第405話:歯車
時は、レヴィがグラットンと共にシュメール城へと向け、馬車を走らせている頃にまで遡る。
「……ロードさん達、今日も帰って来ないのかなぁ」
ロード達がブランスから借りていた屋敷で、ソフィアは自室のベッドで1人横になったままそう呟いた。
"ブランスさんの家で大事な話があるから、少し家をあけるね。あと、ソフィアは病み上がりだし、まだ出歩いちゃ駄目だよ? とにかく今は、家でゆっくりしていてくれ。"
そうロードに言われ、彼女はその言いつけをきちんと守り、ここ数日は屋敷から一歩も出ずに過ごしていた。
とはいえ、闘技大会で受けた傷はアスクレピオスの力によって完治しており、既に疲労も抜けている。
要するに――――
「さすがに……暇だ」
無論、日課となっている鍛錬は行なっていた。
とはいえ、それは一日中やるものでもなければ、レヴィのような指導者が側にいない為、個人で行える単調な反復作業が主になる。
おまけに話相手もおらず、何より彼女はまだ15歳。
退屈を持て余すのも道理であった。
「それにしても、大事な話ってなんだろ……私がいたら出来ない話ってことかな……」
彼女がそんな風に思うのも無理はない。
実際、ソフィアには聞かせられない話をロード達はしている。
シュメールによる"人攫い"。
それが真実ならば、ソフィアの両親も被害者である可能性が高く、それを彼女が知れば、間違いなく参加しようとするだろう。
ロードはそれを避ける為、彼女を中心から外に置いたのだ。
だが――――
「……行っちゃおうかな。ブランスさんの家に」
それは、退屈から生まれてしまった好奇心。
加えて、彼女には今、自由に空を飛ぶ力があった。
時刻は夜の9時。
誰かに見られる可能性は低い。
彼女はそう考えた瞬間、胸までかけていた布団を跳ね除ける。
そして、やはりエクスカリバーの手によって"巻き戻された"いつもの鎧を身に纏い、ベランダへ通ずる窓を開けた。
「ん……ちょっと寒いかな?」
僅かに冷たい風が、彼女の頬を撫でる。
しかし、それは彼女に冷静さを取り戻させる程ではなかった。
「よぉし……」
彼女は魔力を練り、鎧に魔法をかける。
そうして、しっかりと固定されたそれに合わせ、彼女の身体がふわりと浮いた。
―――――――――――――――――――――
「そろそろか……」
ブランスは食堂に備え付けられていた振り子時計を見つめた後、ポツリとそう呟く。
時刻は、間もなく夜の7時を迎えようとしていた。
「なんだお前? 柄にもなく緊張でもしてんのか?」
「……ちげーよハゲ」
ブランスはバイザーにそう返すと、一つため息をつく。
緊張はしていない……していないが、落ち着いている訳でもなかった。
普段は向こう見ずな彼であるが、やはり自国の、それも王が主導している悪事を暴こうとしている現状に対し、少なからず思うところがあるのだろう。
焦りとも怒りとも悲しみとも違う、よく分からない何か。
それが、彼の足を小刻みに揺らしていた。
その時、彼はふとシェリル達へ視線を移す。
2人はただ黙って椅子に座り、静かにその時を待っていた。
「よぉ」
「えっ? あ、はい?」
「ま、人のこたぁ言えねーが……今からそんなんじゃ本番でとちるぞ。あんま気負うな」
「え、ええ……分かってます」
シェリルとカレンが抱いている感情は、ブランスのそれとはまた違っていた。
結果的に2人を見捨てて逃げてしまったという後悔と、2人がそれに対しどう思っているのかという不安。
そして、2人が無事でいるかどうかが間もなく明らかになることに対する期待と恐怖。
様々な感情が入り混じり、彼女達は始まる前からそれらに押し潰されそうになっていた。
「ブランスよ」
不意に、バハムートが彼の名を呼ぶ。
「あん?」
「我らの役目は、先行する陽動に合わせて身を隠しながら、ロードが発見するであろう地下への入り口から内部に侵入。その後、地下施設を手分けしてくまなく捜索し、捕らえられている人間達を救出する……で、よいのだな?」
