第429話:血
「!?」
あり得ないことが目の前で起きても、ボッグスは決して声を上げない。
いや、そもそも上げる声を持っていないのだから当然だった。
そんなものは、とうの昔に失っている。
声だけではない。
戦闘に必要のないものは、全て代償として捧げていた。
そういう魔法。
それ故の無敵。
だから彼は、すぐに考えることをやめた。
己は機械。
王の敵を駆逐するだけの存在。
だから何も考えず、その拳を振り上げるのみ。
そこには思考も思想もない。
眼前にちらつく羽虫を、払うのと同じことのように。
「それで……いい……行け……魔槍よ」
「ッ! わぁったよッ!」
「がふッ……!」
白く透き通るような肌から、漆黒の魔槍が引き抜かれると、それはすぐに赤に染まった。
ぐらりと、バハムートの身体が崩れ落ちる刹那、振り上げられたボッグスの巨拳が、風切音を鳴らしながらゲイボルグに迫る。
「しィッ!」
それに合わせるかのように、ゲイボルグは引き抜いた反動を利用し、巨拳に向けて槍の切っ先を放つ。
拳と槍。
双方の一撃が邂逅した次の瞬間――――
「ッ!?!?」
「ハッ――――」
無敵であったその拳が……鮮血に濡れていた。
「あんた……間違ってないみたいだぜ」
「……そのようだ」
崩れ落ちたバハムートの目が開かれる。
そして、彼女は凄まじい速さで起き上がると、血塗れの身体のまま、ボッグスの胸へ抱きついた。
「ッ!? ………………」
「一瞬の……永遠だ」
再びボッグスの動きが止まる。
無論、先の戦いでもそうであったように、触れなくても能力は発動可能。
効果範囲は彼女を中心とした半径約2メートルあり、その中に踏み込めば、対象の動きは止められる。
つまり、わざわざ触れたのには別の理由があった。
「……やれ」
バハムートの言葉を待つまでもなく、ゲイボルグは身体をひねり、既に必殺の体勢へと移行していた。
「いくぜッ……"分かれ別れし殲滅魔槍"ッ!!」
そうして放たれた魔槍。
それは空中で数多に分かれ、その全てがバハムートの身体に突き刺さり……そして、彼女ごと彼を貫いていく。
「!?!?」
「ッ……ふふ……お主の失敗は……ブランスの剣を受けたこと……その微かな傷が、お主の無敵に……文字通り綻びを生んだのだ」
それは、もはや彼には届かない答え合わせ。
「お主の魔法がどういったものなのか……正直なところ正確には分からん。だが、お主が戦った相手がブランスであったことは分かる。微かに残った魔力の臭いが、それを私に教えてくれた。そして、ブランスの能力は聞いている。まぁ、一概にこれと言えるものではないが、簡単に言えば魔力で身体や剣を覆い、自己を強化して戦うといったものだ。私の勘が正しければ、この傷は初撃でついたもの……」
身体を再生させながら、バハムートは語り続ける。
「つまり、お主の無敵とは、何かに対応しているものであり、そしてそれは自動で発動するものではなく、お主の意思で決めている……ということだ。だから初撃を受けた際、見誤って傷がついた。では、何を見誤ったのか? それは、魔力か物理か……そこだろう? お主が間違えたのは」
バハムートの推察は、ほぼ全てが当たっていた。
ボッグスの魔法……その名は"相殺魔法"。
魔力は魔力で、物理は物理で、両方ならば両方で、それら全ての攻撃を、任意で相殺し、無効化する能力である。
だが、それだけではない。
この魔法の真の恐ろしさは、一度相殺した攻撃が、彼に対し二度と効かなくなるという点にあった。
つまり、一対一での戦闘において、彼を初撃で殺せなければ、全く別の力でもない限り、彼に勝つことはほぼ不可能ということになる。
しかし、この強力過ぎる魔法には副作用があった。
それが代償。
戦闘に勝利する度、彼の身体もまた"相殺"されていく。
