第527話:義勇軍
「はっ!? あ……がッ……!」
気配を感じてルカが振り返った直後、バフォメットの巨大な足が、彼女の小さな身体をくの字に曲げる。
なす術なく吹き飛ばされた彼女たちは、空中で離れ離れになった後、地面に叩きつけられた。
「あぐっ……うっ……くうぅ……いや……ディーさ……」
地面に倒れたまま、彼女は必死に彼を探す。
限界を遥かに超え、今の一撃で骨も砕けた彼女に、もう起き上がる力は残されていなかった。
そうして、霞んだ視界の中、彼女は数メートル先に横たわるディーを見つけると、その手を彼へと伸ばす。
「まだ……一緒にっ…………あなたとっ……!」
歯を食いしばり、涙を流す彼女の頭上で、バフォメットは静かに口を開いた。
最後までそれに固執したのは、相手に対する敬意でもなんでもなく、単なる獣の意地だろう。
だが、なんにせよ、それは2人にとって、確実な死を意味していた。
眩い光が降り注ぐ中、それでもルカは必死に手を伸ばし続けた。
決して届かない、そのか細い手を。
そうして放たれた青き閃光。
目が眩むような光の中、もはや熱も、痛みも、音さえも消えた世界で、ルカは最後まで彼を見続けていた。
着弾するまでの1秒にも満たないその世界は、間違いなく、彼女たち2人だけのものだった。
────しかし、天運はまだ、2人を見捨ててはいなかった。
「…………えっ……」
光が消え、ルカ視界にまたディーの姿が映った。
困惑しながら、またそのことにホッとしながら、彼女は回らない頭を必死に回転させる。
そこでようやく、まだ自分が生きていることを把握した、その直後────
「ギリッギリ……間に合ったみてぇだな」
声が聞こえ、ルカはゆっくりと視線を向ける。
そこに、腰ほどまでに伸びた黒髪を靡かせる、見知らぬ女が立っていた。
「これもお前の寵愛じゃねぇか? ……シェリル」
バフォメットを睨みつけたまま、カレンは隣に立つシェリルにそう言った。
「……かもね。少しだけ、感謝してあげようかな」
ツインテールに縛った赤髪を後ろへと手で払いながら、シェリルは少し不満げにそう答えた。
「まーだ根に持ってやがんのかぁ? いい加減、自分の力だって認めてやれよ」
「冗談じゃないわ。この力のせいでどんな目にあったか……あなただって知ってるでしょ?」
「ハッ! ケツの穴の小せえ女……」
「はぁ!? あなたは本当にッ────」
「ねぇ」
びくりと、2人が同時に首をすくめる。
「いつまでやってるの? ……あんたたち」
ブロンドのポニーテールが逆立つ程の怒気を放ちながら、アスナは笑顔で2人の背中に語りかける。
彼女は既に、ディーの介抱を始めていた。
「……すません」
「気をつけます……」
2人は前を向いたまま、気まずそうに謝罪の弁を口にする。
普段は優しいアスナだが、怒らせるととんでもなく怖いことを、2人はニーベルグで共に過ごしたこの1年あまりで嫌というほど理解していた。
「まったく……真面目にやって。うん……よし、なんとか大丈夫そう。あの人に貰った秘薬が間に合ってよかった。カレン、そっちの……」
「あ、おう。えーっと……意識はあるみてぇだな。大丈夫か? お嬢ちゃん」
「おじょっ……」
明らかな歳下に子供扱いされ、ルカの眉間に思わずシワが寄る。
「カレン……ちなみにだけど、私が介抱しているのがSSSランク冒険者のディーさんで、そちらの方も同じSSSランクのルカさんだよ」
「えっ!?」
「……どうも」
「あ、いや、すんません! てっきり……あ、あたいはそのー……」
「申し訳ありませんルカさん……ベンディゴ軍の方からある程度の戦況は伺っていたのですが、カレンは人の話を聞かない子なんです……」
「シェリルてめぇ……!」
「カレンうるさい。とにかく、ご無事で何よりです。あ、ルカさんもかなり消耗を……アスナ、アレ貰える?」
「うん。渡してあげて」
シェリルは赤い液体の入った小瓶を受け取ると、蓋を開けてルカに差し出した。
「体力と魔力が回復する秘薬です。多少副作用はありますが、飲まれた方がよろしいかと」
「あ、はい……」
ルカは受け取った小瓶を口に当て、それを一気に飲み干した。
「うっ……ご、ごれは……?」
「……中身は知らない方が身のためかと思います」
「……わ、分かりました。ありがとうござい……あ……えっ? なんだか身体が……痛みも……」
「めっちゃ効きますよ。まぁ、アレっすけど」
「アレ……」
未だ事態を飲み込みきれていないルカではあったが、強い安堵感を覚えていたことだけは間違いなかった。
それは、ディーが助かりそうであることはもちろんのこと、彼女たちの普段通りであろう振る舞いのおかげで、気持ちが和らいだということもあったが、もう1つ大きな理由があった。
「み、みなさん改めまして……助けてくださってありがとうございます。と、ところであなた方はいったい……あと、あの空にいる方は……」
彼女たちが話している間、バフォメットは動かず、ただじっと"それ"を見つめていた。
ここにきて彼はまた1つ成長し、警戒するということを覚えたのである。
そう。
バフォメットは動かなかったのではなく、動けなかったのだ。
腕を組み、凄まじい眼光で己を睨みつける、その少女を警戒して。
「聞こえてますよルカさんッ! では、名乗らせていただきますッ!!」
肩ほどまで伸びた茶色い綺麗な髪を振り乱しながら、少女は戦場全体に響く程の大声でそう叫ぶ。
まるで、他にも聞かせたい人がいるかのように。
「我らはニーベルグ所属の義勇軍ッ! 名を……アーヴァイン遊撃隊と申しますッ!! そしてッ!!」
『ッ!!!』
「なッ────」
少女は、瞬時に己の魔力を開放する。
直後、ルカも、そしてバフォメットすらをも驚愕させるその力により、大気が激しく揺れ動いた。
「私の名はティア=エレメントッ!! 後は私たちに……任せてくださいッッ!!!」




