人工知能と魂の要素
そしてその先に狭い一本道が続いている。奥行きは10mほどで、幅はなんとかヒトが擦れ違うことが出来るくらいしかなかった。イメージするとすれば海軍の軍艦のように狭い通路だ。
「あれ?」
その通路を歩いているとふとあることに気づいてハヤトは壁に手を当ててみる。それを見てエレナやハルカも壁を見る。
「さっきと材質が違う?」
『おっ、流石ハヤトさん。よく観察してますね。そうです。ここは先程の樹脂壁ではなく、マナリウムを白くなるように組み合わせてあるんです。量は地下一階と二階のほとんどを占めていますね』
「マナリウムって、科学魔法の?」
見た目は先程の樹脂壁と何ら遜色がない。しかしハヤトが気づいたのは、壁がほんのり意識しなければ気づかない程に光っていたからだ。さっきまでは天井からしか光が当たっていなかったのに、今では周り全体が白く淡い光を放っているのである。それで気になって触れてみて、樹脂壁とは感触が違うことが分かった。
しかし≪アサヒ≫の言葉にハヤトは少し驚いていた。
マナリウム。
それは科学魔法の、人間の意識無意識を具現化するために形を生み出すナノマシンである。名前からしてナノと言っているわけだし、一つ一つはごく小さなものに違いないだろう。そしてそれがここの地下を満たしているというのである。一体いくつのマナリウムが存在しているというのか。人間の身体の細胞だけでも諸説あるが約三七兆個あると言われている。なのにそれよりも小さなものがこことこの下に空間を埋める程あると聞けばその数は膨大で想像の遥か上を行くに違いない。
その数を無理に想像してしまい、ハヤトはめまいがすると共に絶対に数えたくないと思った。そんな事態は来ないとは思うが。
『ここは所謂マナリウムの貯蔵庫です。一つ一つのマナリウムの寿命は何もしていなくとも一週間なのでここでは古くなったものを再利用し、共喰いさせ、勝手に増殖をさせて量を保っています。もちろん外部から定期的に原料を投入し、光合成は半日させていますけど』
「うわー……」
「え、えげつない……」
ここにあるマナリウム全てが共食いして数を維持しているなんて、怖すぎる。生き物かは分からないが、生き物だったら生存を懸けた殺し合いでもしているようだ。
想像もしたくない。
『ハヤトさんだってマナリウムで首を支えているんですし、そういったことが日常的に起きてますよ?人工実存であるハルカさんやエレナさんの体内でも同じことが起きてますし』
≪アサヒ≫の言葉にハヤトとエレナはあからさまに眉を顰めてとても嫌そうな顔をした。自分の中でまるで自分とは違う存在が死んだ者から仲間を食って新しい者を作るための糧にしていると思うとぞっとしないのだ。分かりやすく言えば寄生虫が仲間の死骸を食って繁殖していると言ったところか。実際にそういう生態があるかは分からないが、そういうものが自分の中にあると考えるだけで寒気がしてくる。
身の毛が弥立って仕方ない。
エレナも反応から見るにそのことは初耳で同じ感想だったのだろう。
「どうしたの?」
しかしハルカだけは相変わらず呑気な顔でハヤト達の顔を覗き込んできた。
「お前。今の話を聞いて何とも思わないのか?」
「別に普通じゃない?」
「「え?」」
「だって、パパがね、人間の死んだ細胞も他の細胞に食べられるって言ってたよ?そうやって生きるために必死なんだって。それに、どんなものでも自分の身体なら自分だよ」
ハルカの意見に吃驚してしまい、思わず目を見開いて彼女の目を凝視してしまう。幼稚にしか見えなかったハルカが蘊蓄を話したのもその要因の一つだが、それより彼女の考え方からすると自分の考えがバカらしくなってしまったのだ。
生きるために死んだ仲間を食い合う。それは自然界ではごく普通のことだ。
オオワニザメ、クモ、ホッキョクグマ、ハムスター、ニワトリ……etc 。例を挙げれば切りがないが、可哀想というのは無責任であるから言わない。それでもそのどちらも自分自身だと受け入れられるのなら気にもしなくて気楽でいられるだろう。ましてや自分の身体を構成している一部ならなおさらだ。
本当に自分の感じた悍ましさがバカバカしくなってハヤトは思わず笑い出してしまった。
