第528話:資格
魔力の多寡が全てではないことなど、これまでの経験からルカとて当然理解している。
だが────
「す、凄い……ドラグニスさんと同じか……それ以上の……!」
そんな考えなどどうでもよくなるほどに、ティアが纏う魔力は圧倒的であった。
「カレン、シェリル、2人をお連れして。もっと下がるよ」
「「了解」」
「あ、えっ? か、彼女1人で戦うんですか?」
「はい? そうですよ?」
「い、いや、確かに彼女の魔力は凄いですが……!」
「あ、大丈夫です。ティアなら」
アスナははっきりとそう言い切った。
まるで当たり前のように言われ、ルカは呆気にとられて黙ってしまう。
「じゃ、すません。失礼しやっす」
カレンはペコペコと頭を下げながら、ひょいとルカを抱き上げる。
「あ、は、はい……こちらこそすみません……」
「よっ、と……謝らないでください。お2人はあの大軍を抑えながら、この化け物とも戦っていたのですから無理もありません」
シェリルもまた、ディーを軽々と持ち上げ、そのまま肩に担ぐ。
「それに、ティタノマキアもいたのでは?」
「ッ! ど、どうしてそれを?」
「アーヴァイン遊撃隊という名前でお気づきだと思いますが、私たちはロードさんの仲間なんです。ですので、大体のことは把握しています」
「なるほど……分かりました。シェリルさんでしたね? 確かにあなたの言う通り、私たちはティタノマキアとも戦っていました。それで────」
「あ、始まりそうっすよ」
彼女たちが十分に離れたのを確認すると、ティアは組んでいた腕を解き、戦闘態勢へと移行した。
「ルカさん、話は後にしましょう。カレン、防御よろしく」
「了解。下ろすっすね。すません」
「はい……あ、そうでした! ティアさん! そいつは……バフォメットは! 魔力が続く限り身体が再生し続ける化け物です! あと、戦い方も真似てくるので注意を!」
「なるほど……それは少々厄介ですね。ティア聞こえたー!?」
ティアは前を向いたまま、指で輪っかを作りそれに応える。
「ん、問題なさそうですね。シェリル、ディーさんをこっちに」
「了解」
「ルカさんも私たちの後ろにいてください」
「わ、分かりました……あの、ちなみに大軍はどうするおつもりなんですか?」
「あ、それもティアがなんとかします」
「え、えぇ……あっ……」
困惑するルカの隣で、ディーは静かに寝息を立てていた。
それを見て、ルカは言葉を全て飲み込んだ。
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雲1つない晴天の下、だだっ広い草原の中央で、空に浮かぶ小さな女の子と、その10倍近くの体躯を誇る神獣は、静かに睨み合いを続けていた。
バフォメットの後方からは、機械的なリズムを刻む大軍の足音が聞こえ、ティアの後方からは北、南の両戦場から響く戦闘音が絶えずこだましていた。
「さて、やるか」
互いの静寂を破り、ティアが両手を広げて構えをとると、バフォメットもそれに合わせるように拳を構えた。
彼は感じていた。
この相手は、今までとは何かが違うと。
対するティアは────
「ロードさん……」
バフォメットのことなどまるで眼中になく、頭の中は想い人のことでいっぱいであった。
しかし、それも無理からぬこと。
若い彼女にとって、この1年あまりという時間は、あまりにも長すぎたのだ。
要するに、もうすぐ会えるという現実により、募りに募ったその想いが今、洪水の如く溢れかえっていたのである。
「あなたに追いつくために……私、頑張ったんですよ?」
この1年。
ティアをはじめとする4人は、まさに血の滲むような努力を重ねてきた。
基礎体力の向上や体術、剣術の特訓では、ニーベルグの騎士団長ディンから地獄のメニューを突きつけられ、全員が泣きながらそれに挑んだ。
また、魔法の練度を上げるため、バハムートからは1日中魔法を撃ち続けろと言われた日もあった。
更には実践経験を養うため、冒険者ギルドの依頼を片っ端から受け、その全てを達成しろとニーベルグ王アディードから言われたり、戦術論や歴史学、薬学に医術など、必要な座学を宮廷お抱えの各種権威たちから徹底的に叩き込まれたりと、本当の意味で死んでもおかしくないほどに、彼女たちは特訓に特訓を重ねてきたのである。
「だから、直接ではないですけど……やっと言えます」
そうして、地獄を乗り越えた彼女たちは、劇的に、そして圧倒的に強くなった。
無論、1年やそこらで全てを極めたなどという訳ではない。
あらゆることを経験したことにより、身体が、何よりも心が強くなった彼女たちの中で、闘う者として1本の芯が出来たのである。
特に、ティアの成長は誰しもが目を見張るものであり、冒険者としてもSSランクへ昇格するなど、自他共に認める実力者へと変貌した。
これだけの成長を遂げられたのは、やはり彼のことをそれだけ想っていたからであり、その隣に立ちたいと、対等でありたいと、強く願ったからに他ならない。
故に、今の彼女には、その台詞を言う資格がある。
「ロードさん、あなたを……助けに来ま────」
『ボォォォォォオォォォオォオォアアァァァアアァァァァァアッッ!!!』
待つことに飽いたのか、バフォメットは雄叫びを上げながら拳を振りかぶった。
だが、この直後、彼は初めて"後悔"という言葉を知る。
「……うるさぁぁぁぁぁぁぁあいッッッッ!!!!!」
『ッ!?!?!?』
ティアの怒りが爆発した刹那、バフォメットの巨体が、一瞬で巨大な氷塊の中に閉じ込められる。
バフォメットは何が起きたかも分からぬまま、その動きの一切を封じられた。
「なぁッ……!?」
離れて見ていたルカから、思わず驚愕の声が上がる。
当然、彼女はティアの魔法がどういったものであるかを知らないが、仮に氷系統の魔法であったとしても、水気の一切ないこの場所で、あれだけ巨大な氷の塊を精製するといった芸当は、本来であれば不可能だということだけは分かっていた。
「よくも……よくも私の決め台詞を邪魔したなぁぁぁぁぁぁぁあッ!! 絶ッ対許さないッッ!!!」
ティアの使う"自然魔法"は、周囲に存在する、彼女が自然のものだと認識している物質や事象を自由に使役する力を持つ。
今回使用したのは、自身の超上空に存在する大気と雲。
それらを大量に操り近くへと引き寄せ、雲に含まれる水分を一気に凍らせる。
そうして、巨大な氷塊を生み出したのである。
「……まだだね」
アスナが冷静にそう呟いた直後、バフォメットの口から光が漏れ始める。
「爆発で氷を吹き飛ばすつもりかしら」
「ま、大丈夫だろ」
ティアに対する、圧倒的な信頼感。
仲間たちのそれに応えるかのように、ティアは両手を大きく広げた。




