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無能と呼ばれた俺、4つの力を得る  作者: 松村道彦
第3章:命を懸けなければ

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第93話:必然

 

「馬鹿な……」


 身体はとうに限界を超えている。

 本来ならば立つどころか、生きていることすらあり得ない。

 それでも、それでも尚彼は立ち上がった。


「何故立てる……!」


 ゼノは思わずそう問い掛ける。

 それが怒りからなのか、それとも恐怖からなのか、それは彼にも分からなかった。


「レヴィが……そこにいるから……」


 身体中から血が滴り落ち、呼吸は荒く、彼は今にも倒れそうだった。

 しかし、それでも彼は力強くそう言った。

 ゼノには理解出来ない。

 その力と意思が、どこから湧き上がるのかが。


「貴様……何故そこまで命を懸ける……!」


 その鬼気迫るロードの様子に、ゼノは再び問い掛けてしまう。

 しかしロードの答えは、何よりも単純なものだった。


「レヴィが……な、泣いているから……彼女の笑顔が見たいからッ……今俺が命を懸けるのにッ! それ以上の理由はいらないッ……!」


「ロード……様……」


 レヴィの声を聞いたロードの目に力が宿る。

 しかし、もう魔力はほぼゼロに等しい。

 ゼノの腹部に突き刺さっているグングニルや、右腕に食い込んだイアリスに生命を与えるだけの魔力すら無かった。


「な、何も変わらぬ……貴様には何もできぬッ! その首を刎ねて終わらせるッ! もう奇跡はうんざりだッッ!!」


 ゼノの身体から生えた黒い5本の腕がロードに向けて解き放たれる。

 やはりゼノには理解出来なかった。

 だから消す。

 そうすれば、自身が胸に抱いてしまったその不気味な感情を打ち消せると信じて。


 閃光の如く突き進む5本の黒い腕が自身の命を刈り取らんと迫る中、ロードは今の自分に何が出来るのかを冷静に考えていた。

 彼の力の大半は、伝説の武具であると言っても過言ではない。

 無論、彼自身の魔力量や、武芸百般なども優秀な力ではある。


 しかし、伝説の武具の力はそれよりも遥かに強大で、彼らを呼び出せば大抵のことはカタがついてしまうのも事実だった。

 故にロードにとって生命魔法は、いつしか彼らを呼び出す為の"手段"となっていたのだ。

 当然ロード自身もそのことを理解している。

 だからこそレベル上げをし、自分自身の力である生命魔法を強化しようとしていたのだ。

 それは、生命魔法の幅が広がれば、また違った戦い方があるかもしれないと考えていたからに他ならない。


「あの時……俺の中で……!」


 "触れずとも生命を与えられる力"と"生命を与える対象を増やす力"を何者かから貰った際、彼は生命魔法がなんたるか、その一端を知ることとなる。

 伝説の武具も、左腕も、体力も魔力も何もかもを失った今、彼は微かに触れた生命魔法の本質にもう一度手を伸ばした。


「死ねぇッ!」


 5本の黒い腕が、ロードへと迫る。

 一撃でも食らえば、即座に命を刈り取られるその刃を前に、ロードはゆっくりと右手を前に出した。


「……なッ!?」


 その瞬間、黒い腕がピタリと動きを止める。

 そして、5本の内の2本が、ロードの身を守るように他の3本を斬り裂いた。


「なッ……あッ!?」


 それだけにとどまらず、今度はゼノを貫かんと、2本の刃がその身に迫る。

 彼は咄嗟に魔術を解除してそれを防いだが、その目は驚きのあまり完全に見開かれていた。


「貴様ッ……な、何をしたッ……!」


 生命魔法は、単純に物質を動かすだけの魔法ではない。

 魔力を生命エネルギーに変換し、それを物質に与えるのが生命魔法。


 ゼノの魔術は、言ってしまえば魔力の塊であった。

 故に、自分の魔力がいくらなかろうが、それ自体を生命に変えてしまえば、それはロードの力となる。

 つまり、今この瞬間から、ゼノの魔術は完全に無力と化したのだ。

 何を生み出そうとも、何を撃ち込もうとも関係ない。

 ロードは今、黒魔術にとっての天敵へと昇華した。


「なんなんだ……貴様はッ……」


 ゼノは黒魔術を解き、奪い取った黒い手帳を懐へとしまう。

 いったいなんの能力をロードが使っているか、ゼノには当然知る由もなく、今のが最後の抵抗であると考えてもおかしくはなかった。

 だが、その力が不確定である以上、自身の魔術を使うにはあまりにもリスクが高過ぎる。彼はそう判断し、全ての魔術を解いて地面へと降り立った。


「無駄な足掻きを……! 貴様の身体は既に死んでいる! それに、この拳までは操れまいッ!」


 ゼノは拳に魔力を込める。

 そう。ゼノの魔術は通用しなくとも、その肉体となれば話は別だった。

 肉体に宿る魔力までは操れない。


「その頭蓋……砕いて終わりだッ!」


 だが、ロードのスキルは〝武芸百般〟。

 その肉体が壊れていても、全ての武術がロードの身体には宿っている。

 唸りを上げて迫る拳にそっと右手を添え、ゼノの力を利用して投げ飛ばした。


「なッ!? がはッ……!?」


 刹那ゼノの右腕の上を撫でるように滑らせ、未だ右腕に食い込んでいたイアリスのつかを握る。

