第430話:静止
30メートルの金属の塊。
それが高速で振り抜く拳の威力は、もはや語るまでもなく、それを幾度も受けてなお彼が立っていられるのは、勇気魔法の身体強化があってのことだった。
つまり、魔力が尽きた時、彼の命もまた尽きる。
「こいッ……!」
ありったけの魔力を剣に宿し、ブランスは自身を鼓舞するためにそう言った。
今の彼に残された策はただ一つ。
かつて雌雄を決したあの準決勝と同じく、直線的な動きに合わせたカウンター。
外せばそれで終わりの諸刃の剣。
しかし、体力、魔力ともに残り僅かの彼には、もはやそれに懸けるしかなかった。
『ギッ……!』
瞬間、コスモを乗せた人造魔石機兵が姿を消す。
互いの間にあった数十メートルの距離がこの世から消え、呼吸をするよりも、瞬きをするよりも速く、文字通り世界を置き去りにする……まさに閃光の如く。
「ッ!」
それでも、ブランスには見えていた。
勇気魔法による身体強化は、その閃光すら視界に捉える。
人造魔石機兵と化したコスモが消えるのとほぼ同時に、彼は剣を握った右手を前に差し出し、コスモがいるであろう胸部を――――
「……なッ!?」
しかし、ブランスの剣が触れることはなかった。
いや、そもそも当たるはずがなかった。
何故なら、コスモを乗せた人造魔石機兵は、彼から数メートル離れた位置を……ただ通り過ぎただけなのだから。
「まさッ……がはァッ!?」
ブランスが驚愕の表情を浮かべた刹那、凄まじい衝撃が彼の背中から腹部を突き抜ける。
それと同時、彼の手から剣がこぼれ落ちた。
「がッ……ぐッ……!」
巨大な橋の上を、ブランスは何度も跳ねながら転がっていく。
やがてうつ伏せの状態で止まった彼は、視線だけをコスモへと向けた。
「て……め……げほッ!」
彼の口の中に、鉄の味が広がっていく。
吐血はそれすなわち、内蔵の損傷を表していた。
「ち……くしょ……!」
必死に身体を動かそうともがきながら、ブランスは自身の甘さに悪態をつく。
彼はどこかで舐めていた。
それは、コスモをではない。
相手が、顔の見えない機械であったことが、彼の思考を短絡化させていたのだった。
『ギッ……ギギギィッ!!』
まるで勝鬨でもあげるかのように、コスモを乗せた人造魔石機兵が、両の拳を天に掲げる。
"それ"は、ブランスのカウンターを完全に読み切っていた。
だからあえて、何もせずに通り過ぎたのである。
そして再び魔法を発動し、隙だらけとなったブランスの背中に致命の一撃を打ち込んだのだ。
まるであの準決勝での戦いを覚えていて、それをやり直したかのようなこの結果。
今のコスモが、果たしてそれを理解して動いていたかは定かではない。
ただ一つ言えるのは――――
「う……くっそ……が……」
ブランスの体力と魔力が、もう完全に尽きたということだけである。
『……ギギッ』
勝ち誇るようにゆっくりと、その巨体を揺らし、コスモがブランスへ近付いていく。
ブランスは既に、声すら出せなくなっていた。
更に視界はかすみ、激しい耳鳴りがただ響く。
だんだんと薄れていく意識の中、巨体が生み出す振動が、まるでゆりかごのような心地よさを彼に与えていた。
しかし、やがてその心地よい振動も止まる。
『ギ……』
足を上げ、踏み砕く。
ただそれだけで終わる。
しかし、逡巡があった。
上げた足は、すぐには下ろせなかった。
それが何故かは、人造魔石機兵と化したコスモにも分からない。
『ギ…………ギィッ!』
だが、まるで何かに後押しされたかのように、それは突如として振り下ろされ――――
『…………』
大きく揺れたその足場が、再び静止するまで、人造魔石機兵と化したコスモは、己の足をただじっと見つめていた。
感慨深げに、そしてどこか切なそうに。
「……やっぱさ」
『ッ!』
振り返った機械の瞳に、二つの人影が映る。
一つは、意識を失った友をその手に抱くスカーク。
そして、その背後には――――
「人間はどこまでいっても……人間だよな」
「ええ……私も同意見です」
猛る魔力を迸らせる、レヴィがいた。
2人はロードの言葉通り、下の階層から続く長い階段を走り切って上部に辿り着いていた。
