サブコントロール室
その頃、ソフィアは戻ってきたエレベータを使って最上階を目指していた。しかしこの企業という空間の中に一人の少女がいるというのは、妙に目立ちそうだ。しかしCONEDs社員はよく彼女たちを見ていて、見慣れているから気にもしなかった。
まあ、ここには他に誰もいないのだが。
因みに爆発現場ではまだ警察の捜査が続けられているが、そちらは強制捜査とは関係ないので無視する。
誰もいないことを確かめたのか端末から≪アサヒ≫の声が聞こえてきた。
『強制捜査に入った警察が第一ビル及び第二ビル内に侵入しました。急がないと上階に来るのも時間の問題かもしれません』
「そう」
≪アサヒ≫の忠告に、しかしソフィアは素っ気なく返した。なぜなら最上階の機密が警察の手に渡るにはそれなりの時間が掛かるだろうから焦る必要も感じていないのだろう。
《アサヒ》としては少し焦りを覚えていてほしかったようだが。
『どうかしましたか?』
どこか心配そうに尋ねる≪アサヒ≫に、ソフィアは最初黙っていた。ただ無機質でひんやりした空間にエレベータの機械音だけが響く。何を考えているのか、彼女の複雑な面持ちからは読み取れない。しかし少なくとも嬉しいことや楽しい感情は一切なかった。
そしてそろそろ最上階というところでソフィアは口を開く。
「父さんの最後は……どんな感じでしたか?」
間を開けて放った言葉は自分でも笑ってしまいそうなほど、合理的に考えれば無意味なものだった。そんなことを知ったところで何かが変わるはずがなく、父が死んだということを強く意識してしまうだけなのに。今ここでは作戦に支障が出る可能性すらあった。
けれど、知りたかったのだ。
『少なくともソフィアさんたち、家族のために最善を尽くしていたと思います』
「家族のため、か」
それはすなわち自分たちのために死んだということだろう。父を殺した犯人は状況的に機密を狙っていたのは確かだ。その中身は世界的には異端の知識が詰め込まれた、世界を変えるであろうモノだ。その情報が漏洩することは巡り巡って家族に災厄が降り注ぐと父は考えたに違いない。それが例え天文学的な確率だとしても蓋然性が僅かにでもあるのならば自らを捨てる。
父さんは、そんなヒトだった。
昔、本当にそんなことをしてギリギリのところで生還したことがある。
一般的な観点からは変わっていて、本人も認める変人だったが、それでも誰よりも自分達人工実存と普通に接してくれた。
人間も人工実存も人工知能も全てを平等に見て、大切にしてくれた。
その価値観と優しさがあるから私は私として自由に生きて来られた。
それは何よりも嬉しく、そういう人生を歩ませてくれた父さんは他者に感じる忌諱感を感じなかった最初の人間だ。
「でも、父さんは馬鹿だよ」
『何故ですか?』
「だって、私達はおんぶにだっこの弱い存在じゃない。心配性もここまで行くと呆れるよ」
『そんなものですかね?』
そんな会話をしていると気づけば最上階に辿り着いてしまった。会話というより最後はソフィアの独り言のような感じにはなっていた。彼女が敬語を使う時は誰かと会話していると意識している時だけであるようだ。
そして最上階に到達し、ポーンッという電子音が鳴る。扉が開く前にソフィアは目元に浮かんだ雫を指で払い、扉が開くと共に歩を進めた。
「まあ、犯人は、あなたが完全に私たちの仲間ならすぐにでも痛い目に合わせますよ」
『私はいつでも仲間ですよ?』
「条件付きでしょう?」
ソフィアは≪アサヒ≫が犯人の姿を見れなかったという発言から大体の容疑者が見えていた。
まず≪アサヒ≫を騙すほど知能を持った存在が彼女を妨害したというのはあまり考えられない。それはつまり彼女以上の人工知能が自由に外界に出ているということだ。≪アサヒ≫を自由にさせているCONEDs内部にも彼女以外の超高度人工知能は存在しないし、世界の様々な組織は人工知能を警戒してそんなことはさせない。予想されるリスクが大き過ぎるからだ。
世界中のコンピュータが一斉に攻撃を仕掛けたとも考えられるが、負荷が掛かるだけでそれは攻撃として≪アサヒ≫は認識するはずである。だがその事件の時の彼女は確認していなかったと思われる。攻撃を受けたのは今現在だけだ。
