第547話:不老
「もっと……もっと頑張らなきゃ……私は……」
布団を跳ね除け、アスナはベッドの端に座って靴を履き始めた。
ふと、向かいのベッドで眠るティアに目がいったその時────
「んなぁ……ちょい!」
「ッ! びっくりした……はぁ……この子ほんと……」
「んんむっ……ふすー…………ん、空を飛ぶ時はパンツを…………ぐぅ……」
「……何よ」
思わず小声で突っ込みつつも、謎の寝言を言い続けるティアを起こさないように、アスナはそっと部屋から抜け出した。
「わ……」
深夜0時を回ったニーベルグ城の廊下は、壁にかけられた微かな灯りと、窓から差し込む月の光によって、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。
彼女はその光景を少し眺めた後、物音を立てぬよう、ゆっくりと移動を開始した。
「よし……やるか」
階段を下り、長い廊下を抜けた先。
今や彼女たち専用の訓練場となったニーベルグ城の中庭には、一面芝生の上に剣や槍に弓、的当て用のカカシや各種魔道具など、あらゆる訓練道具が揃えられていた。
アスナはおもむろに剣を手に取ると、そのまま素振りを始めた。
「ふっ……ふっ……!」
ニーベルグの騎士団長であるディンから教わった通り、左手の小指と薬指を意識しながら、手首を柔らかく使い、上段からの真っ向斬り、中段から剣を担ぐように振り上げ、斜めに放つ袈裟斬り、そのまま手首を返し、切り上げる逆袈裟、そして下段からの突き、さらにそのまま剣を引き、横への薙ぎ払いを放つ。
基本から応用技まで、彼女は何度も何度もそれらを繰り返した。
しばらく続けた後、今度は槍に持ち替えると、また同じように素振りを始める。
それが終わればまた次と、月の明かりに照らされたニーベルグ城の中庭で、彼女の吐息と武器の風切り音だけが鳴り響いていた。
「はぁっ……はぁっ……次は────」
「精が出るの」
「わぁッ!? えっ……ア、アディード様ッ!?」
その声に驚いて振り返ると、そこには何故かニーベルグの王が立っていた。
10歳くらいに見えるその少女は、その容姿とは裏腹に、かなり大人びた雰囲気のネグリジェを着ており、アスナはそちらにも驚きつつ────
「な、何故こんな時間にこちらへ……!」
「阿呆。それは妾のセリフであろうが」
「うっ……」
「まったく……休息も修行の1つぞ。ほんの少しであれば見逃そうかとも思うたが、1時間以上やってまだ続けようとしとるから止めにきたんじゃ」
「えぇ! み、見られてたんですか……?」
「当たり前であろうが……ここはニーベルグ城ぞ? アスナが部屋を出た時点から今に至るまで、その全ての動きを把握しとるわい。妾の優秀な臣下たちの手によってな」
そう言われ、アスナが周りに意識を向けると、確かに数人の気配を感じ、彼女は途端に恥ずかしくなり顔を赤らめた。
「あぁ……ははは……す、すみません……ですが、何故陛下自ら……?」
「……まぁ、ちと思うことがあっての。お前たちもうよいぞ! 後は女同士、秘密の話があるでの。深夜までご苦労。下がってよし」
アディードがそう言って手を振ると、周りにいた護衛たちの気配が消え、中庭には2人だけが残される。
彼女はアスナに手招きをし、もともと中庭の隅に設置してあったベンチへと誘った。
「んしょ……まぁ座れ」
アディードはそう言って、自身が座っているベンチの座面を手で何度か叩いた。
「えっ、あ、お、お隣に……し、失礼します……」
アスナは王の隣へ座ることに若干躊躇した後、頭を下げながらゆっくりと腰掛けた。
どこへ視線を向けてよいか分からず、アスナはちらりと横にいる彼女を見る。
アディードはその赤い瞳を星空へと向けながら、腰ほどまで伸びた黒く美しい髪を頭の後ろで束ね始めていた。
月明かりに照らされたその横顔は本当に幼く、そして美しかった。
「ん? なんじゃ? 人の顔をじっと見つめて……」
