放送局も一時放送不可能になるというなんともおかしな現象が起きたのだが、原因は解明することなく、後々のネットで様々な陰謀論が囁かれることになるのはまた別の話。
そして家に辿り着いたハヤトはリビングでソファーに身体を預けていた。全身の力を抜いて完全に伸び切っている。
「なんか……今日だけで一年分老けた気がする……」
「なにそれ」
少し苦笑気味にエレナが隣に座る。彼女の手には棒アイスが握られていて、食べられる棒は既に半分失くなっていた。浜崎家ではアイスは一日一つという暗黙の了解があるのだが、エレナは明日はなしで今日は2本食べるようだ。
「それにしても……お母さん。怖かったね」
「ああ。あんな母さん久しぶりに見たよ」
ハヤトたちが帰宅した時、玄関で仁王立ちして待ち構えていたのは母だった。しかも鬼の形相で。その叱りようはハヤトもほとんど見かけない、今思い返しても怖くて青ざめてしまう程のものだった。あの冷静で常に落ち着いていたソフィアでさえ動けず、ハルカに到っては涙目になっていたのである。
母が怒るのも仕方ない。今日突然娘が拉致されて、しかもその後ハヤトが学校から一人で飛び出し、離島から帰ってきたソフィアとハルカも合流して共に大桟橋のテロに巻き込まれたのだから心配しない方がおかしいだろう。
しかし母が最も怒っていたのは何の連絡もしなかったことについてだ。もちろん危ないところに飛び込んでいったのも咎められるべきではあったが、それ以上に何も分からないという状況に母は底知れない不安を覚えていたのである。父のこともあって、助長された感情は母を苦しめていた。そして自分の子供たちに何かがあったらと思うと身が引き裂かれる思いだったに違いない。それは母の態度を見てよく伝わってきた。
とても悪いことをしたとハヤトたちは反省している。
けれどその後の母の抱擁はとても強く、優しかった。
「そう言えば、もう大丈夫か?」
上体を起こしてから、ハヤトはエレナを心配するように顔を覗き込んだ。対して、エレナは弱々しい笑みでそれに応じる。
「うん。もう大丈夫だよ。ごめんね。足引っ張ったよね?」
「そんなことない。誰だってあれは怖いよ。僕だって、正直怖かった」
大桟橋でのあの状況で泰然自若としていられるヒトはあれを仕掛けたヒトか、数々の地獄をくぐり抜けてきた猛者以外ありえないだろう。
それにあそこでは命の危険があったのだ。エレナが怖くて当然だ。
しかもエレナには何かトラウマになるようなことがあったらしい。ソフィアがそう言っていたのを憶えている。もしハヤトが彼女の立場だったら、仕方なかったかもしれない。
正直、心の奥底ではハヤトも怖くてソフィアがいなければ行動に移せなかったと思う。
「うん……」
それでもエレナは浮かない顔をしていた。それは何も出来なかった事実は変わらなかったからだ。
エレナはそんな自分に辟易していた。本当なら力になりたかったとも思った。それに攫われてしまったことでも迷惑を掛けてしまったのだ。護身術か、科学魔法の勉強を少しでもやっておけばそんなことも起きなかったはずなのに。だから何もしてこなかった自分に嫌気が差していた。無力な自分が嫌だった。
そうやって顔を下げたまま暗い表情をするエレナを見て、ハヤトは自然と手を伸ばしていた。そして彼女の手の甲の上に自分の手を乗せる。
「え?」
エレナは吃驚したように顔を上げて、その青銀色の瞳を見開かせた。
「何も心配ないよ。僕もエレナもまだ身を守れるだけの力はないんだ。だから、これから一緒に頑張ろう?」
「一緒に……?」
「ああ。もう誰も心配させないくらい強くなって、それで皆も守れるくらい強くなろう。そしてらさ、もう怖いものなんてないだろ?」
そしてハヤトはエレナの手を力強く握り締めた。
「だから、大丈夫だ」
エレナもそのハヤトの真っ直ぐな眼を見て、目を細めた。そしてハヤトの手を握り返す。
「そうだね。ありがと」
どちらからともなく二人は微笑み合い、自然と寄り添った。今は恥ずかしさよりも嬉しさの方が大きかった。こうやって相手の体温を感じていれば、お互いが確かにここにいるという実感が生まれる。決して離れてはおらず、平和な日常に戻ってきたという実感が。いつしか不安は消えてこれから一緒に頑張ろうという気持ちに溢れている。
そんな会話をしていると唐突にどこからか楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「すごいすごいっ!!」
「次行くよぉっ!」
声からして花楓とハルカのようだ。何をやっているのだろう?笑い声やら、喜びから来る悲鳴までもが聞こえてくる。さらに飛び跳ねているのか断続的に振動が天井から伝わってきた。たまに何かが崩れ落ちる音も。
一体、なにやってんだ?
そしてハヤトとエレナはそれを聞いて不思議そうに顔を見合わせ、もう一度声のする方に視線を向けた。
「何やってるのかな?」
「行ってみるか」
ハルカと花楓が騒いでいるのはどうやら2階のエレナの部屋辺りらしい。そこに2人で行ってみることにした。
その途中、少し気になったことがあった。
「家って部屋足りてるのかな?」
そう。エレナ曰く家は9人家族――今は8人だが――だ。家は普通の家と変わりない1軒家2階建ての家でそんな人数が暮らせるものだろうか?
「そうだね。でもギリギリ平気じゃないかな?お父さんのことだから家買う時にそういうのも考えてたはずだし」
確かにエレナが使っている部屋は十分に広いが、それでも3人くらいが限度ではなかろうか?そしてハヤトや花楓の部屋も2人分くらいあるから分担すれば……。
「いやいや、それは流石に」
「ん?どうかしたの?」
「な、何でもないっ!」
変な想像をして焦ってしまった。家が手狭になったら自分の部屋に来るであろう姉弟をエレナとして妄想してしまったのである。少し罪悪感あったが、つい良いかもと思ったのは絶対に秘密だ。知られたら、恥ずかしさで死んでしまう。もしかしたら一生部屋から出れなくなる。
それはとんでもなく恥ずかしい妄想だった。
まあ、母や父の部屋に移るかするだろうからたぶんありえない。
そんな少し紅潮して俯きがちなハヤトをエレナは不思議そうに首を傾げて眺めていた。
二階では――。
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