第370話:孤独
開始直後――――
「ぐッ……!」
『ブ、ブランス選手ゥッ! いきなりぶっ飛ばされたァッ!』
まさに光速。
コスモの姿が消えた刹那、ブランスの身体が宙を舞う。
だが、ブランスはあらかじめ両手で顔をガードし、その直撃を紙一重で防いでいた。
とはいえ、攻撃が見えていた訳ではなく、ただ単純に腹部の防御を鎧に任せ、露出していた顔面を守ったに過ぎない。
「いぎッ!?」
後方へ吹き飛ばされ、両足が地面に着いた直後、今度は彼の背中に衝撃が走る。
前のめりに倒れそうになったのも束の間、それを無理矢理起こすように、光速の拳が彼の腹部に叩き込まれていた。
『コッ……コスモ選手の姿が見えないままにッ! ブランス選手の身体が何度も跳ねるゥッ!』
『これは……厳しいですね』
体勢を立て直す隙すら与えない、光速の連続攻撃。
ブランスは防御に徹し、なんとか耐えてはいたものの、その身体には確実にダメージが蓄積していく。
このままではジリ貧であると分かってはいるのだが、反撃に転じようにも、喰らったと感じた瞬間には次の攻撃が彼を貫き、一瞬にして反撃の糸口さえ見えない状況に追い込まれていた。
「こ、このままじゃ……!」
「……おかしい」
それを見ていたロードの口から、疑問の言葉が漏れていた。
「えっ? お、おかしいって……何がですか?」
「ブランスさんは今……間違いなくピンチだ」
『だ、駄目だァッ! やはり全く見えなァいッ! しかしッ! 凄まじい衝撃音とブランス選手の身体の揺れがッ……コスモ選手の力を雄弁に物語っているゥッ!』
「そ、そりゃあれだけやられてたら……あっ……」
「そう……ピンチなのに……魔法が発動してない」
ロードの言う通り、ブランスは今、窮地に立たされていた。
防御しているとはいえ、コスモの攻撃の威力は尋常ではない。
凄まじい速さで打ち込まれるそれは、ブランスの防御を軽々と貫き、彼の身体に深いダメージを与えていた。
既に攻撃を受け続けた身体は悲鳴を上げており、頭の中では絶えず金属音が鳴り響く。
更に、骨が軋み、膝は笑い、防御している腕には、もはや力が入らなくなっていた。
反撃も出来ず、立っているだけで精一杯。
常人なら既に終わっていたであろう……窮地どころか、もう死地と言っても過言ではない状況である。
だが――――
「足りないんだ……多分」
「た、足りない?」
「聞いた限り、"勇気魔法"はブランスさんの精神というか、その想いにかなり左右される魔法だ。1回戦の時は、これに勝てばアプルさんが来るかもしれないとか……そんな気持ちがまだあったんだと思う。でも結局……アプルさんは来なかった」
「……つまり、諦めちゃったってことですか?」
「うん……推測だけど、真の意味で"どうでもよくなってしまった"んじゃないかな。今ブランスさんは、なんの為に戦っているかすら忘れてしまってるんだと思う。だから、その迷いが、魔法の発動を止めているんだ。アプルさんがいなくても、その力を見せなければならない人がこれだけいるのに……」
ロードの推測は、ほぼ全てが当たっていた。
補足するならば、勇気魔法の発動条件は、実のところ二つある。
一つは、ブランスが再三語っていたように、自身が窮地だと認識した時。
そして、もう一つは、ブランス自身ですらしっかりと認識していない魔法の根幹。
つまり、彼の勇気の源……アプルへの想いである。
今ブランスは、アプルのことを信じられなくなっていた。
自身がどのような想いでここに立ち、そして戦っているのか。
それを理解している筈の彼女が、この場に来ることすら拒んでいる。
それは、彼にとって何よりも耐え難い苦痛であった。
彼の心の奥底で微かに芽生えてしまった、アプルに対する負の感情が、勇気魔法の発動を咎めていたのである。
「じゃ、じゃあこのままじゃ……」
「魔法が発動しない限り……ブランスさんは勝てない」
「うぅ……!」
ロードは懐にしまっていた通信魔石を取り出し、強く握り締める。
そうして、魔力を込めようとした――――
「うッ!?」
「あッ!」
その時だった。
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「がッ……はッ……な、なんで……!」
発動しない魔法に、ブランスは焦りを募らせる。
間違いない窮地。
条件は整っている筈だった。
だが、想いが足りない。
彼の鍵である、アプルに対する想いが。
「ぐッ……だ、だったらッ!」
背後から攻撃を受けた直後、ブランスは防御を捨て、右の拳を前へと突き出す。
"使えないのならば、魔法など不要"。
だが、その想いを込めた拳が当たらない薄皮1枚の距離で、姿を現したコスモが口角を吊り上げていた。
「ッ!」
「無駄ですよ」
「あがッ!?」
コスモが放つ光速の蹴りが、ブランスの側頭部に直撃し、その身体が再び宙を舞う。
ブランスは数メートル吹き飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられると、力なくうつ伏せに倒れこんだ。
『クリーンヒットォッ! 凄まじい一撃にッ……ブランス選手遂にダウンッ!』
「やれやれ……やはりこの程度ですか」
コスモは呆れたようにそう吐き捨てると、ブランスに向けてゆっくりと歩き出す。
「まぁ、初めから分かっていたことですけどね。所詮あなたは、なんの矜持もないならず者……力があると勘違いした、偽物の英雄という訳ですよ」
「くッ……そが……」
なんとか起き上がろうとするブランスだったが、その手にはもはや、身体を起こすだけの力が残されていなかった。
それでもブランスは、必死に起き上がろうと力を込める。
アプルはおらず、もはやなんの為に戦っているか分からない。
それでも、身体が勝手に動いていた。
だが――――
『ちょッ!?』
「がッ!?」
「無様ですね……」
その頭を、コスモは躊躇なく踏みつけていた。
「さぁ、負けを認めてください。そうすれば終わりますよ? あなたの言う……無駄な試合がね」
「て……めぇ……!」
「そして、世界は知ることになる。黄金世代は決して最強ではなく、我ら五剣帝こそが……真の強者であると」
「く、くだらねぇ……な……」
「……あなたにとってはね。ですが、私にとっては……重要なことなんですよッ!」
「がぁぁあッ!?」
コスモは更に力を込め、ブランスの頭を踏みつける。
「上にいたあなた達には分からないッ! 我々は、ずっとこうして頭を踏みつけられてきたんですよ! ですから……今は最高の気分です。さぁッ! 負けを認めろブランスッ! 私の方が上だとッ! その口から許しの言葉を吐けッ!」
拒んだところで、魔法が発動出来なければ勝機はない。
そもそも、もう身体が言うことを聞かなかった。
更に、観衆からはブーイングを浴びせられ、戦う姿を見せたかった妹は現れない。
孤独。
そんな言葉が、彼の心を支配する。
「……も……う……いい」
「ん……なんですか? はっきりとお願いします」
彼の世界は、アプルのおかげで広がった。
家から出られたのも、国から飛び出せたのも、世界へと至れたのも、全ては彼女の自由の上にある。
だから、彼女がそのままでいいと言うのならば、もう戦う意味は存在しない。
「お、俺の……」
そうして、ここで終わりにしようと、彼はその言葉を――――
『負けないでッ……おにいちゃぁぁぁあんッ!!』