「あ、いえ! お、お綺麗だなと……」
「何を言うとる……お主が言うと嫌味じゃぞ、それ」
「め、め、め、滅相もありません! 実際にそう思っただけで────」
「ふん……まぁよいわ。で、どうじゃ? ここで3ヶ月過ごした感想は」
髪を束ね終えたアディードは、そう言って微かに笑う。
アスナは少し考えた後────
「そうですね……すごく大変ですが、非常に充実していて、この上なく恵まれているなと」
「ほう? どういった部分が恵まれていると思う?」
「それはもちろん……陛下をはじめ、ディンさんやバイパーさん、他にも様々な分野で名を馳せておられる講師の方々にみっちりとしごかれ……あ、いや、ご指導いただいておりますし、そもそもこうやって陛下のお隣に座ることなど、他の3人は別として私にはあり得な────」
「そうか。やはりそこか……アスナ」
「え、あ、あの……私なにか……あっ……」
突如真剣な表情を浮かべるアディードに驚いたアスナであったが、それが怒りではなく哀れみに近い表情であるとすぐに察した彼女は、膝に置いていた両手をぎゅっと握った。
「お主が他の3人に比べ、一歩引いているのは最初から分かっておった。だがそれは、自身が4人の長としての役割を果たすため、あえてそうしているのだと思っておった。無論、そういった意識もあるのであろうが、まだつかぬか……折り合いが」
「……はい」
「それは、魔法が使えぬことか? それとも……ロードに対する想いか?」
「…………両方です」
「そうか……」
そこから少しの間、沈黙が続いた。
聞こえてくるのは風の音と、微かな虫の声。
アスナはただじっと、アディードの言葉を待った。
「実は、妾は今年……100になる」
「……えっ? えぇぇっ!?」
「お、驚きすぎじゃろうが……」
「い、いや、だって……あ、すみません! 陛下になんて口を……!」
「よい……あ、これ一応秘密にしとるから、誰にも言わんように」
「も、もちろんです!」
「頼む。で、レヴィによれば、"幼き不老"というらしいの。妾のスキルは。この姿のまま、老けることは一切ないと。ま、この見た目で100歳じゃからな。実際そうなんじゃろう。ちなみに病気になったこともなければ、今もずっと健康体のままじゃ」
「す、凄いですね……少し羨ましい気も……」
「ふっ……そうじゃな。まぁ、歳をとらんというのも悪くはない。出来ればもう少し育ってから不老になりたかったものではあるが、そう都合よくはいかぬものなのであろうな。事実、この身体の弊害に、妾も大いに悩んだからのう」
アディードはそう言うと、アスナの手をぎゅっと握った。
その小さな手に触れられ、アスナは不意にそれを感じ取った。
ずっと成長しない、変わることがないという、その怖さを。
「……うむ。実によく鍛錬しておる手じゃ。マメが酷いのう……毎日毎日痛かろうに……どれ、少し癒してやろう」
「えっ……あっ……」
直後、温かい光がアスナの手を包んでいく。
すると、ズキズキと痛んでいた手のひらから、スッと痛みが引いていった。
「ア、アディード様……これは……!」
「うむ。これが妾の魔法……治癒魔法じゃ」
「凄い……希少な回復系の魔法……それも他者に影響のある魔法なんてすごく珍しい……!」
「……そうじゃな。だが……見てみい」
そう言いながら、アディードはアスナの手のひらをくるっとひっくり返す。
「あっ……」
確かに痛みは引いていた。
しかし、手のひらに出来たいくつものマメは、消えることなくそのままそこにあった。
「本来の治癒魔法であれば、この程度のマメなんぞ一瞬で消せたことじゃろう。だが、妾に出来るのはせいぜい痛みを和らげる程度……これが限界なのじゃ」
「どうして……」
「はっきりとした理由は分からぬ。だが、妾には見当がついておる。おそらくそれは、この身体のせいであるとな」
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