そしてまさに間一髪、ブランスを救うことに成功したのであった。
『ギ……ギォォォッ!!』
果たしてその咆哮が、どういった意味を孕んでいるのかはもはや分からない。
ただ、それを見ていた2人には、やはり喜んでいるように思えたのだった。
"また、戦えると"。
レヴィは、喜びに打ち震えるそんな"彼"を咎めるように、右手を前へと突き出した。
「……コスモ様、一つご忠告を」
『……!』
「あなたの魔法は、私には決して通用致しません。それを理解した上でかかってこられるのならば……どうぞ」
『ギ……!』
まるでレヴィの言葉を理解しているかのように、コスモは警戒し、その動きを止めていた。
それを見て、レヴィは更に言葉を続ける。
「私には、あなた様の全てが"視え"ています。その魔法も、その戦い方も、そしてその弱点も……全て」
『ギ……ギッ……!』
カタカタと、コスモを覆う鎧が震えだす。
当然、それは恐怖から来るものではない。
「だからあえて申し上げます。その矛を……収めてはいただけませんか?」
レヴィはそれを分かった上で、淡々と言葉を紡いでいく。
その度に、コスモの震えが大きくなっていった。
そして彼女は、まるでとどめと言わんばかりに――――
「やるだけ無駄……ですので」
そう言って、にこりと微笑んだ。
『ギォォォォォォオッ!!!』
怒りの咆哮。
それが消え失せる刹那、やはりコスモは姿を消す。
最速最短で、己を侮辱した女を叩き潰――――
『ギバガッ!?』
「だから……申し上げましたのに」
微笑むレヴィの数メートル手前で、消えたはずの巨大な人造魔石機兵が突如として姿を現し、空中で静止していた。
まるで、紐で吊るされた操り人形のように。
『ギッ……ギィッ!』
「無駄です。その見えない鎖達には、渾身の魔力を込めてあります。いかにその巨体でも、それだけ絡まっていれば引き千切れないでしょう」
彼女はスカークがブランスを救出したと同時に、見えない鎖による結界を作り上げていた。
こうなることを予想して。
「あなた様の魔法は非常に優秀です。ブランス様のような、極限まで強化された動体視力でもない限り、見切ることはまず不可能と言っていいでしょう。ですが、その動きは極めて直線的……これはブランス様が暴いた一つめの弱点。そして、二つめの弱点は……」
『ギ……ガ……!』
「初動を押さえれば加速できない……ということです」
コスモの"瞬間移動魔法"は、自身の身体全体、あるいは一部を瞬間的に任意の場所へ移動させる魔法。
それはロードが生命探知で把握していたように、異空間を経由して移動している訳ではなく、あくまでも今いる空間を超高速で移動する、というものであった。
つまり、最初から動けなければ、瞬間移動魔法は意味を成さない。
これは、使用者であるコスモすらしらなかった事実。
何故なら彼は、初動を押さえられたことなど、ただの一度もなかったのだから。
しかし、レヴィには"視え"ている。
その"鑑定魔法"の瞳からは、誰も逃れられない。
「スカーク様」
「あいよ!」
スカークは身動きの取れなくなった人造魔石機兵に走り寄り、その手を装甲に押し当てる。
「なるほど……レヴィちゃんの言う通りだね」
そしてその手が、するりと中へ吸い込まれていった。
『ギ……!』
「あなた様の装甲にも多少の魔力抵抗はあるようですが、下にいるアレとは比べものになりません。まぁ、あれだけの代物ですからね。アレに全てを注ぎ込んだというところで……あ……」
ここでレヴィは気付いた。
そもそも、魔力を完全に無効化出来るという便利なものが自由に作り出せるのであれば、全ての人造魔石機兵をそれで覆えばいい。
だが、実際には通常の人造魔石機兵は勿論、コスモを乗せた大型ですらがそうなってはいない。
つまり、超大型を覆うその装甲もまた――――
「レ、レヴィちゃん駄目だ!」
「えっ!?」
レヴィの思考がその疑惑に向けられていたその時、大型人造魔石機兵の胸のあたりから、スカークが上半身だけを出してそう叫んだ。
「だ、駄目とは!?」
「た、多分だけど、このままコスモを引き剥がしたら……なんかやばいことになるっぽい気がする!」