 ロードは投げ飛ばした反動でそれを引き抜き、地面を転がり片膝を突いたゼノにその切っ先を向けた。


「ゼノ……あんたの負けだ」


「……ほざくなぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!」


 地面が爆発したかのような粉塵を上げ、ゼノは大地を蹴ってロードに拳を放つ。

 全てを打ち砕くその魔拳を見切り、ロードは当たる寸前で首を傾けそれを躱した。


「ばっ……」


 ロードの左頬をかすめ、空を切る魔拳。

 それと同時に放たれた鋼鉄剣が、ゼノの左胸を貫いていた。


「がふッ……」


「レヴィは物じゃない。彼女の人生は……誰にも奪わせやしないッ!!」


 魔王ゼノは膝を突き、崩れ落ちるように地面に倒れた。

 その時、グングニルが彼の身体から抜け落ち、まるで主人あるじを労うかのように、彼の足下へと転がってきた。


「はぁ……はぁ……あ、ありがとうグングニル……」


 イアリスを鞘に納め、彼はグングニルを拾い上げる。

 その羽根のように軽い槍は、あまりにも重要な働きをしてくれた。


「マ、マスター……私も限界ですっ! また!」


 直後、アイギスの身体が盾へと戻り、地面に落ちて大きな音を立てた。


「アイギスもありがとな……お、おかげでなんとか───」


「ッ! ロード様後ろッ!」


「えっ……?」


 振り返ったロードの腹に、赤い刃が突き刺さる。


「がっ……あ……!?」


「フハハ……魔王を舐めるなよ……人間風情がッ!」


「ロード様ぁッ!」


「なん……で……?」


 確かに心臓を貫かれた筈のゼノだったが、彼にはある秘密があった。

 というより、これは魔王の秘密といった方が正しい。


「余の心臓は……2つあるのだ。残念だったなぁ……フハハハハハハハ!」


 魔王は代替わりの際、自身の心臓を次の魔王へと譲り渡す。

 その後、残った古い心臓を自身で潰し、次世代へと全てを託して死んでいくのだった。

 心臓は血を全身に運ぶ器官であると同時に、魔力を生み出す役割も担っている。

 魔を冠する者達にとって、魔王と呼ばれる者は常に最強であらねばならない。

 だからこそ、このおぞましい儀式を繰り返し、さらなる力を得る必要があったのだろう。

 そうして魔王は膨大な魔力をその身に宿し、全ての魔を統べる者として君臨するのだ。


「そ、そんな……私も知らないッ……!」


 これはレヴィも知らない魔王だけの秘密。

 鑑定魔法さえ使えていれば看破出来たのだが、魔力を吸収する鎖に繋がれていたレヴィにはそれが出来なかった。

 故に、その赤い刃がなんなのか、彼女にはそれも分からない。


「がふッ……フハハッ……!」


 ゼノにはある特技があった。

 普段は黒魔術で全て事足りる為に使うことはないのだが、黒魔術が使えなくなった今、彼は数千年ぶりにそれを使用することを選択した。


「さすがに心臓を潰された時は意識が飛んだが……まぁよいわ。貴様を殺せればッ……他はどうでもなぁッ!」


「ぬあぁぁぁあ!」


「ぬぅッ!?」


 ロードは手にしたグングニルでゼノを吹き飛ばす。

 ぼやける視界の中、腹部に突き刺さったままの赤い刃は、まるで血のような色をしていた。


「これ……は……?」


 ゼノの特技、名は"血晶(けっしょう)"。

 血を鋼の如く固め、つるぎのように形成出来る能力である。

 既にゼノの手には赤い刃が再び握られ、じりじりと彼へ近づいていた。

 ロードはただでさえ少ない血をさらに失い、視界はぼやけ、頭が回らなくなっていた。

 反射的にそれを引き抜こうとしてしまい、ロードの手からグングニルがこぼれ落ちる。


「しまっ……」


「どうしたぁッ!」


「あぐっ……!」


 右肩から左の腰にかけてを切り裂かれ、ロードはふらふらと後退していく。


「そらそらぁッ!」


「あッ……!」


 次の斬撃はなんとか回避したものの、それがイアリスに当たり、ロードは武器を失ってしまった。

 目はかすみ、足はふらつく。

 ロードは、完全に追い込まれていた。


「ロード様逃げてぇっ!」


「く……そ……!」


「これが貴様がほざいた魔王の器よッ! 貴様は魔王に敗れるのだ……さぁ、もはや奇跡は起こらないッ! よく見ていろレベッカァッ! 大好きなご主人様の首が飛ぶ───」


 奇跡というものは、普段決して起こらない。

 様々な事象が重なり、ようやくそれは顔を出す。

 だが、今この時に於いて起こったそれは、決して奇跡ではない。

 きっとそれは、必然だったのだろう。


「な、なんだッ!?」


 ゼノの懐にあった手帳が突如として光り輝き、彼の言葉を遮ると、手帳がひとりでに懐から飛び出し、ロードの足下へと転がり落ちた。

 さらに、勝手にページが捲られていき、パタリと開いたその場所から、1本の錆びついたつるぎが姿を現した。

 まるでロードに対し"自分を掴め"と、そう言わんばかりに。


「な……なんなんだ貴様はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


「くッ!」


 ゼノの刃がロードに迫る。

 必死に掴んだそのつるぎが、ゼノの刃を受け止めた。


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