第531話:裏を返せば
とはいえ、ケニシュヴェルトは当初の予想時間の倍、約20分が経過してもまだ耐えていた。
これには2つ理由があり、1つは東の戦場から届く強大な魔力のぶつかり合いによって、兵士たちの意識がそちらに向かい、ケニシュヴェルトの能力を破ることに集中出来なかったということ。
そして2つ目だが、こちらも1つ目とほぼ同じようなもので、ただただ単純に、目の前で繰り広げられる世界最高峰の戦いに、彼らが目を奪われていたということである。
これらの理由により、なんとか能力の使用を継続出来ていたケニシュヴェルトであったが、もはやいつ魔力が尽きて剣に戻ってもおかしくはないところまできていた。
「焦りが見えるのぉ……レヴィ」
それに加え、ズィグラッドに未ださしたる消耗はなく、現状をひっくり返す策もない。
いや、正確に言えば全くないというわけではないのだが、彼女たちが開戦当初から仕込み続けている策は、ズィグラッドがいる場所では効果が薄く、現状を好転させるほどの力はなかった。
他にもまだ1つ、レヴィのみが知る隠し玉があるにはあったが、結局のところズィグラッドの放った前線への出現が妙手であり、結果としてそれがベンディゴ側の策をことごとく潰し、対応が後手後手になっていることが問題であった。
そもそも、初手の大軍による急襲、さらにそれが三点同時であり、それぞれが全く違う要素を持っていたこともまた、ベンディゴ側からすればかなり厳しいものであったと言えるだろう。
「ほっほっほっ……そんなお前さんに良いことを教えてやろう。南の戦場……なかなかにまずい状況のようじゃぞ?」
「……」
平静を装うレヴィだったが、纏った魔力が微かに揺らぐ。
それを、ズィグラッドは見逃さない。
「もともと10万対1万の戦じゃ。むしろ、よく持った方と言える。さすがはロード=アーヴァインの駒……いやはや、この台詞も今日何度目かのぅ」
ズィグラッドが言う通り、南の戦場においてベンディゴ側は、かなり追い込まれた状況にあった。
当初は1万いた南のベンディゴ防衛軍は、その数を約2千ほどにまで減らし、ティーターン第2騎士団団長アマドは、残された兵たちを鼓舞しながら、なんとかギリギリまで時間を稼ごうと抗っていた。
ヘラクレスとリサナウトも未だ健在ではあるが、多勢に無勢であったことに加え、もともと渡されていた魔力が少なかったこともあり、十二分に力を発揮出来たとは言い難い。
さらに、操られているレア側兵士たちのある特徴が、開戦当初は前へ前へと進んでいたヘラクレスたちを、徐々に防戦へと追い込む結果となっていた。
レア側諸国の雑兵で構成された約10万の兵士たちは、現在約6万ほどにまで減ってはいる。
つまり、未だ半数以上が戦闘を継続している訳だが、そのほとんどが、本来ならば既に戦場から離脱してもおかしくないほどの手傷を負っていた。
それは、操られた彼らが魔法も使わず、ヘラクレスとリサナウトによる強烈な一撃や、ベンディゴ防衛軍の魔法による遠距離攻撃を一切避けることもなく、ただただ闇雲に前へと進み続けた結果であった。
彼らが通常の軍隊であれば、南の開戦当初に放ったヘラクレスの一撃により、負傷者と逃亡者で士気は大幅に低下し、指揮官は部隊の編成、並びに作戦の変更を余儀なくされ、戦況は今とはまるで違うものになっていただろう。
だが、操られた彼らは、その身体からいくつかのものが取り除かれていた。
1つは恐怖。
2つ目に理性。
そして最後が、痛みである。
つまり、レア側の兵士たちは、恐怖に怯えることもなく、狂気に身を委ね、痛みを一切感じない、まさに狂戦士の群となってベンディゴに襲いかかっていたのである。
故に、彼らは物理的に動けなくなるか、その命が消えない限り、何度でも立ち上がり戦闘を継続する。
結果、当初押していたベンディゴ側は終わりの見えない戦いに疲弊し、彼らの魔力が切れ始めた頃に形勢が逆転。
ベンディゴ側は一気に防戦一方となったのである。
このままいけばまず間違いなく南の防衛線は突破され、ベンディゴは陥落することになるだろう。
そうなれば、東も北も戦う意味を失い、この戦はレア側が勝利を収めることとなり、ティーターンの滅亡が現実のものとなる、まさにその瀬戸際まできていた。
「……あちらは任せておりますので、私は私の仕事をするだけです」
レヴィは全てを理解した上でそう答えた。
ズィグラッドは何度か頷いた後────
「まぁ、そうじゃろうの。じゃが、こちらも既に王手がかかっておることは……理解しとるかの?」
彼女の目の前で立ちあがろうとしているカサナエル軍約2万はもとより、前線に出たカルサが抑えているギブライ軍もまた、ズィグラッドの鼓舞と、彼肝入りの土系魔法部隊によって戦いを優勢に進めていた。
ゲイボルグとも連絡はつかず、さらに後方からは中堅国家のバーメディ軍約1万と、レア側諸国連合約2万に、レア本軍約3万が進軍中。
この北の戦場もまた、圧倒的劣勢の中にあった。
「ええ、もちろん理解しております。ですが……」
レヴィは魔力をたぎらせ、ズィグラッドに拳を向ける。
「あなた様こそ理解されておりますか? 私たちの後ろには……我が主人がいることを」
「……ロード=アーヴァイン、か」
確かにズィグラッドも、それについて憂慮してはいた。
これだけ劣勢な状況にも関わらず、一向に姿を見せない彼の存在は、レア側からすれば不気味以外の何物でもない。
だが、裏を返せば、これだけの状況でも出て来られないとも言えるのではないかと、彼はそう考えていた。
「確かにそうかもしれん。じゃが、その前に終わらせればよい話でも……あるじゃろう?」
「ぐッ……レヴィッ……!」
その時、ケニシュヴェルトから名を呼ばれた彼女は、終わりの時が来たことを悟った。