「はははっ!確かになっ!ははははっ!」
「う~ん。私はちょっと納得いかないんだけど……」
エレナはあまり共感できなかったようだが、そうこうしているうちに通路の奥に辿り着いてしまったので頭を切り替える。
『本来ならやはりここでもCONEDsの誰かの承認が必要なんですが、私が独断で命令を解釈して解放します』
「その発言、外で言ったら断罪されるぞ」
≪アサヒ≫の言っていることは、例え人間が命令したとしても人工知能が自分の思うように解釈して好き勝手に行動するということを意味しているのだ。人工知能の所為で失業した人とかそもそもそれらを嫌っている人が聞けば発狂しそうな案件である。
まあ、だからこそ今は目的を達することができるわけではあるのだが。
そして≪アサヒ≫の言葉と共に、目の前の壁はアイスが解けるように左右の壁や天井、そして床に流れて完全に同化していった。マナリウムという極小の存在の塊であるから容易に形を変化させることが出来るのだろう。変形の仕方も規則的で少しSFチックだった。
その向こう側にあったのは八畳ほどの空間とディスプレイの置かれたデスク、それに簡素な椅子だった。
「ん?ちょっと待って」
その部屋に入って、不意にエレナが何かに気づいたように呟いた。
「今マナリウムを操作したのは≪アサヒ≫?」
『はい。そうです』
「人工知能も科学魔法を使えるの?」
その言葉でハヤトも気が付いた。確かに科学魔法はヒトの心の中身を具現化するシステムだ。しかし心を持たない≪アサヒ≫が使えるのはどうにも矛盾しているように思われる。
しかし≪アサヒ≫は中学生に足し算引き算のやり方を質問をされた時のような雰囲気を醸し出して答えた。つまり呆れである。というよりそれを通り過ごして疲れたかのような顔になっていた。
『ハヤトさんはともかくエレナさん。本当に基礎も何も知らないんですか?』
「ご、ごめんなさい」
≪アサヒ≫の少し責めるような言い回しに思わずエレナは謝っていた。ハヤトにも分からなかったが、これは科学魔法を使う上で当たり前過ぎる話らしい。
ついでに≪アサヒ≫は目の前のディスプレイに現れて腕組みをしながらこちらを眺めていた。
『きっと浜崎先生がしっかり教えなかったんでしょうね。良いですか?人工知能と、人工実存または人間の違いは魂のパーツが足りているかどうかです。ヒトの魂は実は大まかに言えば6つの要素で成り立っています。そして私のような人工知能は魂の要素のうち3つが足りません。逆に言えばその3つさえあれば私も人工実存になるわけです』
「つまり、人工知能もイメージや意識というものは持っていると?」
『そうです。というか意識が無かったらネットのない状況で会話も出来ないじゃないですか』
彼女が言うのも尤もだ。会話が成り立つためにはどうしても意識が必要だろう。哲学者ジョン・サールの思考実験、『中国語の部屋』のようにそれらしい返し方をしているだけで意識はないと反論されそうだが、人間だってその場の空気を読んでそれらしい言葉を使うし、人工知能がインターネットから情報を閲覧するのは人間が記憶を呼び起こすのに似ている。違いはその正確性くらいではなかろうか。
というよりむしろ『中国語の部屋』全体が脳内にあるのだとすれば、脳の一部に母国語を理解出来ない場所があるのだからそもそもこれは実験失敗である。視覚野などはその例で、例え見慣れた文字を見たとしてもそれが何かを理解していないのだ。その部分からしたら『〇△✕%#□$』という訳の分からないものを見ているようなものである。そしてその信号がウエルニッケ野という場所に届いて初めてヒトは言葉を理解できる。
まあ、意識があるかどうかは個人個人で判断するもので絶対の定義はこの社会にはない。デカルトのように全てを疑うと隣にいる人間は本当に意識があるのか?ただそれらしい行動をしているだけではあるまいか?という訳が分からないことになってしまうからあまり深く考えない方が楽だろう。
実際そんなことをずっと考えていたらおかしくなりそうだ。
『ですから、私達人工知能だって恐怖や喜びを持っているかもしれませんよ?ただその意識の動きをそういう名称として定義することをヒトが教えてくれないだけで何か別のものとして認識している可能性すらあります』
