第546話:ハンデ
そもそも、クロスが無垢な民を戦に利用することを決めたのは、ロードの動きを封ずるためであった。
彼の性格であれば、無傷で民を保護することを優先し、そのために全力を尽くすのは明らかであり、そこに関しては事実その通りになっている。
だが、クロスにとっての誤算は、それによってロードが前に出てこなかったことであった。
よもや、ディーがあんな力技で操られた民たちを止めるとは思わず、彼からすれば、敵側がロードという切り札を常に握っているように見えていたのだ。
だからこそ、開戦当初にムムの魔法でレヴィを見ることによって、彼の動きを把握しようとしたのだが、彼らが別行動をとっていたためにこれは空振りに終わる。
とはいえ、当然クロスは知る由もないが、ロードは操られた民を解放すべく、今もある場所で魔力を練り続けており、生命を与えた武具たちが彼の代わりに奮戦してはいたものの、彼の直接的な動き自体は封じられていると言ってもいい。
つまり、結果的にはクロスの思惑通りに事は進んでいたのだ。
しかし、肝心のロードの姿が見えないことで、結局彼が何をしているのかが分からず、クロスからすればそれが不気味で仕方がなかったのである。
「……アナ、最後の詰めに入る。フェイクにもそう伝えろ」
「承知いたしました」
それでも、彼はこの計画を最終段階まで進めることを決断した。
今回の彼らの動きもまた、数ある小目的のうちの1つを達成するためのものであったが、これは他のそれらに比べると、難易度が非常に高いものであった。
この機を逃せば、次いつ達成出来るかも分からないという、まさに今が千載一遇の好機であったのだ。
故に、ロードという不確定要素はあるにせよ、ここで臆すわけにはいかなかったのである。
「それから……ムム」
「んー? あ、やっと出番?」
そこでクロスは万全を期すべく、温存していた全てのカードをここで切ることにしたのだった。
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北の戦場。
ベンディゴ結界付近では、未だ激しい戦闘が行われていた。
「引く者は追うなッ! このまま次へ行くッ!」
「「「はっ!」」」
最も端にいた部隊を蹴散らしたアスナ率いる騎馬隊は、ベンディゴ側の予期せぬ反撃によって混乱するカサナエル軍に対し、考える間を与えぬよう、一気にその足を前へと進めていく。
「ベイロー、ザナック、ダーミリーの3隊はそのまま直進ッ! 残りは私に続けッ!」
部隊通信用の魔石に向け、アスナは声を張り上げる。
それに呼応し、3部隊、約300騎が前へ出たのを確認すると、再び大きく息を吸った。
「各騎ッ! 進路右へ! 敵部隊の後方を取るッ!」
「「「はっ!」」」
今より約10分ほど前。
アスナは集められた約1千人を100人単位の部隊に編成した後、すぐさま北東の門から出撃。
ヴァルツーとの戦で鹵獲していた予備の馬を使い、結界を効率よく攻撃するために横へ長く展開していたカサナエル軍最左翼の部隊へ向けて進軍を開始した。
アスナは事前に城壁の上からカサナエル軍を観察し、部隊が数百から1千人規模で分けられているのを確認。
端から上手く当たれば問題ないと結論づけ、部隊の先頭に立って一気に馬を走らせた。
対するカサナエル軍最左翼の部隊もこれに反応。
結界への攻撃を一時中断し、横から迫るアスナ隊へ向けて魔法戦を展開。遠距離魔法攻撃が一気に彼女たちへと迫る。
だが、彼女にとってこれは当然想定内。
先頭に立つアスナは敵の先制攻撃に合わせ、自身のスキル"魔力耐性"を即座に発動した。
「ッ!? なんだ!?」
「ま、魔法が弾かれてるッ!?」
スキルとは、生まれながらにその者へと備わる特殊な力。
日常生活で使えるレベルから戦闘に使えるものまで幅広く存在し、例えば手にした武具をすぐに達人レベルで使用出来るロードのスキル"武芸百般"や、全ての家事を完璧にこなせるというレヴィのスキル"神域の家事"などがそれにあたる。
他にも、食あたりしなくなるカレンのスキル"免疫力強化"や、ティアの魔力を匂いで判別出来る"魔力芳香"、その力のせいで数奇な運命を辿ったシェリルのスキル"神の寵愛"といったように、スキルは人の数だけ存在した。
そして、通常認知出来ない自身のスキルをもし知ることが出来たならば、それは先にズィグラッドが行ったように、適切な使用によって大きな恩恵を持ち主に与えることとなる。
「この程度なら……問題ないッ!」
アスナのスキル"魔力耐性"は、当初は魔力による攻撃を多少軽減する程度のものであった。
当然ながら、彼女はその存在を知らぬまま過ごし、やがて勇者ロイによって魔法を奪われ、"無能"となった彼女はロードに助けられる。
その後、レヴィの"鑑定魔法"によって自身のスキルを初めて知った彼女は、それを半ば心の拠り所とし、ずっとそれを鍛え続けてきた。
結果、彼女のそれは、もはやある種の魔法と言ってもよいレベルにまで成長していた。
「全軍構えッ!」
アスナの号令に合わせ、騎馬隊はその身に魔力をたぎらせる。
そして彼女は手綱を手放し、足だけで馬を走らせながら弓を強く引き絞った。
そして────
「撃てぇッ!!」
こうして最初の部隊を蹴散らした彼女たちは、その足をさらに前へ前へと進めていく。
見事初戦を勝利で飾ったアスナであるが、彼女がここまでに至る道のりは、決して簡単なものではなかった。
この1年。
他の3人とは違い魔法が使えない彼女は、その差を少しでも縮めようと、誰よりも努力に努力を重ねていた。
だが、現実はそう甘くない。
魔法が使えないというハンデは、彼女が思っていた以上に厳しく、それは明確に彼女の心を蝕んでいったのである。
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「ぐぉぉお……むにゃ……もう食えん! ……いや食う……まだ食べます……ぐぉぉ……ふがっ…………ぐぅ……」
「……」
ニーベルグでの訓練が始まってから約3ヶ月。
同部屋になったティアの派手ないびきと寝言をたっぷりと聞きながら、アスナは眠れぬ夜を過ごしていた。
だが、それは別に、彼女がうるさいせいではない。
「……このままじゃ……ダメだ」
アスナは天井をじっと見つめながら、そうポツリと呟いた。
彼女は焦っていた。
他の3人とは違い、自身には魔法という本来あって当たり前のものがなく、このままでは3人の足を引っ張りかねないというその現実に。
そして、ずっと心に抱えていたある想いが、それをさらに増長させていたのである。
新作を書きました。
そちらも読んでいただけたら嬉しいです。
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