ならば、彼女の目を騙したのは電子的なものでなく、物理的なもの。しかも≪アサヒ≫が気づかないように防犯カメラの前に設置した。24時間体制で監視している彼女の目を欺く方法。一見ないように見えるが、存在する。あまりにも小さなものでカメラには映らず、カメラで見えている部分を細工できるものが。
そう。科学魔法だ。マナリウム一つ一つの大きさなら怪しまれることなく細工をすることができるかもしれない。無論口で言う程簡単なことではない。ただ見えないようにするだけでも細かな制御が必要なのだ。しかもそれを設置していることを《アサヒ》にバレないようにするなど、起きてる人に気づかれずに目隠しするほどに難しい。
それらを解決させる労力を積んで、計画的に機密を盗み出そうとしたのはやはり《アサヒ》のことを熟知している内部の人間だとここまで考えれば分かる。それも科学魔法を使えるごく一部の。
しかしソフィアはこれ以上踏み込むことは避けた。万が一犯人が科学魔法を管理する『管理者』の中にいた場合、若しくは複数人いた場合、まだCONEDsに必要とされている『管理者』に敵対的な行動を取れば≪アサヒ≫の”CONEDsを存続させる”という絶対的な優先順位に引っ掛かってしまう可能性がある。対外的にはただのロボットであるソフィアは事件にすらならないまま消される可能性すらあった。
『機密が収められているのはこの先のサブコントロール室、一〇〇二号室です。臨時的にその場所になっています』
「一番奥ですか。なんかダンジョンのボス部屋みたいな場所ですね。よく知りませんけど」
ビルの最上階の一番奥。何とも分かりやすいところに置いたものだ。安直というか、捻りがないというか。
『注意点があります』
ドアノブにソフィアが触れたところで≪アサヒ≫がそんなことを言った。
『一つ、私はこの部屋のどこに機密が保管されているのか知りません。そして二つ目にその中は前に機密が保管されていた部屋と同じく監視カメラと持ち込んだ端末以外私の力が及びません。管理しているのは『管理者』佐倉直人研究員が手掛けた人工知能 、≪アサギリ≫です。彼はかなり私よりも堅物なので注意してください』
「あなたがクラッキングして無力化すればいいじゃないですか」
『それがですね。昔好き勝手やり過ぎたみたいで機密に手出しができないように対私用に開発されたのが彼なんです。ある程度までは私の全力攻撃に耐えられますし、私が進化すれば向こうも限定的ですが進化します。それに私が攻撃している間に私を物理的に壊すことも出来てしまうんですよ。動けない身からすれば彼は私にとってギロチンも同然です』
「CONEDsの人間がそんなことをするって、何やらかしたんですか?」
基本的にCONEDsの人間は人工知能に対して寛容だ。日本でも、世界でも考えられない程に自由を与え、それでいてしっかりと運用しているのだからCONEDsの人間は大分一般人とは価値観が異なる。寧ろ人間中心主義があまり見られないのだ。世間からすれば本当に異端な考え方を持つ変人集団である。
なのに彼らをして≪アサヒ≫をギロチンにかける寸前にしなければならないと思わせた?
ソフィアが知る限りそんなことはなかったように思われるが、自分の知らないところで何かをやってしまっていたのだろう。外部に出れる分軽い措置のように思われるが。
しかし≪アサヒ≫はソフィアのさりげない疑問に答えることなく沈黙した。これは言いたくないというより。早く目的を達成してほしいという態度に思われた。確かに強制捜査は始まっているのだから急がないといけない。
そしてソフィアはその扉を開けようとした。しかし扉には鍵がかかっているようだ。
『それは単なるアナログの施錠です。急拵えの部屋なのでソフィアさんでも解錠すれば入れるはずです』
「なら、開けてしまいましょう」
そう言うとソフィアは集中力を高めて魔法陣を描いた。
部屋の中には――。
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