第406話:遭遇
「ぐすっ……うぅっ……」
上空を飛ぶ少女から溢れた雫。
それが、眼下に広がる町から発せられた灯に照らされ、キラキラと輝きながら後方へと散っていく。
正直なところ、彼女は話の内容を全て理解出来ていた訳ではなかった。
だが、自身の両親がシュメール城の地下にいるかもしれない……ということだけは理解し、それによって彼女の心はある一つの思いに集約してしまう。
"会いたい"。
今の彼女にそれ以外の思いはなく、ただそれだけを考えて目的地へと向かっていた。
「はぁっ……はぁっ……着いた……」
そうして辿り着いたシュメール城は、いつもと違い上から見下ろしている為か、はたまた先程の会話を聞いてしまったからか、彼女の目に映るそれは……やけに暗く、悍ましくすらあった。
「あ……」
ここにきて、彼女は今の状況を段々と理解しはじめる。
自分は今、とんでもないことをしようとしていると。
「……バレないように……裏とか……」
だが、その程度の恐怖では、ソフィアはもう止まれない位置にいた。
彼女は見張りの多い正門を避け、見つからずに中へと入れそうな場所を探し始める。
自身の身の安全など二の次。
彼女の両親に対する想いは、何よりも大きい。
「地下……とにかく降りなきゃ……」
一つひとつの行動を、口に出して実行する。
これは極度の不安の現れ。
そうしなければ、思考も身体も動かなくなっていた。
あえて言葉にし、自分自身に言い聞かせなければ。
「……あれ?」
正門から城の上空を反時計回りに移動したところで、彼女は自身の目を疑った。
何故ならそこには、地に伏せる大量の兵士達の姿があったのだから。
「こ、これ……まさか……」
彼女がブライトシャフト邸に着き、ブランス達の話を盗み聞きし始めたのは、バハムートが"我らの役目は……"と、話し始めた時からだった。
故に彼女は、彼らがいつ、どうやって、何をするのかまでは当然把握していない。
「だからロードさんは……」
ソフィアはその時初めて"今日がその日なのだ"と気付き、意を決して降下を始める。
そうして地面に降り立った彼女は、昏倒する兵士達の隙間を縫うように移動し、開け放たれたままになっていた扉から城の内部へと入った。
中に入った後も、やはり兵士達が折り重なるように倒れており、彼女は息を潜めながらゆっくりと歩を進める。
「ッ! ……これも……全部?」
あてもなく進み、やがて辿り着いた城1階のエントランス。
閉ざされた巨大な門から中央階段に至るまで、先程と同じように多くの兵士達が倒れており、彼女以外に音を発するものは何もなかった。
これ以上ない静寂の中、彼女は恐怖心を振り払うように剣を抜き、背負っていた盾を左手に構える。
「入り口は……見つかりにくい場所……」
"自分の両親は突然消えた"。
"何か犯罪を犯したわけでもなく"。
"つまり、なんらかの理由があって、シュメール政府に無理矢理連れ去られたに違いない"。
"だとすると、地下は隠された空間で、入り口は簡単に見つからないような場所にある"。
ブライトシャフト邸で聞いた発言と、これまでの経緯から、ソフィアはそう結論づけた。
「狭い場所……こっちとか……」
エントランスを突っ切り、反対側にある通路へと彼女は足を踏み入れる。
そして、道中にあった部屋をいくつか慎重に覗きながら、勘だけを頼りに狭い方狭い方へと進んでいった。
無論、彼女は城の内部構造など全く知らない。
それどころか、城に入ったことすら初めてである。
故に――――
「……あらぁん?」
彼女は本当にただ偶然……正解の道を歩いてしまったに過ぎない。
「ッ!?」
背後から聞こえたその声に、ソフィアは反射的に逃げ出した。
「あっ! こらっ!」
「あぅっ!?」
しかし、一瞬で"彼"に追いつかれ、その首根っこを掴まれてしまう。
更に、咄嗟に振り上げた右手の剣をはたき落とされ、彼女はそのまま空中へと持ち上げられた。
「あんた……何者?」
「は、離してっ……!」
