第534話:槍使い
「あーあーあー!? どーした鎧野郎ッ! もうあんただけになっちまったねぇ!?」
「ぐ……ぬぅ……!」
自身の血と、数多の返り血により真っ赤に染まった彼女は、その美しい顔を狂気に歪めながら、ズィグラッドが編成した第1遊撃隊の1人、"金剛"のエグザムドに槍を向ける。
彼の魔法は"硬化魔法"であり、全身に纏った鋼の鎧を魔法によって強化し、異常に高いその防御力と、卓越した剣技によって敵を圧倒する、バーメディ屈指の実力者であった。
彼を含めた第1遊撃隊の5人は、それぞれが各国を代表する力を持った英傑たちで構成されていた。
当初こそ、屈指の実力を持つ5人を同時に相手にし、苦戦を強いられていたゲイボルグであったが、迅速に排除するために覚悟を決め、負傷を厭わない戦い方へシフトする。
結果、彼女の身体にはいくつか穴が開いたが、エグザムドを除く4人を討つことに成功していた。
さらに────
「……あぁん!? 行かせるかァッ!!」
「ま、待て貴公ッ!」
「ッ!? ぐぉおッ!」
「くそッ……こいつまた……!」
「だ、誰かこいつを止めろォッ!」
ベンディゴ軍が押されていることを察知した彼女は、エグザムドと戦いながら、後方から迫るバーメディ軍の牽制まで行っていた。
バーメディの部隊が前へ出ようとすると、全速力でそちらへ向かい、進軍しようとする彼らの足を止めていたのだ。
もはや彼1人ではゲイボルグを全く抑え切れず、追いついた時には数十人が地面に倒れており、エグザムドは怒りに拳を震わせた。
「はぁッ……はぁッ……き、貴公ッ! 相手はこの私────」
「うるッせぇッ! ここは戦場なんだよッ! ひっひっひっ! 相手もクソもねぇ……あたい以外は全員敵だぁッ!! くッだらねぇ騎士道精神なんざいらねぇんだよぉ!? てめぇもさっさと……くたばりやがれぇッ!!」
「がッ……はぁ……!」
音速の突き。
防ごうとする盾をすり抜けるような軌道を描き、槍の先端がエグザムドの胴体を正確に捉える。
魔法によって強化されているそれは、貫かれることこそなかったものの、繰り返し受け続けた強力な打突により、すでに彼の鎧はボロボロになっていた。
そして何よりも、鎧によって身体は守れていても、その衝撃までは防ぎきれない。
「ぐッ……はぁッ……はぁッ……!」
意思とは関係なく膝が折れ、息をするだけで身体に激痛が走る。
ここまで粘ってきたエグザムドであるが、ついに限界を迎えていた。
「ひっひっひっ! 辛そうだねぇ……じゃ、今終わらせてやんよぉッ!」
再び繰り出される魔槍の一撃。
もはや彼に受け切る力はなく、霞んだ視界にその切先が────
「ッ!?」
彼のすぐ目の前で、高い金属音が鳴り響く。
弾かれた黒き魔槍は、柄をクルクルと回しながら後方へと下がり、鋭い視線を彼"ら"に向けた。
「わぁ! ズィグラッド様の読み通りだったねぇ!」
「あの方は全てを見通す……恐ろしいお方よ」
「危ないところでしたね。エグザムドさん」
「き、貴公ら……!」
間一髪エグザムドを救ったのは、先程までカサナエル軍の中に潜んでいた第2遊撃隊の4人であった。
彼らはククリがレヴィに敗れて以降、ズィグラッドの指示でその場に待機していた。
その後、ズィグラッドはレヴィとの戦闘中に、バーメディの進軍を援護するよう彼らに指示を出す。
その邪魔をする者が、必ず現れるだろうと。
4人は半信半疑であったが、その読みが正しかったことを知る。
「……あんた以外は全滅か」
ゲイボルグの一撃を防ぎ、エグザムドの前へと立ったその男は、手にした槍を回しながらそう尋ねた。
「シャ、シャルル殿……」
カサナエル騎士団団長、シャルル=ベイドリッヒ。
25歳という若さで、カサナエルの頂点に上り詰めた傑物である。
「すまぬ……奴は化け物だ。我らでは歯が立たなかった……だが、貴公なら……!」
「あんたらは弱くねぇ。ってことは……なぁ、あんた」
銀色の槍が、ゲイボルグへと向けられる。
彼女は、実に嬉しそうにニヤリと笑った。
「つえーんだろ? こっちは待機待機でよぉ……もう、いいよな?」
笑みを浮かべる彼女の後ろで、バーメディ軍は再び進軍を始めた。
しかし、彼女はもう追わなかった。
「ああ……いいぜ」
バーメディ軍よりも、この4人を抑える方が重要だと判断したのだ。
いや、より正確に言えば、この男を、である。
「カサナエル騎士団団長……シャルルだ。あんたは?」
「あたいはゲイボルグ。殲滅の……魔槍だよ」
──────────────────
『団長、バーメディが進軍を開始。やはり左』
「遂に来たか……ゲイボルグは?」
激化するベンディゴ軍対ギブライ軍の最前線で、カルサは砲撃のような爆発を撒き散らしながら、ミディルクからの報告を受けていた。
『槍使いと戦闘中。あれは……カサナエルの英雄です』
「"空破"のシャルル!? あんのクソガキッ……いや、ズィグラッドの指示か。厄介なタイミングで出てきたわね……他は?」
『ギブライのジャマー、ヴァルツーのバルリガンドとアスタリカ……後は、バーメディのエグザムドもいますが、かなり弱っている様子』
「みんな名の通った実力者ね……さすがにきつそう?」
『いえ、なんとか抑えています。彼女は化け物かと』
「うひー! 敵じゃなくて本当によかったわぁ……ミディルクいい? そのまま偵察しつつ、ゲイボルグがまずそうなら援護して。その5人がこっちに来ると戦線が崩れる。頼んだわよ」
『了解』
「次は……ライラ聞こえる?」
『こちらライラ』
「左はあなたに任せるわ。作戦通りに頼むわよ。出来るだけ時間を稼いでちょうだい」
『了解』
「さて、と……マジでやっばいわね」
カルサの指揮とゲイボルグの踏ん張りにより、ベンディゴ防衛軍は総崩れを免れ、なんとか戦線を維持することに成功してはいた。
だが、諸国連合軍と合流したレア本軍5万に対抗する術は現状ない。
加えて、カサナエル軍2万はすでにベンディゴの結界に対する攻撃を開始しており、こちらにも明確な対抗札がない状況である。
そして、何よりも────
「こっちもそうだけど、南が持たない……」
南の戦況はカルサにも伝わっており、その限界はすぐそこまで迫っていた。
しかし、もう打つ手がない。
「レヴィちゃんから連絡も来ないし……っていうか東は!? なんでこっちも報告が……ちょっともうっ……あ、もしもし!? 東はどうなって────」
『あ、お借りしますね。カルサ様、初めまして』
「えっ!? あ、はい……いや、あなた誰!?」
『突然すみません。私はニーベルグ所属の義勇軍、アーヴァイン遊撃隊の隊長を務めさせていただいております、アスナと申します』
「えっ……あっ……ニーベルグ!? 援軍ってこと!?」
『あ、はい。一応そうなります』
「や、やった……あ、ありがとうございます! あの、そちらの部隊は今どこに……規模はどのくらいの────」
『あ、4人です』
「…………よにん!?!?」