「そうだけど……それがどうかしたか?」
「いや何……ただの確認だ。要は、余計なことを考えず、それのみに集中すればよい訳だろう?」
「「……!」」
バハムートの言葉に、シェリルとカレンは何かに気付いたような表情をした後、同時に顔を上げた。
「お前……ハッ……ああ、その通りだ」
何か行動を起こす際、そこには様々な感情が生まれるものだ。
場合によって、それは翼にもなれば枷にもなる。
では、その差は何か。
それは、"心をいかにしてその状況に沿えられるか"、に尽きる。
順応、適応、即応……様々な言葉に置き換えられるが、要は心の持ちようなのだ。
目的の為に理性を働かせ、感情を利用する。
そうすれば、自ずと目的は達成されるだろう。
「ま、俺らにやれることをやろうや。ロードが言ってたようによ」
「ええ……そうですね」
「だな。ティアとアスナだけじゃねぇ……全員まとめて地上に引き上げてやらぁ」
バハムートの言葉により、感情は場に沿った。
ただ、問題は――――
「水を差すようで悪いが、あの城の地下にいんのは少なくとも数十人単位……場合によっちゃ100以上もあり得るんだろ? おまけに、厄介な奴らがいやがるし、現実問題として……そう簡単な話じゃねぇぞ」
そう。
バイザーの言う通り、事はそう単純ではない。
激しい抵抗を掻い潜り、更にはどれだけいるかも分からない人々を救出する……厳しい戦いになるのは想像に難くなかった。
「ああ……言いたかねぇが、数年前に捕らえられちまった人らは正直……厳しいと思う。だが、ここ半年とかなら可能性はある筈だ。もしかすると、ソフィアの両親だっているかも……ッ!?」
瞬間、窓の外から聞こえた微かな物音。
全員の意識が一気にそちらへと向き、バイザーは間髪を入れずに窓へと走り出す。
そうして開け放たれた窓の外に――――
「お前ッ……!」
怯えた表情を浮かべる……ソフィアの姿があった。
「あ……う……!」
バイザーと目が合った刹那、彼女は身を翻し、夜の空へと舵を取った。
「ッ! ま、まてソフィアッ!」
その背中を見たバイザーの脳裏に、最悪のシナリオが浮かび上がる。
何故なら、彼女が向いたその方向には……シュメール城があるのだから。
「バ、バハムートッ!」
「ちぃッ……!」
ブランスに名を呼ばれるや否や、バハムートはバイザーがいる窓へと駆け寄り、その手を彼女へと伸ばす。
だが――――
「駄目だ……もう……!」
本体ならばいざ知れず、分身体であるバハムートの力は極端に制限されている。
一気に加速したソフィアは、既に彼女の射程範囲外に到達していた。
「クソッ……追える奴は!?」
「無理だ! ここに空を飛べる奴はいねぇ!」
「じゃあ、あの子このまま城に……!」
「や、やべぇぞ! どーすんだよおい!」
結論から言えば、もはや"どうしようもない"。
地上を走って追いついたとしても、空にいるソフィアを捕らえることは不可能。
加えて、そもそも彼らにはこの後の作戦がある。
迂闊に行動することは許されない。
「……祈るしかねぇ。あいつが、無茶しないことを」
「そ、そんな……あっ! せめてロードさんかレヴィさんに知らせて……!」
「やめろシェリル! こっちからの連絡はあいつらの邪魔になる可能性が高い! 待つしかねぇんだ! くっそ……なんで気付けなかったんだ俺は!」
「それを言うなら俺らもだ……てめぇだけの責任じゃねぇ」
「バイザーの言う通りだブランス。とにかく、こうなった以上……もはや後悔するだけ無意味だ。先を考えた方がいい」
「分かってる……分かってんだよちきしょう!」
順調にいっていた作戦の裏で、僅かに歯車は狂い出していた。
そんな頭を抱える彼らのことなど知る由もなく、ソフィアは闇夜を飛び続ける。
ただひたすらに、両親の影を追って。