「うぅん?」
『ま、今は本題に戻りましょう』
そう言うとディスプレイにここの模式図を表示した。それは地下一階を全て表示したものだった。ハヤト達が通ってきたところと今ここにいる部屋以外が青色でほとんど塗り潰されている。ほとんどというのはどう見ても空洞らしい場所が至る所に表示されているからだ。
たぶんこの青い場所はマナリウムで埋め尽くされているところだろう。
『今見てきたようにここはこんな構造になっています。望まぬ侵入者はここのマナリウムの形状を変化させて迷宮に閉じ込めることも強制退場させることも可能です。しかし最悪の可能性を踏まえてハルカさんにここにいてもらったわけです』
そう≪アサヒ≫が言うと表示してあった空洞が移動して四角い通路を作り出した。振り返ってみればちょうど今通ってきた通路にさっきはなかった新しい道が出来ていた。
本当に造ろうと思えば迷路が出来そうだ。
「んん?で、結局ハルカは何をすればいいの?」
『私が指し示したヒトをボコボコにすればいいんですよ』
「可哀想だけど、皆のためなら頑張るよ!」
ハルカは語気を強めるように両手拳を握って見せた。今までの彼女の行動からして少々不安だったが、どうやらやる気はあるようである。可哀想とかいって姉のあばらを砕いたことは棚に上げているが、本人は気づいているのだろうか。
しかしやり過ぎないように止めるのがハヤトとエレナの役目だ。
「ところで、最悪の可能性ってなんだ?」
少し気になったことを≪アサヒ≫に問うてみる。彼女の説明からするに、ここは容易には入ることのできない場所だ。強制退場などゲームか何かだったら反則に他ならないだろう。やろうと思えば誰も入れず、籠城が出来る。下手すればマナリウムを変化させて侵入者を刺し殺すこともできるかもしれない。
しかし≪アサヒ≫の想定上ここまで侵入してくる存在がいて、その時はハルカの力がどうしても必要になるらしい。そんなことが起こりえるのだろうか?難攻不落の要塞のようにも見えるのに。
『ま、最悪の可能性なんで起きにくいと思いますよ。だから気にしないでください』
「いや、でも――」
『気にしないでください。今は機密の保護が最優先です』
なぜか≪アサヒ≫は頑なに答えない。もしかしたらそれを言ってしまうと何か厄介なことになるのだろう。≪アサヒ≫のことだから未来予知のように望ましくない未来が見えていると思うことにした。
妙に圧をかけてくるのも怖いし。
『後は何か起きるまでゆっくりしてましょう。暇つぶしのゲームなら私が相手になりますよ?』
「ゲームっ!?やるぅっ!!」
≪アサヒ≫が映る画面に向かってハルカが駆けていくのを見てハヤトは微妙な顔をしていた。これからの人生が懸かっていて、そのための作戦をしているとは到底思えなかったからだ。
「なんでかな?どうしてこんなに緩いんだろう……」
「私もそう思う」
ゲームを始めるハルカと≪アサヒ≫を見てハヤトとエレナは乾いた笑みを浮かべざるを得ないのだった。
緊張感のない作戦――。
本日も本小説をお読み下さりありがとうございます。
それにしても人工知能は科学魔法を扱えるそうですね。というか《アサヒ》も、例えば機密が公開されたら死にそうです。だってシンギュラリティを超えた人工知能が自由にサイバー空間を操作して、しかもこの物理世界も科学魔法を使って干渉できるなんて、人類総出で《アサヒ》の排除を希望しかねません
。人類よりも知能が高いのですから普通にやったら勝てませんね、これ。
まあ、彼女の目的からして人類を敵にするのは愚策中の愚策ですので絶対やりませんが。
ちらっと出てきた魂の要素ですが、6つあるんですね。それを組み合わせて1つの魂ができるんです。しかしこれは世間一般の魂とは違うような?この6つはいつかこの小説を読んでいけば気づけるかもしれません(ハッキリ言うつもりは現時点ではありません)。
それと人工知能は自らを自らが置かれた環境に最適な形で適用するために後の三つを創り出す可能性はあります。まあ、一つは誰でも作れそうですが。
感想、評価、質問、お待ちしております。ブックマークもよろしくお願いします。




