第532話:原則
「すまぬッ……!」
「いえ、むしろよくぞここまで……後はお任せを」
「……頼む」
ケニシュヴェルトの身体が光に包まれ、それが人の形から本来の姿へと戻っていく。
やがて光が消える頃、王者の剣は静かに大地へと突き刺ささった。
その直後────
「「「「「うぉおぉぉおぉぉぉおッ!!!」」」」」
カサナエルの兵士たちが、雄叫びを上げながら立ち上がる。
遂に解き放たれたカサナエル軍は、そのまま勢いよくベンディゴへ向けて走り出した。
「ッ!?」
────レヴィとズィグラッドを、大きく避けるように。
「ほっほっほっ……」
ギブライ軍がゲイボルグに対してそうしたように、カサナエル軍もまた、構えていたレヴィを無視し、大きく迂回しながらベンディゴへの進軍を開始していた。
「お主を討つ意味がないからの。我らの目的はあくまでベンディゴの陥落……それだけのことじゃよ」
「そうですか……ならばッ! それを止めるまでですッ!」
両手に魔力を集め、レヴィはカサナエル軍に向けて魔力弾を放つ。
「ぬんッ!!」
ズィグラッドは放たれたそれに一瞬で追いつくと、さらに回り込んでそれを叩き伏せた。
そして、その巨剣の切先をレヴィへと向けた。
「そうさせんように……ワシがおる」
「フー……」
"いったい何手先まで読んでいるのか"。
レヴィはそう思わずにはいられなかった。
今の魔力弾にしても、見てから動いては間に合わない場所と速度であった。
それにもかかわらず、ズィグラッドはそれをただ防ぐだけではなく、魔力弾の前に回り込んで叩き落としている。
これは、どこに何をどうするかを初めから読んでいなければ不可能であった。
無論、これまでの戦闘で魔力弾を見せてはいたが、本気で放ったものは1つもなく、むしろただの見せ球として力を抑えたものしか使用していなかった。
つまりズィグラッドは、レヴィの実力から、この程度のわけがないと判断し、その上乗せを加味した上で行動しているということになる。
「お主が対軍能力を有していることは知っておる。ああ、もちろん今のではなく、ヴァルツーとの戦を終わらせたアレじゃな。そんなお主を自由にさせるわけがないじゃろう」
「……初めから、そのつもりだったというわけですか」
「お主が前に出ればな。無論、ロード=アーヴァインが現れたならば、ワシが相手をするつもりじゃったよ。勝利を手にするために、使えるものはなんでも使う。それがたとえ……ワシの命でもな」
「なんでも……」
その言葉を受け、レヴィは己の武器を改めて確認する。
まずは鑑定魔法。
次に透明な鎖を生み出す力。
そして、魔力を単純に撃ち出す通常の魔力弾と、かつてフェンリルとの戦いで使用した、相手の放出した魔力を吸収し、己の力として利用する封印弾である。
レヴィはズィグラッドに対して効果のない封印弾以外は、その全てを使用していた。
何故効果がないのか。
それは、彼の魔法が近接戦闘に特化したものだからである。
「さて、では……第2回戦といこうかの?」
カサナエル軍が2人のいる場所を通り過ぎた後、ズィグラッドはそう言って再び戦闘体勢をとる。
それは最初に相対した時と同じく、右手の大剣をレヴィに向け、左手の巨斧は上段に構えられていた。
「……お望みとあらば」
レヴィは構えながら思案する。
ここまでの戦闘が長引いているのは、互いが決め手に欠けていたからに他ならない。
自身の攻撃は時折当たるものの致命傷には至らず、また彼の攻撃は当たれば致命的であったが、その全てを受け切れていた。
このままいけば、おそらく決着はつかない。
それほどまでに、ズィグラッドは強かった。
彼の強さの根幹にあるものは、間違いなくその"読み"の力である。
だが、いかにそれが優れていようとも、実行する力がなければ無意味。
だが、彼にはその力があった。
鍛え抜かれた身体を、さらに強化するその力が。
「さぁ、ゆくぞッ!」
彼の魔法は"身体能力極化魔法"。
自身を強化する魔法の中で、最高位に位置する力である。
「ぬぅらぁッ!」
地面が爆発するほどの踏み込みとともに、振り下ろされた両刃の斧が、先程までレヴィがいた場所を抉り砕く。
彼の魔法は単純明快。
己の腕力、脚力、耐久力、さらには動体視力や反射神経に至るまで、あらゆるものを極限まで強化する。
単純な膂力だけで言えば、かの"神殺し"、バーンに匹敵するほどである。
「ッ……!」
レヴィは当然強い。
SSランクの中でも、最上位に位置する実力はある。
だが、かつて元勇者のジークに手ほどきを受けていた際にも言われていたように、どうしても決め手に欠けていた。
最初の主人であるクラウンも、そして今のロードも、どちらも強い力を持っていたからこそ、彼女は基本的にサポート役に徹してきた。
それ故の弊害。
彼女は、魔族特有の高い身体能力や魔力を活かしきれていなかったのである。
それを解消するべく生み出したのが、敵の力を利用する封印弾だったわけだが、それも通用する敵と、今回のように効果がない場合もあり、安定した力とは言い難かった。
だから彼女は鍛えた。
この1年間、徹底的に。
己が身に宿る、魔王の力を。
主人の眼前に立つ、あらゆる障害を排除する力を求めたのだ。
そうして、彼女はそれを引き出す方法を手に入れた。
手に入れたのだが、その精神的、肉体的負荷に、彼女はまだ耐え切るだけの力がなかった。
長時間維持出来ないということと、最悪の場合は通常の状態に戻れず、そのままあのギリシアの夜のように暴走してしまうというリスク。
その2つの理由により、レヴィはロードから、魔王の力に対して制限がかけられていた。
"自身が近くにいない時は、原則として能力の使用を禁ずる"と。
「はぁッ!」
土くれが舞い上がる中、それを冷静にかわした彼女は、瞬時にズィグラッドの身体中に透明な鎖を巻き付けた。
「くどいわッ!!」
気合一閃。
強引に身体を動かし、いとも容易くそれを引きちぎると、ズィグラッドはそのままレヴィ目掛けて大剣による突きを放つ。
「ぬぅッ!?」
その突きを、レヴィは地面に擦るほど低く、そして鋭く掻い潜りながら前へと出る。
引き気味に戦っていた彼女の突然の行動に、ズィグラッドの読みが微かに外れた。
そして、そのまま彼の懐に入り込むと────
「お主ッ……!」
「はぁぁぁぁあッ!!」
両手に魔力を収束させ、超至近距離で、全力の魔力弾を放ったのだった。