七影の1人、ダンディの手から逃れようともがくソフィアだったが、彼の手はビクともしない。
実力差は明らかだった。
「くっ……!」
しかし、それでも彼女は咄嗟に手を伸ばし、はたき落とされた剣に対し命令を下す。
次の瞬間、剣はひとりでに起き上がり、彼の足へ向けて飛翔した。
だが――――
「ふんっ!」
「あっ!?」
あっさりと、かつ無情に、剣はダンディに踏みつけられ、再び地に伏せられた。
「うぅっ……!」
「無駄よ。そんなおっそい攻撃当たる訳ないじゃない。何よ……ティタノマキアってこの程度なの?」
「ッ!? ち、ちがっ……ボクはっ……!」
「どうし……おい、なんだそいつは?」
騒ぎに気付き、ソフィアの前方にあった部屋から黒い長髪の男が顔を出す。
瞬間、彼女は絶望に顔を歪めた。
その男もまた、確実に自分より強いと悟ってしまったから。
「念の為に警戒してたらみっけたのよ。ティタノマキアの1人なんじゃない?」
「だから違うっ……ボ、ボクはお父さんとお母さんを探しに……!」
「おや?」
「ッ!?」
長髪の男の後ろから現れた人物。
それは、ソフィアもよく知る……いや、シュメールに生きる者であれば、誰もが知っていなければおかしい人物であった。
「陛下……お下がりください。どうやら下っ端のようですが、何か隠し球を持っている可能性もあります」
「ガンナル君とダンディ君がいるなら平気でしょ。それより……んっふっふっふ……その子はティタノマキアじゃないと思うよぉ? 2人も見覚えあるんじゃない?」
「え? ……あ」
「んん? あ、やだこの子……闘技大会に出ててた子じゃない!?」
「……ッ!」
「そうだ……確かAランク以下の……おい! 何故ここにいる!? お前も侵入者の仲間なのか!? 答えろ!」
「どうなの!?」
「ボ、ボクは……!」
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。その子に話を聞くのはさ……地下に行ってからにしようよ」
「え……」
王の口から出た"地下"という言葉に、ソフィアの背筋が凍りついた。
彼女の中で既に繋がっていた、シュメールと両親の失踪。
その答え合せが今、なされたのだ。
「陛下……ッ!? その者は!?」
先行していたリナリアもまた、騒ぎに気付きその場へと姿を現した。
「ああ、リナリア君。迷子の子猫ちゃんってとこかな? 侵入者との繋がりは分からないけど、とりあえずご同行願おう」
「か、かしこまりました……しかし、何故ここに彼女が……陛下、とにかくお急ぎを。このような者がここにいる以上、もはや地上に安全な場所はないと思われます。参りましょう」
「はいはい」
焦燥と同時、リナリアは自身の推理……つまり、ティタノマキアの関与を疑い始めていた。
仮にソフィアが侵入者の仲間だとした場合、侵入者がティタノマキアである線はかなり薄くなる。
というのも、闘技大会で決勝トーナメントに進出した彼女の経歴は既に詳しく調べられており、生粋のシュメール人であることは勿論のこと、この国を出たことすら、ケルトで魔法を受け取った時のみであることもリナリアは知っていた。
故に、ソフィアがティタノマキアの一員である可能性はほぼないと言っていい。
無論、裏での繋がりを全て否定は出来ないが、彼女の存在は、それを疑うには十分過ぎる材料であった。
「じゃ、さっさと下りよう。あ、ダンディ君、油断しないでね? その子、割とできるから」
「はい、陛下……お任せを。さ、縛っちゃおうかしらねぇ。ガンナル」
「ああ、そのまま持ち上げておけ」
「うぅ……!」
両手両足を縛り上げられたソフィアは、ダンディの肩に担がれ、ロバート王達とともに地下へと続く薄暗い隠し通路へ入った。
丁度同じ頃、ロードとレヴィが合流。
また、バーン達による城上部の無力化も完了していた。
別働隊であるブランス達も1階へ移動を開始し、役者達は皆……決戦の場となる地下へと集結し始めていた。