それは声に始まり、痛みや感覚、様々なものを彼から奪っていった。
だが、彼はそれでもよかったのだ。
その風貌と強さ故に、声なき彼は人々から恐れられ、疎まれていた。
尊敬と恐怖は表裏一体。
彼もまた、社会から断絶されていたのだ。
それを救ったのがロバート王。
だから彼は、自分の人生を代償に、王の未来を切り開くことを選んだ。
しかし、それももう終わろうとしていた。
「とはいえ、すぐさま修正し……傷が微かに残る程度で済んだ訳だ。その身体に似合わず、お主は冷静で頭がいい……あ、いや、見かけだけで判断するのは失礼だったな。ふふ……そこは謝っておこう」
「なるほどな……そういうことか」
ゲイボルグは、その時ようやく全てを理解した。
だが、解せないこともあった。
「だがよ、だったらなんで今のは効いたんだ? とりあえずあんたの言う通りにやったが、あたいの攻撃はもう……」
「質を変えたのだよ。私の血でな」
「あんたの血?」
「ああ。私の血は魔力を多分にはらんでいる。というより、ほとんど魔力そのものと言っていい。だから、我が血を浴びたお主の攻撃は、魔力と物理両方を兼ね備えたものになったという訳だ」
「なるほどねぇ……で、あんたは不死身だから……」
「いや、それはちが……っ……!」
「お、おい!」
倒れそうになるバハムートの身体を、慌ててゲイボルグが支える。
その身体には熱が感じられず、力もまるで入っていなかった。
「あんた……」
「知っての通り……この身体は作り物だ。不死身ではなく、ただの消耗品なのだよ。見た目は治っていても、魔力はやがて尽きるし、血を流せば、ある程度回収は出来ても確実になくなってはいく……これだけのダメージとなると、今の私にもう戦闘を行う力はない。悪いが、私はこのまま地上へと引き返す。まだロードの側を離れたくはないからな。だから、お主は1人で先に行け」
「……分かった。つか、歩けんのか?」
「ああ。今のは立ちくらみのようなもの……ほらな」
バハムートはゲイボルグから離れ、ふらふらと歩き出す。
少し歩いたところで振り返ると、彼女にひらひらと手を振って見せた。
「ほんとに大丈夫かよ……」
「ふふ……では、ロードによろしくな」
「おう……じゃあな」
そう言って、槍を手に走り去るゲイボルグを見送ったあと、バハムートは再びよろよろと歩き出す。
やがて、そこにはボッグスの身体だけが残った。
だから、彼女達は気付けなかった。
その指先が、微かに動いたことに。
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「くッ……マジかよあんなでけぇのが……!」
ブランスは、巨大な地下空間の上部にある通路から下を見下ろし、思わずそう呟いていた。
円形の地下空間の直径は約300メートル。
そして、彼がいる地点の高さは約200メートルほど。
ロバートが乗る超大型は、まさにすぐそこにいると感じてもおかしくないほどの大きさであった。
「あ、あいつらは大丈夫な……ぐおッ!?」
ロード達の身を案じる彼に、高速の巨拳が突き刺さる。
ブランスは吹き飛ばされながらも体勢を立て直し、なんとか落下を防いで通路に着地した。
「ッつ……あ、危ねぇ……つか、あいつらを心配してる場合じゃなかったなちくしょうが……!」
立ち上がった彼の前に、大型の人造魔石機兵と化したコスモが立ちはだかる。
再三にわたる呼びかけは徒労に終わり、ブランスは既に覚悟を決めていた。
「わりぃがぶっ壊すぞコスモ……それしかねぇみてぇだかんなぁッ!」
ブランスの身体を金色の魔力が包み込む。
しかし、その気迫とは裏腹に、彼に残された魔力はあと僅か。
ここまでの連戦が、彼の力を大きく削っていたのだ。




